229  :ほーせき蜜柑  ◆T0nRgrwDYs  :2006/11/24(金)  02:12:55  ID:???

夜の雨は、次第に小雨になっていった。  

北ミスナの夜の雨である。  

2人がガチガチと歯の根が合わぬのは仕方が無いだろう。  

まばらな大木の1つに寄りかかって、斎藤隊員と民間今井が、ズルズルと身を沈めていた。  

あの、恐竜のような巨体と、ガラス玉の中に濁った暗黒を詰めた虚無の目。  

「はじめっち。」「ああ。」  

東方ライン皇国の支配権を得た今も、戦場の恐怖は忘れていない。  

その「今井」の差し出すペットボトルの水をごくごくと飲み干して、一息つく斎藤隊員。  



230  :ほーせき蜜柑  ◆T0nRgrwDYs  :2006/11/24(金)  02:16:12  ID:???

斎藤氏の背負いし荷物は、  

あの暗黒の虚無の目にカチカチに凍らされて、今は無い。  

だから、今2人にある飲料物は、  

「今井氏の鎧代わり」のペットボトル類ばかりで、他には無い。  

「まだ、ペットボトルを背負っているんですね。」  
「余所の水など信用できませんですからの。」  
「ミリミリなら濾過装置くらい買うでしょうに。」  
「申し訳無い。ミリミリはミリミリでも、私は貧乏机の戦史派でして。」  
「ははっ役にたたネエ。」「ケッ。」  

自衛隊のあらゆる訓練を経験した彼は、極めて度量の広い男であった。  
そういう男でもないと、民間人とのタッグなど、有り得なかっただろう。  
その斎藤とタッグを組んだ今井と言う中年民間人は、典型的な一般人「以下」であった。  
何より駄目駄目な事に、膝を壊していた。  
そのうえ、ダニやノミや蟻や薮蚊や蝿を嫌う事、毒蛇猛獣を警戒する事、都会の女の如しであった。  

・・・だからかもしれない。  

度量は広いが、誰よりも気難しい彼と、出会いの最初から馬が合ったのは。  

自衛隊と民間人の、戦場凸凹コンビの誕生であった。  



231  :ほーせき蜜柑  ◆T0nRgrwDYs  :2006/11/24(金)  02:19:19  ID:???

ただ、  

民間今井氏は、どんなヤバイ場面でも、彼を見捨てて逃げるという事が無かった。  

それが斎藤の彼への信頼を決定づけさせていた。  

「はははは」「ははははっ」  

「・・・・・・」「・・・・・・」  

軽口を叩き合った後、2人はまた、夜の雨の中を歩き出そうとしていた。  

ぐずぐずしていると、囲まれてしまうかもしれない。  

・・・2人の相手は、異界の、巨大な怪物の群れ、で、あった・・。  

その怪物の群れと、マトモにぶつかった北ミスナの諸国同盟軍(ミスナ地方エルフ族主体)は、  
その主力であるYXz大公率いる魔法大隊が壊滅、行方不明となったのを機に、  
防戦一方となり、国境線へと引いていった。  

また安室二尉率いる戦闘団の主力も、  

最後の最後まで戦場に留まっていたが、今はどうなった事か・・。  



232  :ほーせき蜜柑  ◆T0nRgrwDYs  :2006/11/24(金)  02:20:50  ID:???

本多隊は、  

今井の秘蔵っ子である魔法学園の少女2人を連れて、無事に落ち延びてくれただろうか。  
「灰色の忍者氏」も、  
東方ライン皇国の全軍も付いているから全滅する事は無いだろうけれど。  

今井氏の主力戦国大隊は、  

彼らの乗馬が残らず魔族に乗っ取られ、見る間に化け物と化したために、  
その足を失い、全兵、槍先を揃えての白兵突撃戦となった。  
そのために、列国史上最大の被害を出して壊滅してしまった。  

その彼らの退却を助けるために、斎藤隊員が飛び出して行った。  
その斎藤を助けるために、  
今井は撤退の指揮を「灰色の忍者氏」に任せて、これもまた飛び出して行った。  

そして逃げ遅れた者が倒れ、  

逃げおおせた者は、それぞれ散り散りに落ちて行った。  



233  :ほーせき蜜柑  ◆T0nRgrwDYs  :2006/11/24(金)  02:22:13  ID:???

雨に濡れた地面に倒れた氷の彫像が、粉々に砕け散ってゆく。  

降り頻る雨の中、怪物の2mの巨腕が、  

先ほどまで生きていた氷の彫像を、まるでボーリングのピンを倒す様に薙ぎ払っていた。  

天幕と陣幕が燃えていた。  

この場に戦闘車輌が取り残されていないのは幸いだった。  

斎藤隊員の六四式が、  
ボリボリと人間を食っている巨大な怪物の頭にマトモに命中したが、  

1発では死なないらしい。  

その、昆虫のような、爬虫類のような顔面が無くなるまで、  
強力な「7.62mm  NATO弾」が叩き込まれた。  

そして枯れ木の大木の様に倒れる巨大な怪物。  

しかしその際にも左右から「大冷魔法」と呼ばれる絶対零度を思わす死神の吐息が襲いかかる。  

斎藤隊員で無ければ、その時点で死んでいただろう。  



234  :ほーせき蜜柑  ◆T0nRgrwDYs  :2006/11/24(金)  02:28:18  ID:???

グォン!  

万が一の「死を前提とした伝令」のためにここまで牽引されていた偵察中隊のバイクの爆音が、戦場に響き渡った。  
そして勇敢な偵察隊員の1人が駆るバイクが、夜の雨の中を鮮やかに疾走したかと思うと、  
「大冷魔法」が吹き荒れる地獄の戦場の中から斎藤隊員を拾い上げ、僥倖にも生還してきてくれた。  
まるで戦隊物のリアル版を見ているようだった!  
しかし、即座に恐ろしい地響きを立てて、闇の中を炎に照らされた巨人たちが追いかけてくる。  
中には空を飛ぶ怪物もいた。「アンタはこのまま逃げろ!!!!!!」  
雨の中、森の入り口で斎藤隊員を受け取った今井が叫ぶ。  
勇敢な彼(偵察隊員)の事だ。「荷物」がなければ、雨の中とはいえ、無事逃げのび、生還するだろう。  

今井は、  
特別に選んで側に控えさせていたケンタウロス族の勇者の背に、  
昏倒している斎藤隊員を縛り付け、  
彼らと共に夜の森の中へと逃げ込んでいった。  

この時、奇跡が起きた。  


45  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/15(木)  02:07:31  ID:???  

「日本召喚」  

01  元自衛官の矜持  
02  平成の山荘攻防戦  
03  病室を埋めたラブレター  
04  空の騎兵隊に向かって走れ  
05  聖なる夜の真価  

06  悲しみの水面の底で  
07  悪魔の証明  
08  自衛隊の英雄と、隊員だった頃の大公  
09  時空の狭間から  生き延びて  1  
10  本当に  大事なもの  
>>23-31  
11  時空の狭間から  生き延びて  2  

初期の  陸上自衛隊の状況  
初期の  空自と海自と海保の状況  
初期の  農家の状況  

お約束(1)  
お約束(2)  

異世界の空の下で  〜  武士たちの矜持  〜  
異世界の空の下で  −  血と炎と嵐  2  −  



46  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/15(木)  02:08:03  ID:???  

シモンが言った。  

「  主よ、私はどんな事があっても、貴方に付いて行く覚悟です  」  

それに答えてイエスは言った。  

「  ペテロよ、君に言っておく  」  

「  君は鶏が鳴くまでに三度、イエスなんか知らない  と言うだろう  」  

           −  ルカによる福音書  22  −  



47  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/15(木)  02:08:36  ID:???  

仲間が死んだ。  

元は東北の生まれだと、男は言っていた。  

東北の寒村から都会に出てきた家の長男が、  
誰にも想像だにしなかった時空の狭間で、死んだ。  
・・・東北の産らしく、誰よりも粘り強い男だった。  

出血多量だった。  

眠る様に死んだから、恐らく、事切れる直前は、  
痛みを感じていなかっただろう。  

それだけが救いだった。  

「  ・・・母ちゃん、帰れなくて御免よ  」  

眠る様に死んだ男の、最後の言葉だった。  



48  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/15(木)  02:10:18  ID:???  

「  泣くな林!  何をボサっとしている!!  早く逃げろ!!!  」  

林  翔  三等陸曹  は、呆然としていた。  

認めたくなかった。  
仲間の死など、認めたくなかった。  
林隊員は、富田隊員にドヤされてから、  
ようやく自分が涙を流して呆然としている事に気が付いた。  

・・・林隊員が呆然としているその間に富田は、  
元は東北生まれと言った隊員から彼の装備品を取れるだけ取って、  
脱兎の如く駆け出した。  

林は富田に、文字通り  
地面から引っこ抜かれる様に引っ張られてから、ようやく我に返った。  
富田に、腕も千切れよと、引っ張られながら。  

・・・ごめん!・・・ごめん!!・・・ごめんよ!!!  

「  富田さん!仲間を捨てて行くのですかっ!  」  

口まで出かかった。  

でも、言える訳が、無かった。  

林は、文字通り殺されかけた所で、富田に救われていたのだから。  



49  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/15(木)  02:12:05  ID:???  

その時も、富田の顔は、恐怖でぐしゃぐしゃだった。  

「  立て!  馬鹿!!  逃げろ!!!  」  

今も同じだった。  

まだ日は高かった。  

富田隊員は焦っていた。  

下の林がイイ所のボンボンの性格なのは、どうだっていい。  
・・・  この、日差しが  ・・・!  

闇に紛れて逃走、には、まだまだ絶望的に遠い時間帯だった。  

元いた世界は、何も無い荒野だった。  
それが少しの間に、ウソのような森林地帯に変貌していた。  

本隊が謎の勢力に襲われた時は、見通しの利かないこの森に本気で歯噛みをした。  
元いた世界の荒野で、この日差しなら、  
偵察隊や偵察隊の捜索隊はともかく、  
救援隊の何名かは逃げ延びて、結果、本隊の幾らかは無事だったかもしれない。  

・・・いや、あの親父が仲間を見捨てて逃げる訳が無い、か。  

・・・それはともかく、今は、この見通しの悪い森だけが頼りだ。  

この森に紛れて、あのワケの解からん化け物から、出来るだけ距離を離さなくては。  



50  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/15(木)  02:15:36  ID:???  

仲間の死に呆然とした林に比べて、  

札付きの乱暴者だった富田は、立ち直りが格段に速かった。  

幼少から散々に喧嘩に明け暮れた彼にして見れば、実戦なにするものぞ、だった。  
日本国内で弾無しで雄叫び上げて駆けまくる訓練の日々。  
後輩の手前、誰よりも声を張り上げて喉を枯らし続ける日々。  
派遣が決まった時は、これでやっと、胸を張って、、、と、興奮して眠れなかった。  
出発前にソープの馴染みの女を、文字通り1日借り切って、抱いてきた。  
そしてやってきた派遣地は、何も無かった。ただ熱くて寒いだけだった。  
・・・舌打ちもいいところだった。  

馴染みの女は、アクアリュウムとやらの、洒落た趣味を持っていた。  
初めて上がった女の家で見たソレは、小さな宇宙の様だった。  
「  ふふふふふ。見て見て。このコ、正男チャンって言うのよ?  」  
部屋の明かりが落とされた。年の頃、26〜28の、北陸訛りのする女。  
青い光りに照らし出された小さな宇宙の中で、2人のベッドの前で、  

「  正男チャン  」と名付けられた1匹のタツノオトシゴが、とぼけた顔をして泳いでいた。  
「  ・・・俺の名前をつけたのかよ?  」「  悪い?  」「  ・・・  」  
「  普段は用心深く何かにしがみ付いているの。でもね、慣れると可愛い(泳ぐ)のよ?  」  

富田は、馴染みの女のペットに自分の名前がつけられている事を、  
どんな顔して応えていいのか、判断に窮した。  

派遣が決まった時は、誰よりも興奮していたかもしれない。  

だが、今は、日本に帰りたくて、仕方が無かった。  

目を閉じれば、女と過ごしたベッドの温もりが、恋しくて恋しくて仕方が無かった。  



51  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/15(木)  02:18:23  ID:???  

隊本部事務所から「  化け物  」が出てきた。  

熱さに苛立ち、寒さに悪態をつくしかなかった日々が、音を立てて崩れて行った。  

・・・2mを遥かに越える巨体だった。  
そして奴は羊の顔と濁った羊の目で此方を見て、グエグエと鼻で笑っていた。  
その両手に持つ、首が折れてコト切れている仲間2人を掲げて、笑っていた。  
・・・胸から太股にかけて銃撃でグチャグチャにされているのに笑っていた。  
怒りに燃えた仲間が物凄い絶叫を上げて、小銃をフルオートで撃ちまくった。  

だが化け物は彼の怒りを嘲笑うかのように、  
防弾チョッキ(アーマー)を着込んだ仲間の死体1つを、  
その彼に目掛けてホイとでも表現するしかない軽やかさでブン投げてきた。  
筋骨逞しい自衛隊員が完全武装だと言うのに、まるで枯れ木を投げつける様だった。  

・・・日本にいたのなら、まず1生、聞かずにすんだ筈の嫌な音を聞いた。  
俺はこの音を1生忘れれる事が出来ないだろう。  

怒りに燃えた仲間の首が、紙細工の様に容易くへし折られ、真っ直ぐ後ろを向いた。  
そしてそのまま顔の潰れた首の生え際から、地面に衝突して倒れた。  

枯れ木の様にブン投げられた仲間の死体は、まるで勢いが死なないまま、  
避けそこなった隊員の1人の左肩を粉砕して、白い輸送トラックに吸い込まれて行った。  

富田が初めて見る「  戦場  」の光景だった。  



52  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/15(木)  02:19:26  ID:???  

気が付けば富田は、  
羊頭の巨人に左肩を粉砕された男を背負って、逃げ出していた。  
だが、巨人の間合いの詰めの速さは、馬鹿げた速さだった。  

顔が完璧に半壊しているのに、まだグエグエと笑っている「  羊頭  」。  
仲間の放った小銃弾は、その羊頭の腰部を、粉砕していた。  
しかし羊頭は、痛みに悶絶する様子も無く、  
その巨腕を機械仕掛けの様に駆使してムカデの如く近づいてきた。  

背負った仲間の背中が、羊頭のナイフの様な鉤爪に引き裂かれた。  
その衝撃で、背負った仲間とともに、サッカーボールの様に地面を転げまわる富田。  

化け物に力任せに地面に叩き付けられ、結果、唇を潰され出血しながら、富田は悟った。  
恐らくだが、奴は、生有る者の常である「  痛み  」なぞ、感じない存在なのだ。  
恐怖と痛みで薄れてゆく意識の中で富田は、覆い被さってくる羊顔の邪悪な笑みを見た。  
羊頭の笑みは歪みに歪んでいた。  
まるで、人間を恐怖で塗り潰すのが楽しい、と言わんばかりに。  
・・・嬉々としていた。  

富田はもう1つ悟った。奴の前では、人間は単なる玩具なのだと。  
羊頭は、鉤爪で引き裂いた仲間に牙を立てようとしていた。  
だが富田の身体は動かない。  

富田が怒りで絶叫した。追われる事によって決定的となった、自身の臆病虫。  
その破滅を呼ぶ臆病虫に食い尽くされそうになった、心胆。  
臆病虫を、怒りの絶叫で塗り潰そうとして。  



53  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/15(木)  02:20:10  ID:???  

羊頭は、富田が、  
その小銃弾を全弾撃ち尽くすまで、止まらなかった。  
その間、虫の息で「  俺に構うな・・逃げろ・・  」と仲間が言ったが、構うものか。  
もう生きているのが俺と貴様だけかもしれないと言うのに。  
その手前で、完全に瓦解して、ただの赤い血肉と化しているのに、まだゴボゴボと嘲笑うのを止めない羊頭。  
富田が事前に十分に手渡されていた弾倉を入れ直すのも惜しんで、  
背負っている男の小銃を奪い、ありったけの銃弾を叩き込んだ。  
それでもブルブルと震える肉塊。撃ち尽くしてから初めて富田は自分の愚を悟った。  
・・・そこからも、あそこからも、奇妙な連中が顔を覗かしている。  
奇妙な連中がグエグエと笑った。明らかに死んでいる仲間が、ゾンビの様に手を伸ばして笑みを浮かべていた。  
「  HANNTYOO・・HANNTYOO・・  」  
「  TURETEITTE・・OITEIKANAIDE  」  
奇妙なアクセントで、奴等が日本語を喋っている。・・・いや、猿真似だ。  
もう、生きていない仲間が、最後の時に喋っていた言葉を、猿真似している。  
・・・馬鹿にするな!!!  
富田が怒りに震えて絶叫した。  
しかし彼等は、歪んだ笑みを浮かべながら両腕を伸ばして近づいてくる。  
その時の後の事を、富田は、実は、良く覚えていない。  
弾倉が、弾倉は・・。  
弾の尽きた小銃を馬鹿の様に振り回していた・・と、思う。  
・・・彼等の指揮官である中道三等陸佐の髭面が、凄まじい顔して富田を突き飛ばしてきた。  
・・・そこまでは覚えている。  
そして、ガクガクと震えている林を富田に押しつけて、三佐は突撃していった。  

「  富田君!林君を連れて逃げなさい!若い君達は、逃げろ!  」  

(  12  時空の狭間から  生き延びて  3  )  





141  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/18(日)  00:47:39  ID:???  

「日本召喚」>>45  

01  元自衛官の矜持  
02  平成の山荘攻防戦  
03  病室を埋めたラブレター  
04  空の騎兵隊に向かって走れ  
05  聖なる夜の真価  

06  悲しみの水面の底で  
07  悪魔の証明  
08  自衛隊の英雄と、隊員だった頃の大公  
09  時空の狭間から  生き延びて  1  
10  本当に  大事なもの  
11  時空の狭間から  生き延びて  2  
>>46-53  
12  時空の狭間から  生き延びて  3  




144  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/18(日)  00:54:46  ID:???  

シモンが言った。  

「  主よ、私はどんな事があっても、貴方に付いて行く覚悟です  」  

それに答えてイエスは言った。  

「  ペテロよ、君に言っておく  」  

「  君は鶏が鳴くまでに三度、イエスなんか知らない  と言うだろう  」  

           −  ルカによる福音書  22  −  



145  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/18(日)  00:56:07  ID:???  

(  生きて、この惨状を、日本に伝えなければ  )  

(  富田君、林君は無事、逃げおおせたのか?  )  

生き残った部下達を逃がすために、  
魔物の群れの中に真正面から突撃した中道。  

陸上自衛隊の屈強な男達が丹念に敷いたキル・ゾーン。  
それを突破し、隊本部事務所に乱入してきた羊頭の巨人。  
2mを遥かに越えた筋肉の化け物。  
証言によると、4mに達した個体もいたという。  

最も熾烈であった宿営地北側の戦い。  
小銃弾でズタズタになっても襲い掛かってくる魔物の群れ。  

中道は林らを連れて北側に急行した。  
彼等は重火器が無い状態で良く戦った。  
自衛隊で無ければ、彼等がここまで頑張れたであろうか。  

悪魔に乗っ取られた彼等を見れば解かる。  

かつての将に歩み寄る彼等。  
その彼等の多くは、背中に致命傷を受けてはいなかった。  

つまり彼等は、最後まで戦って、異国の野に倒れたのだった。  



146  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/18(日)  00:57:18  ID:???  

中道が魔物の群れに押されて対本部事務所まで下がって来た時には、  
事務所内に詰めていた部下2名は、羊頭に殺された後であった。  

ガチガチガチガチガチ・・・  

林  翔三曹の歯の音が、死への秒読みを継げる時計の様だった。  
この時、中道の身辺には、林1人しか残っていなかった。  
林が人並み優れて活躍したからでは、無い。  
若い林には実戦は無理だと、中道が手元に置いていたから生き残っていたに過ぎない。  

宿営地北側の戦いで、ベテラン達の断末魔を聞き、その亡骸をブン投げられて以来、  
震えてどうにもならなくなってしまった林。その林を押しつけられた冨田。  
2人は無事、逃げおおせてくれるだろうか?  

「  ここだっ!  俺はここだ!  貴様らの獲物はココにいるぞ!  」  

部下達を率先して野を駆けまわった中道の頑健な身体が異界の森を疾駆する。  
その中道の視界の中で、羊頭達が、  
そのグズグズの身体を引き摺って包囲を狭めてくる。  
中には89式小銃をモロに眉間に食らって、両目が飛び出ている羊頭もいた。  

そんな中道の目の前に、鍵を入れたままの輸送トラックが目に入った。  



147  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/18(日)  00:59:14  ID:???  

宿営地が魔物の群れに飲み込まれる直前。  

中道は部下達に命じて宿営地内の車輌総てに鍵を刺しておかせた。  

状況が最悪であった場合。  
その最後の最後の時、  
生き残った者達が逃げる手段に窮した時。  
その時に備えての事だった。  

だが、なぜかエンジンがかからない。  
焦る中道の視界に、ジリジリと近寄ってくる人影たち。  

偵察に出た藤原。捜索に出た本宮。  

救援に出た正木、吉見、和田、串本、水沢、朽木田。  

(  御前達・・・何て姿に!  )  

深い草叢から覗く顔、木々の間から這い出してくる顔、顔、顔、顔。  

かつての部下達が、真っ赤な目をして、  
獲物を見る目で、凄まじい笑みを浮かべている。  

数十分前までは屈強な隊員であったベテラン達の亡骸だった。  
その彼等が深く腰を落とし、  

下から中道を見上げて、アハア、と盛大に口を開いて見せた。  



148  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/18(日)  01:01:16  ID:???  

中道の自宅のテーブルには、中道の家族の写真が飾ってある。  

コポポポポ  ・・・  

中道の妻が入れる、暖かなミルク。  

チュン、チュン  ・・・  

朝の目覚め。小鳥の鳴き声がする雨上りの日。  

コトリ  ・・・と、  

ミルクを入れたカップが2つ、白い皿に乗せられて、中道の机の上に置かれた。  

ママー  ・・・と、  

中道の可愛い娘の声がする。  

中道の妻は、夫との朝の会話を中断して、ゆっくりと席を立った。  

そして微笑みながら、  

夫のお気に入りの帽子を両手で包んで、その頬に抱いた。  

(  13  時空の狭間から  生き延びて  4  )  




157  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/19(月)  03:14:58  ID:???  

「日本召喚」>>45  

01  元自衛官の矜持  
02  平成の山荘攻防戦  
03  病室を埋めたラブレター  
04  空の騎兵隊に向かって走れ  
05  聖なる夜の真価  

06  悲しみの水面の底で  
07  悪魔の証明  
08  自衛隊の英雄と、隊員だった頃の大公  
09  時空の狭間から  生き延びて  1  
10  本当に  大事なもの  
11  時空の狭間から  生き延びて  2  
12  時空の狭間から  生き延びて  3  
>>145-148  
13  時空の狭間から  生き延びて  4  



158  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/19(月)  03:15:32  ID:???  

シモンが言った。  

「  主よ、私はどんな事があっても、貴方に付いて行く覚悟です  」  

それに答えてイエスは言った。  

「  ペテロよ、君に言っておく  」  

「  君は鶏が鳴くまでに三度、イエスなんか知らない  と言うだろう  」  

           −  ルカによる福音書  22  −  



159  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/19(月)  03:16:45  ID:???  

その少し前。  

宿営地を囲む森の全方位から、何かが迫りつつある気配。  

中道はその日、日々の無理な指揮が崇り、気を失って倒れていた。  

しかし部隊は平均年齢を強力に押し上げるベテラン隊員揃い。  
だから指揮官である中道三佐が寝込んでいても、全く問題は無かった。  
そして分隊指揮官らは、偵察に出た藤崎らの断末魔を聞いていた。  
だから彼等は十分な緊張感を持ったまま、  
普段からの打ち合わせの通りに部下を率いて、  
宿営地内に割り振られた担当陣地に布陣した。  

徴兵制では無い我が国は、隊員の高齢化が悩みの種ではあったが、  
志願制で構成された組織+純日本人ばかりで構成された組織は、  
士気、練度、意思疎通の点において、諸外国を遥かに凌駕する。  
まして若い者に負けじと率先して走りスコップを振るう中道三佐の隊であった。  

もし、戦場が元の、何も無い荒野なら、  
中道抜きでも、3倍の敵をも退けたかもしれない。  
ただ、残念ながら、彼等が相手したのは、並みの相手では無かった。  

中道の隊が相手したのは、文字通り、時空の彼方からやってきた敵であった。  



160  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/19(月)  03:19:02  ID:???  

偵察に出たベテランの藤崎三曹らの、不可解な報告。  

そして断末魔だけを残して消えて行った彼等。  

だが幹部らは勤めて冷静さを発揮し、捜索隊を派遣。  
異常事態に気付いて急病を押して起きてきた中道は、  
藤崎らが消息を絶った事を知らされるや幹部らを叱責する事も無く、  
すぐさま、ありったけの弾倉を各分隊に配布した。  
そればかりでは無く中道は林らに命じて、要所要所にも弾倉を配置させもした。  

敵が想像以上に強力だった場合は、必ず何所かが突破される。  
だから、突破されたラインから下がってくる部下たちの退却路と、  
その彼等を本部から救援できるポイントに予備の弾倉を配置。  

最悪、守備ラインが呆気無く崩壊しても、  
それら分散配置した弾倉さえあれば、  
生き残りの隊員はその弾倉を利用して抵抗できる。  

最悪の最悪が訪れた場合は、  
その分散配置した弾倉を拾いながら逃げる事もできるだろう。  

藤崎らも、捜索隊も、救援隊も、断末魔だけを残して消息を絶った。  

つまり敵は、降伏とか休戦交渉とかいった会話が出きる相手で無い。  

そんな理性のある敵では無いのは、明白だった。  



161  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/19(月)  03:20:21  ID:???  

日本への通信が全く出来ない異常事態ではあったが中道は、  

想像できるケースに対するあらゆる手を打った。  

派遣が決まって以来、最悪の事態を覚悟していた中道である。  
林らが車輌へと走らされた。満タンにするだけでは心もとない。  
林らは中道に前もって指示されていたとおりに、  
総ての車輌に予備タンクや予備食料を乗せられるだけ乗せた。  
日々の作業で倉庫に整然と積まれていた物資は、  
再び輸送トラックの荷台に満載される事となった。  

このように、この時は、若い林らも十分に活躍していた。  

林らは足手まといではなかった。立派に役目を果たしていた。  
その若い林らが中道の指揮のもと防衛と退却の準備に追われている間に、  

ベテラン達は完全に迎撃態勢を整え終わり、照準を森の奥へと定めていた。  

敵の正体は不明。  

しかも宿営地外は、昨日までの荒野と違い、森と化している。  

視界は悪い。100m向こうは、完全に木々と藪の中だ。  

想定していた迎撃作戦は紙屑となった。  



162  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/19(月)  03:22:05  ID:???  

状況としては、遭遇戦に等しかったのかもしれない。  

だが、前もって構築した陣地がある。  

時間のある間は、陣地造りに精を出していた。  

連絡壕も完璧な、派遣部隊自慢の堅陣であった。  

更に各隊員は、各自の持ち場で、更に個々で使いやすいように整備。  

各分隊長は担当方向の木々の生え具合の濃淡を見きわめ、  
敵が出てくるポイントを見当つけ、  
手持ちの部下達にそこへ照準を合わすようにとの指示に追われた。  

―  そして、準備は、終わった  ―  

・・・もし。  

森のラインが300m以上、向こうであった、なら。  

殺気が走った。  

周辺の空気が凍りついた。  

その直後、森からドッと出てきたそれらは、各分隊長の読みとほぼ同じ方向から押し寄せてきた。  

距離50m〜200mの至近距離で89式小銃が一斉に火を吹いた。  



163  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/19(月)  03:23:44  ID:???  

そして、距離50m〜200mの間合いは、  

あっという間に突破された。  

それでも、短時間ながらも綿密に構成された火網は、  
先頭に立った物質化しつつある鬼の様なモノを、ただの肉塊に戻していた。  

そして、弾倉が空になった。  

89式小銃の弾倉の交換。  

普段から十分に撃たせて貰っていない隊員の悲劇がここでも起きた。  

弾倉の交換に手間取った隊員がいた場所から、崩れていった。  

もし、彼等が地雷を幾らでも埋設できる軍隊であったのなら。  

もし、彼等が重火器を装備した部隊であったなら。  

・・・誰も逃げなかった。  

少なくとも、弾倉に弾が残っている間に逃げ出した者は、いなかった。※  

※  生存者が確認されていないポイントは殉職者の遺体からの推察  

(  14  時空の狭間から  生き延びて  5  〆  )  



177  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/22(木)  01:12:43  ID:???  

「日本召喚」>>45  

01  元自衛官の矜持  
02  平成の山荘攻防戦  
03  病室を埋めたラブレター  
04  空の騎兵隊に向かって走れ  
05  聖なる夜の真価  

06  悲しみの水面の底で  
07  悪魔の証明  
08  自衛隊の英雄と、隊員だった頃の大公  
09  時空の狭間から  生き延びて  1  
10  本当に  大事なもの  
11  時空の狭間から  生き延びて  2  
12  時空の狭間から  生き延びて  3  
13  時空の狭間から  生き延びて  4  
>>159-163  
14  時空の狭間から  生き延びて  5  



178  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/22(木)  01:15:44  ID:???  

エンジンがかかった。  

中道の乗り込んだ輸送トラックに、  
数時間前までは部下達であったモノが、迫る。  

踏み潰せない。踏み潰せない。俺には、踏み潰せない。  
俺には、俺には、俺には・・!  

そのまま後ろへ激しくバック。  
ハンドルを切った。  
爆走した。  
立ちはだかった部下達を、なんとか上手く、回避できた。  

そして背後の死にぞこないの魔物の群れに、突っ込んだ。  
・・・涙を流して正面を睨む中道。  

藤原!本宮!正木!吉見!和田!串本!水沢!朽木田!  

復讐を誓った。  

汗は出なかった。震えもしなかった。  

ただただ、  

死んでしまった部下達の復讐のため、に。  



179  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/22(木)  01:25:13  ID:???  

―  銃が効かない!  

生き残りの隊員達が口を揃えて証言した言葉だった。  

「  ニシ!  生きていたか!  藤村はどこだ!  」  
「  ―  三佐!?  中道三佐!?  」  

立ちはだかるグズグズの魔物の残骸。  
再物質化を始めている魔物の出来損ない。  
立ちふさがる肉の重囲。  
それを血飛沫を上げて踏み潰してゆく白い輸送トラック。  
立ちはだかる肉塊を蹴散らしながら宿営地の東側に出た中道は、  
そこに1人奮戦する西田三曹の姿を発見した。  
西田三曹の大柄な体が、連絡壕の中を独楽鼠の様に逃げ回っていた。  
―  生きていたのか!  
今、まさに西田隊員に覆い被さりかけた鬼の様な肉塊をひき殺した。  
ドアを開けるのも面倒だった。  
連絡壕の中に転げ落ちる様に外に出た中道。  
「  ニシ!  生きていたのか!  」  
「  中道三佐!生きておられましたか!  」  
「  生きている!  生きているぞ、ニシ!!  」  
灼熱の日差しの下で、黙々と車輌の整備をしていた男が生きていた!  
ガッと抱きしめ合う2人。生きていた!俺の部下が生きている!  
宿営地東側の守備を受け持った分隊。  
藤村分隊長以下の中からたった1人ではあったが、生き残りがいた!  

―  西田、よく、よく生きていてくれた  !  



180  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/22(木)  01:30:13  ID:???  

―  乗れ!  

ー  はっ!  

再び車両の人となった中道と、東側でただ1人生き残った西田三曹。  
大柄なのに、素早しっこい奴!よく、よく生きていてくれた!  
鬼の形相だった中道に笑みがこぼれる。  
よかった、よかった、本当に、よかった・・!  

その西田三曹の報告によると、分隊は全員、殉職。  

・・・敵の数が多すぎたのだ。  
いや、相手が不死身すぎたのだ。  

間合いが狭すぎた。  

地雷も無かった。  

重火器も無かった。  

結果、配分された弾倉を撃ち尽くす事も無く、部隊は呑み込まれた。  

「  しかし南側はまだ健在のはず!車両の大部分も南側です!  」  

ああ、そうだ。ニシが生きていてくれたのだ。  

南側なら、もっと・・!  



181  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/22(木)  01:32:17  ID:???  

この地に派遣された自衛隊の装備は、貧弱だった。  

だが政府には、確かな計算があった。  

御するのに大変な国民感情を考慮しつつも、  
それでも微妙な立場である自衛隊を強硬に派遣するからには、  
事前に良く良く無難な場所だと調べ上げていたからだった。  

そこは、何も無い荒野だった。  

交通の要所というだけで、何も無い荒野。  

文民警察官と民間スタッフを派遣するには危険すぎるが、  
武装した自衛隊なれば十分な牽制効果が期待できる場所。  
そして紛争地と補給地との連絡を1手に引き受けられる場所。  

まるで、世界平和を叫ぶ日本と、  
重武装をしたくても出来ない自衛隊が担当するために、  
誰かから用意されたような場所だった。  

ただ、昼熱いのと、夜寒いのだけが、厄介だった。  

それでも政府も、先遣隊も、これ以上にない場所を選んだはずだった。  



182  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/22(木)  01:35:45  ID:???  

西田が生き残ったのは、単純に運が良かったからだった。  

西田の極限時における素早しっこさは驚嘆するものがあったが、  
それでも中道の登場が無ければ、死んでいただろう。  
それも、運。  
最高のはずのこの場所に災禍が訪れたのも、運。  
・・・とりあえず、それは、置き。  

貧弱な装備と言っても、最低限、全員に小銃が装備されていた。  
だが、その自慢の現代火器も、  
突然、宿営地の周辺に出現した森という名の邪魔物と、  
蜂の巣にされても平気で肉薄してくる化け物を相手にしては、分が悪かった。  

だが、それでも、もし、彼等が装備していた小銃が、  

89式(  5.56mm弾  )小銃では無く、  
64式(  7.62mm弾  )小銃だった場合は、  

どうだったのだろう?  

体格に優れた欧米人に比べてハンデのある日本人。  
その日本人向けに調整されたとはいえ、  
なお強力な64式小銃と64式の7.62mm弾。  

無論、誰にも、  

89式で致命傷を与えられない化け物がいる世界に飛ばされるなぞ、  

思いもしなかったのだから、どうしようもない話なのだが・・・。  



183  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/22(木)  01:36:46  ID:???  

―  東京。  

東京の奥多摩地方。そこに現役を引退して10年も立つ老将がいた。  

久重  道房。  元・陸上自衛隊1等陸佐。  

地元の人は、彼が元・自衛隊の高級幹部である事を知らない。  
晴耕雨読を絵に書いたような物静かな老紳士。  
妻の君代は、大変控えめな女性だった。  
月に1度遊びに来る孫の訪問が、何よりも楽しみ。  
そんな老婦人の膝の上で、1日中寝ている年をとったメスの三毛猫。  
TVはあるけど、何時も消しっぱなしの、もの静かな空間。  
たまに鳴る湯沸し機の音に僅かに耳を動かす白い、大きな秋田犬。  
主人と足元にはべり、主人と散歩するのが楽しみで生きている愛らしい秋田犬。  

「  御茶が入りましたよ  」  

「  ああ、、ありがとう  」  

微笑み合う2人だけの、穏やかな日々。  

息子達は立派に巣立った。愛弟子達はかつての自分の跡を次いで立派に職務を遂行している。  
2人の居間には、孫や息子達の写真に並んで、かつての道房の愛弟子達の写真が並んでいる。  

そこに、しゃちほこばって、道房の横に並んで敬礼している、若き日の中道の姿があった。  

(  15  時空の狭間から  生き延びて  6  〆  )  





201  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/24(土)  01:37:43  ID:???  

「日本召喚」>>45  

01  元自衛官の矜持  
02  平成の山荘攻防戦  
03  病室を埋めたラブレター  
04  空の騎兵隊に向かって走れ  
05  聖なる夜の真価  

06  悲しみの水面の底で  
07  悪魔の証明  
08  自衛隊の英雄と、隊員だった頃の大公  
09  時空の狭間から  生き延びて  1  
10  本当に  大事なもの  
11  時空の狭間から  生き延びて  2  
12  時空の狭間から  生き延びて  3  
13  時空の狭間から  生き延びて  4  
14  時空の狭間から  生き延びて  5  
>>178-183  
15  時空の狭間から  生き延びて  6  



202  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/24(土)  01:48:35  ID:???  

奥多摩の空に、ざあ・・・っと、冷たい雨が降ってきた。  

「  中ちゃん達、大丈夫かしら  」  

上品に年を重ねた老婦人が、  

膝の上の三毛猫の頭を撫でながら、少し暗めの縁側に立った。  
TVはおろか、電灯も殆ど使わない。  

昼間は天然の明かりだけの家。  

木造の家らしい木の柔らかな風格。  
古い家らしい淡い濃淡と織り成す陰影。  

そんな静かな空間。  

チリリリン・・  

婦人の後を鈴を鳴らしてついてきた三毛猫が、  
早くまた膝の上に乗せて、と、大好きな主人を見上げながら、  

ニャー  と鳴いて、その足に頭をすりつけだした。  

久重と奥方が奥多摩に来てから夫妻の家にやって来たこのやんちゃ娘も、  
今ではすっかり年をとって、  

年取るほどに、  

婦人の膝の上から離れようとしなくなっていた。  



203  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/24(土)  01:52:56  ID:???  

猫は環境が変わるのが大嫌いだ。  

環境はそのままで、おなかが一杯なら、とても幸せ。  
自分のお気に入りの場所で寝る事が出きるのなら、もう十分すぎ。  
猫という奴は、そんな感じで、とても気のイイ奴なのだ。  

人は「  猫は人の言う事なんか聞かないよ  」と言うが、とんでもない。  

特に野外パトロールは、猫の大事な御仕事だ。  
そんな大事な御仕事中の猫を、どうこうしようとする人間の方が間違っているのだ。  

中道は特に婦人に可愛がられた。  

若いうちは婦人の主人に似て、まるで融通の利かない面もあった。  
だが人の上に立つようになってからは、随分と丸くなった。  
いや、地が出てきたというべきか。  
そもそも、若いうちから婦人に気に入られる子であった中道であった。  

婦人は中道の素敵な部分を、出会いの日からちゃあんと理解していた。  

なにせ、若い頃は鬼の様に恐れられた久重を旦那に選んだ人なのだから。  



204  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/24(土)  01:54:30  ID:???  

あれからもう、何十年寄り添ったのだろう。  

「  そうだね・・・  」  

ざあ・・・ざあ・・・と、降りしきる冷たい、雨。  
その灰色の世界を前に立つ妻と猫を、  
書斎から微笑みながら見守る久重。  

妻の何気ない言葉にはそうだね、と応えた久重。  
だが本音では少なくとも中道に関しては、些かの心配もしていない。  

多少、真面目に過ぎて任務に没頭しすぎる中道ではあるが、  
自分以外、特に部下や同僚に関しては鷹揚で、  
むしろ積極的に油を刺して回るような男であった。  

何の心配も無い。  

海外派兵という、日本とは違う厳しい環境に赴任する組織の長として、  
コレ以上の素質は無いだろう。  

あえて心配する所を探せば、  
部下を気遣う余り、夜中も頻繁に起き出して、不寝番の者達の相手をして回る点か。  
それくらいなもんだ。  

そんな久重の揺れぬ自身を裏付けるように、彼の大きな秋田犬も、  

ゆっくり白い尻尾をふりながら、女主人の後姿を見つめていた。  



205  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/24(土)  02:01:42  ID:???  

そして話は、数週間後の日本に戻る。  

魔獣災害相次ぐ日本国。その暗い影は、  

魔獣災害とは無縁であった諸地域にも暗い影を落としていた。  

そのため、(  全国的にも  )落ち込んだ市民の士気の高揚のために、  
危険が危ぶまれる中、各方面の自衛隊の音楽隊が、  
地元の音楽隊の先頭に立って、  
各都道府県のメインストリートをパレードして回る事が決まった。  

魔獣災害の暗いニュースにウンザリしていた市民の大々的な支持の元、  
各方面の自衛隊の音楽隊が、所在地のメインストリートを、華やかに行進してゆく。  

その涼やかな制服と美しく勇壮な音色に「  頑張れよ!  」の声が、彼方此方から飛んでくる。  

そしてキャーキャーと歓声を上げて何所までもついてくる子供達。  
それへ目を細めながらも、些かも音色が乱れない音楽隊の行進。  
そんな華やかな一角に、斎藤と家主の姿もあった。  

その2人に挟まれて、いささか簡素なファッションの南国版・エルフ達もいた。  



206  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/24(土)  02:03:31  ID:???  

未確認動物というか不法移民?もどきなエルフの皆さんが、  

こんな賑やかな場所に出て平気なのか?と言うと、  

幸い、斎藤と家主がいる場所は、アメリカさんが全然珍しくない地域。  
というかハーフの方がいるのが当たり前の地域であった。  

だからちょいと奇妙なエルフ耳を流行の被り物で隠してしまえば、  
それで何処にでもいる純血種やハーフに早代わり。  

チョロイもんである。  

それにエルフと言えば長耳のイメージが主流なのだが、  
実際見てみると、そこまで異様な耳はしていなかった。  

彼等が南国産だからなのか、または東洋の産だからなのかは解からない。  
というか西洋の妖精像でよく見る程度のとがり耳だった。  
まあ兎人間とか兎の精じゃあないんだから、当然か。  

というかモノの本では、邪悪な妖精だったりするしね。ワカランものだ。  



207  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/24(土)  02:14:35  ID:???  

エルフ達の子供達を見れば、  

彼等は幼いせいか人間族の標準を微妙に逸脱している程度。  

だから、万が一、人前で被り物がズレても大丈夫。  
映画に小説に漫画だと、異文化に触れた旧文明人が都会の人込みで  
「  キャッ!  」と叫んで、  
総てがおじゃん、という御約束があるのだが、  
数週間もTVでキッチリ英才教育した後なので、その心配も無いだろう。  

そんな事より心配なのは、  

この子達以外のエルフら妖精族の個々の辿った運命なのだが。  
報道された事を総て信じるのなら、日本に彼等が転移したんじゃなくて、  
彼等の世界に日本だけが転移したっぽいのだが。  

彼らは何処に消えたんだろう?  

いや、そんな事より、在日米軍はどう動くのだろう?  
帰る祖国がすっかり無くなったっぽいし。  
在日米軍はまだいいか。  
軍事力の背景の無い、イラン人やフィリピン人、タイ人の立場は?  
朝鮮族は日本に根を下ろしているし、  
中国人は泣く子も黙る組織が地下にいるから・・ってオイオイ。  

「  ゾっとしないね  」  

今はまだ、日本国の理性が保たれているから、分け隔てなく救済されているっぽいのだが、  

・・・その理性は「  何時まで  」保たれるのだろう。  



208  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/24(土)  02:16:31  ID:???  

それは、置き。  

「  たまには日に当たらないとね  」そんな感じで連れ出した。  

音楽隊のパレードなら気晴らしにも最高じゃないのかな?  
などと1人御満悦だったのだが、どうもウケが悪い。  
長年の穏やかなな森林暮らしゆえに人・人・人の海自体でもう、駄目っぽい。  

仕方無い。家主の趣味より、彼女等の機嫌の方が大事だ。  
・・・  
しばらく、歩きが続いた。  

地元の音楽隊が一同に会してパレードする、という事のため、  
交通規制により1〜2キロほど歩きが続く。  

しばらくして、人で埋まったメインストリートの裏側に出た。  
そこで、白のボディに黒字も鮮やかに「  不発弾処理隊  」と記されたトラックが行くのに、出くわした。  

不発弾処理ともなると数日前から一般にも告知されているハズだが、  
あいにく日頃の周辺への無関心が祟って、全く気が付いてなかった。  

その、余りに危険な作業の割には、その功績が知られていない、彼等。  
家主の見つめる先に斎藤は気付いていただろうけれど、  
その時、斎藤がどんな顔をしたのか家主は、知らない。  

(  16  時空の狭間から  生き延びて  7  〆  )  




237  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/26(月)  02:47:38  ID:???  

「日本召喚」>>45  

01  元自衛官の矜持  
02  平成の山荘攻防戦  
03  病室を埋めたラブレター  
04  空の騎兵隊に向かって走れ  
05  聖なる夜の真価  

06  悲しみの水面の底で  
07  悪魔の証明  
08  自衛隊の英雄と、隊員だった頃の大公  
09  時空の狭間から  生き延びて  1  
10  本当に  大事なもの  

11  時空の狭間から  生き延びて  2ー6  
>>202-208  
16  時空の狭間から  生き延びて  7  



238  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/26(月)  02:49:02  ID:???  

話は正月に戻る。  

魔獣災害の被災者達が集められた野外避難所。  
クリスマスの夜に地獄を見た  片桐  勝也(19)は、  
周辺のその他大勢の市民と同様、  
血の気の失せた蒼白の顔を微動だにせず膝を抱え、  
1生忘れる事の無い記憶の海の中に沈んでいた。  
その魂の抜けた眼(まなこ)は、何も写らなかった。  

目の前でたまに起きる小競り合いも、  
避難民の世話に追われる自衛隊の奮闘も、  
親を求めて泣く子らの涙も、  
1月の冷たい風が吹き荒ぶ灰色の空も、世界も。  

勝也の目の前で「お母さん」と泣きじゃくる童女がいた。  
しかし、両親を無くした勝也の目には、童女の泣きじゃくる姿が写らない。  
やがて1月の凍った灰色の空に君臨した太陽が、西へ西へと駆けだし始めた。  
より寒い空気と風を引きつれて夕闇が迫るというのに、  
その時までも童女は泣いていた。  

勝也の目には何も写らなかった・・・ハズなのだが。  
殆ど生きながら死んでいた勝也。その彼が、何かに、反応しつつあった。  



239  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/26(月)  02:52:24  ID:???  

「  五月蝿え、黙れ!  」  

そんな童女の泣き叫ぶ声に、とうとう、  

周辺の、傷つき、余裕の欠片も無くなった者達の怒鳴り声が飛んできた。  
大人・・・童女から見れば大人には違いない、  
勝也くらいの学生らしい男の怒声が1番強烈だった。  

「  御前のカアチャンだけが死んでいるんじゃねえ!  」  

童女は幼稚園に上がるくらいだろうか。  
大人の剣幕の険悪さを理解して黙るくらいの物心がついている年頃。  
だから大人に怒鳴られて、ひっ、と息を呑んで1瞬だけ泣き止んだ。  

・・・地  獄、である。  

平和に満ちた世界の薄皮1枚をめくれば、たちまち姿を表す醜悪な怪物。  
もっとも、童女を怒声酷く叱り付けて黙らす事など、  
平和だった時代でも部屋の壁1枚向こうでも幾らでも繰り返された事なのだが。  

シン、と静まり返った避難民たち。  

冬の冷たい大気が、さらに凍りついた。  

そんな中で勝也は、無意識に童女に手を、伸ばそうとしていた。  



240  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/26(月)  02:58:48  ID:???  

そんな勝也の目の間に、1人の神が舞い降りた。  

「  どうしたの、泣かないで  」  

大人達に怒鳴られて、可愛そうに、恐怖で固まった童女を、  
1人の女性自衛官がそっと抱き上げていた。  

後に勝也はこの時の事を「  後光がさして見えた  」と証言した。  

もっとも、勝也の正面と、  
その数メートル手前で童女を抱き上げた女性自衛官の正面に、  
冬の冷たい天空に輝く太陽が位置していた訳だが。  

「  お〜う、田中ぁ、どうしたあ  〜  ?  」  

勝也の背後から、野太く、逞しい声がした。  

「  ええ、また、親を無くした子のようです  」  

神が振りかえった。勝也は、その田中、と呼ばれた女性自衛官の顔を、覚えていない。  

覚えているのは太陽の黄金色の光を背にして振りかえった神と、  
その神から童女を渡されて「  おじさんが来たからもう大丈夫だぞ〜  」  

と、童女を天高く抱き上げた壮年の自衛官の、広い背中と迷彩服だった。  

(  17  少年の前に舞い降りた  神  〆  )  





246  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/27(火)  02:06:38  ID:???  

>>243  F-22ラプター  ◆QPTet5lmFk  さま  

おお、空自が出るのは個人的に嬉しく思います!  
(  翡翠は陸自のホンの触りがやっと・・なんですYO;  )  

んでは、とりあえず翡翠はポエムなつなぎを置いていますね。  

「日本召喚」>>45  

01  元自衛官の矜持  
02  平成の山荘攻防戦  
03  病室を埋めたラブレター  
04  空の騎兵隊に向かって走れ  
05  聖なる夜の真価  

06  悲しみの水面の底で  
07  悪魔の証明  
08  自衛隊の英雄と、隊員だった頃の大公  
09  時空の狭間から  生き延びて  1  
10  本当に  大事なもの  
11  時空の狭間から  生き延びて  2ー7  
238-240  
17  少年の前に舞い降りた  神  



247  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/27(火)  02:08:01  ID:???  

青空に翻る日の丸の旗。  

輝く雪の空に翻る日の丸の旗。  

桜舞い散る春の空に翻る日の丸の旗。  

夜明け前の真っ暗な空間の中で1人目を覚ました斎藤は、  
心の中で  また同じ夢を見たな  と呟いた。  

―  起きたのか?  
―  ああ。  
―  そうかい。  
―  ・・・  
―  今夜も月が綺麗だが、眺めるかね?  

暗闇の中、窓枠に頭を抱えて仰向けに転がっている男。  
半月の月の明かりに浮かび上がる黒いシルエット。  

―  いや、いい。  
―  散歩に出るかね?  
―  ああ。  
―  いってら。  



248  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/27(火)  02:10:34  ID:???  

「  散歩に出てくる  」  

と言って斎藤が帰ってきたのは、数日後の事だった。  

―  早いな。  

ニヤリと笑う家主の出迎えに、  

「  島が狭いからな  」とは言わずに、軽く微笑む斎藤。  

不器用な男だった。武辺によくあるタイプだった。  
他人の事に関してはまるで無頓着なくせに、  
自分が疑問に思った事にはとことん向き合わねば気が済まぬ男だった。  

あの夜、斎藤が何を思ったのかは知らないが、  
どうせまた気晴らしに島の全周を歩いてきたんだろう・・  
斉藤の事だから、  
数日の間に島を何周したのかは知らないが。  

その癖、さほど汗をかいた様子も無い。疲労など欠片も無い。  

顔は・・晴れやかだった。  

あの夜、斎藤が何を思ったのかは知らないが、  

不発弾処理隊のトラックを見送った日以来の思いは、快方に向かったらしい。  



249  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/27(火)  02:15:04  ID:???  

―  正月。  

聖なる夜の騒動以来、今も続く魔獣災害の余波は、思わぬ傾向を見せ始めた。  

もともと観光客の多い県であったが、  

今年は金持ちの越冬組がやたらと多いらしい。  

現に、県内の有名ホテルは既に超満員。  
魔獣災害が遠洋漁業関係者に限られている我が県は、  
自衛隊が魔獣を日本国から完全に駆除し終えるか、  
建設会社が戦車に守られながら都市の復興を果たすまでの避難所として  
彼等にとっては実に魅力的で理想的なリゾート地だろう。  

(  つかそれ以前に日本以外の国が無くなっているぽいが  )  

―  米軍もいるからか  ?  

まさかね、と笑いながら、案外笑えないのかもしれないと気が付いた。  
騒動が終わるまで我が県で越冬と洒落込める「  真の  」金持ちの感覚だと、  
誠心誠意、自国の為に戦ってくれる「  おらが祖国の軍隊  」よりも、  
実際に世界中で屍山血河を潜り抜けてきた米軍の方が頼もしくみえるのかもしれない。  



250  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/27(火)  02:18:08  ID:???  

いやいや・・・・  

それは、貧乏人の見苦しい僻みかもワカラン。  

などと、くだらぬ事を家主が考えている間に。  

斎藤のふらり1人旅に触発されたのか、  
それとも音楽隊のパレードの時に集まった市民の群れに揉まれたせいか、  
随分と積極的な顔になったエルフ達が、  
自分らも自給自足の生活に戻りたく思います、と言ってきた。  

いや、斎藤のは単なる「  散  歩  」なんですが・・まあいいか。  
とりあえず彼女らに度胸がついたのは頼もしいが、  
まだ危ういな、と家主は判断。  

しかし家主には彼女らを止める権限は無い。  

かと言って、彼女等はハブのいる森の怖さも、軍隊の演習地になっている山の怖さもワカラン。  

・・仕方が無い。夷は夷を持って制すべし。(  違う  )  

そんな訳で家主は斎藤に1つ言い含んで、エルフ達の自立の門出を見送った。  

で、結局。―  お世話になりました  ―  

と言って家主の家を出た彼等がほうほうの態で帰ってくるのに、半日もかからなかった。  



251  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/27(火)  02:21:31  ID:???  

中部は在日米軍の牙城である。  

夜ともなれば、  

海岸と都市部は陽気な赤鬼さん達でイパーイ。  

結局、エルフ達は泣きべそかいて戻ってきた。  

おう、よしよしよし・・  

気はイイ奴ら(  のハズ  )なんだがなあ・・  
男でもデカイ赤鬼さん黒鬼さんはコエ―からなあ・・  
150cmなら怖くないんだが・・190cmとか  フ  ツ  ー  だし。  

ましてリアル箱入り娘のエルフ一族。  
潔癖とプライドにモノを言わして無礼者!とか言って、  
血の雨降らしてこなかったのは、まがりなりにも恩義を感じていた証拠。  

ヨー我慢したの・・。  

つか、子供まであの距離をここまで走って逃げてこれたのな。  

流石、リアル森の民。  



252  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/02/27(火)  02:36:17  ID:???  

泣きじゃくるエルフ達をあやすために、  

彼女等を連れて海岸まで出た。  

夜の海風は、南国とは言え本気で糞寒い。  
だから細身の体をガクガクと震わせて身をよせてくる彼女ら。  
そうそう。  
そうやって仲間同士でぴたーっと抱きついちまえばいい。  
それで大概の動悸や動揺はアッサリ何所かに消えちまうから。  
寒いんだから仲間に抱きつくのは当たり前。何も恥ずかしくないね。  
寒いっていうのを口実に、素直に子供に戻ってしまえばいい。  

何かがキラリと光った。  

この海岸からは県の駐屯地の基地の明かりがハッキリと見える。  
・・・?  
その真夜中の基地から、ヘリが凄い勢いで飛んでゆく。  
そうかい。  
今夜も深夜の急患が離島で出たんかい。・・・  どちらも、御無事で  ・・・。  

その日の夕刻。  
夕刊には昨夜の中部で1騒動があった事を伝える見出しが踊っていた。  
―  これ、御前だろ?  
などと、無粋な事は聞かない。  
無粋な事を聞かないかわりに、家主は特大のケーキを買ってきた。  

斎藤はその特大のケーキを食った後、また数日ほど、帰ってこなかった。  

(  18  青い空に翻る日の丸を胸に  〆  )  





289  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/03/01(木)  02:54:40  ID:???  

そして時は「  異変  」直後の中道隊に戻る。  

朱に染まって爆走する1台の輸送トラック。  
十数分・・いや、数分前までは、  
白色色のボディが日差しの中で眩しかった。  

輸送トラックの前に立ちはだかる魔物達。  
どいつもこいつも穴だらけだった。  
眉間を砕かれ、両目の飛び出た顔が迫ってくる。  

そんな悪夢の中、  
派遣部隊の長である中道三佐は、  
ある派遣部隊の長の言葉を思い出していた。  

“  長丁場になる。だから気負っては駄目だ  “  
“  人生と同じだ。気負ってしまったら事を誤る。心するんだ  ”  
“  いっそ馬鹿になれ。大丈夫だ。貴官が育てた部下たちじゃないか  ”  
“  たとえ貴官が本気で馬鹿になっても、”  
“  貴官が育てた部下たちは必ず貴官の期待に応えて貴官を助けてくれるだろう  ”  
“  武運を。そして幸運を。  ”  

中道の胸の中で、もう1人の中道が、  

暗黒の大地に倒れ伏して、地面を深く激しく掻き毟っている。  



290  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/03/01(木)  03:09:03  ID:???  

輸送トラックのエンジンが、世界も壊れよと叫んでいる。  

機械と大地の金切り声で埋め尽くされた世界。  
今にも壊れそうに激しく上下するトラック。  

視野が極端に狭い。その視野の片隅で西田三曹が叫んだ。  

獣と人ともつかぬ奇怪な肉塊が立ちはだかる。  
トラック内部の視界一杯に広がって迫ってくる怪物。  
激しい音。衝撃が爪先から脳天まで走った。  
全身がバラバラになりそうだった。  
トラックが横転しない事が不思議な程の衝撃。  

西田三曹が口元を両手で押さえて悶絶している。  

舌を噛んだのか。  

ガランガランと音を立てて何かの部品が欠落して行く。  
恐らく今、車外からトラックを見ることができるなら、  

走っているのが不思議な程グシャグシャの前面が拝めるだろう。  



291  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/03/01(木)  03:19:59  ID:???  
もう、何十体の“死にぞこない”に引導を渡したのだろう。  

―  ニシ。  
―  ハイ、三佐。  

戦場の顔の中道が正面を向いたまま西田三曹の名を呼んだ。  
それに応えて西田三曹が真っ直ぐな目で中道を見つめた。  

―  生きろ。稲村小隊と何が何でも生きて日本へ帰れ。  
―  さっ三佐!?  

もう、迷うまい。これは運命だったのだ。ならば。  
俺は、今、生きている部下を1人でも多く日本へ連れて帰る。  

―  俺は富田と林を探す。ニシ、後は頼むぞ。  
―  無茶な!三佐!死ぬ気ですか!  

実直な西田三曹が、  
飛びあがらんばかりに目を剥いて叫んだ。  
しかし。  
西田三曹の本当に血を吐く制止を受けても、中道の決心は揺るがない。  

「  悪魔に命令された  」  
「  神  に命令された  」  

と、無茶苦茶な弁明をして死刑を逃れる者がいる。  

なのに俺の部下は死んでしまった。  

なのに俺はこんな大事な時に倒れてしまっていた。  

運命だったのだ。こんな偶然があってたまるか!!  


292  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/03/01(木)  03:38:01  ID:???  
その頃。  

「  ぱぱ、はやくかえってきてね  」  
「  パパ、いっちゃヤダ  」  
「  風邪にだけは気をつけてね・・  」  

異国の地へ飛び立つ自衛官達の暖かな家族に埋め尽くされた成田空港。  
その空を飛んだのは、つい、この前だったのに。  

なんで、なんで、なんで、なんで、なんで。  
「  翔クン、浮気したら絶交だよ?  」  
麻衣、麻衣、麻衣!  

僕は、僕は、生きて返れないのかもしれない!!  

ごめん、ごめん、ごめん・・!  

麻  衣  !!  

先任の富田に引き摺られながら、林は死線を彷徨っていた。  
何処も彼処も化け物だらけだった。  
もう無理だ。無理だよ!ごめん、麻衣!  
林の目から涙が溢れた途端だった。  
林の頬骨と歯が砕けたと思う程の強烈な衝撃と炸裂音がした。  
「  泣くな!  生き残ってから泣け!!  この餓鬼が!!!  」  
走りながら林は富田に、もう片方の拳で頬骨を殴られていた。  
だが、走りながら打たれても、耳を打たれなかったのは幸運だった。  
耳を打たれていれば林の鼓膜が破れてしまって、  
そこで富田と林の運命は呆気なく途絶えていただろう。  
(  19  時空の狭間から  生き延びて  8  〆  )  



301  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/03/02(金)  02:17:55  ID:???  

ヒョウヒョウ・・・と、  
緩やかで爽やかな夏の風が吹いている。  

サワサワサワ・・・と、  
草の海が月の夜の海のように眠っている。  

ただっ広い大草原だった。  
入道雲が夏の日差しを、チラリチラリ  、と影さしてくれている。  

そんな雄大な夏の昼下がり、悠久の空と大地の狭間で、  

元自の斎藤が、  
自衛隊っ気の抜けた感じで分厚い胸に丸太のような腕を組んで、  
後方から悪戯小僧、もとい、悪戯中年どもの背中を眺めている。  

その斎藤が飽きれた態で見つめる2人・・。  

斎藤の数メートル手前、そこで、  

「  ぐっふっふっふっふっふ  」と、どうみても、  

よからぬ悪戯事の相談、といった態で、2人の男がしゃがみ込んでいる。  



302  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/03/02(金)  02:21:55  ID:???  

その2人組の構成は。  

自衛隊の誇る悪戯大王の東隊員と、当時、  
日本人初の馬賊になっていた家主の2人。  

その2人が明日の悪戯は何をしてやろう???  
といったどうしようもないノリで、  

地面に立てた64式小銃を囲んでああでもない、こうでもないと論じている。  

そこに新隊員の2士の皆さんが1個小隊も集まれば、  
それはそのまま中高の体育系部の部室の中で、  
来る夏の合宿、女子の更衣室を如何に上手くノゾクか???を論じている、  
そういう何ともアレな雰囲気が・・・ま、どうでもいいか。  

「  で、これ、ホンマに当たるん?蘭ちゃんYO、YO☆  」  
「  当たる当たる♪何でも下手な鉄砲数射ちゃ当たる、ですよ^^  」  
「  これ、1個大隊がズラリと片膝ついて射撃態勢とかとったらメチャx2格好よかね?  」  
「  wwwwwwwwwww;^^  」  

・・・その2人のお喋りを聞きながら、  

「  ガンじゃねえんだから  」とか、珍しく色々と突っ込みを入れたく思う斎藤であった。  



303  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/03/02(金)  02:40:58  ID:???  

斉藤のそんな視線を背中で百も承知ながら、  

お馬鹿な話題で何時までも笑っている不良中年x2。  

しかし!  

小銃てき弾発射用の小難しい機器を装着しながら、  
ゴシップ専門の記者のような民間の質問を、  
にょろにょろと的確にスルーしまくる東隊員は、  
流石はベテラン隊員だったのである。(  星の数より飯の数〜  )  

その東隊員の話によると、  

小銃の尻を地面に立てて射つ以外の方法をとると危ないんだそーな。  

という訳で  
2人の間の地面にシッカリ尻を押し付けられた64式小銃の勇姿。  
まあ如何にも重そうなてき弾を飛ばすんだから、  

相〜当、ヤバイんだろうね。反動。  



304  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/03/02(金)  02:47:22  ID:???  

んで。  

「  放棄された戦域で  」  

ニコニコと目だけで笑う怖い男・東  蘭太郎氏。  
目は笑っても口から出る言葉は鬼の様に辛辣だったりする。  

「  誰が誰の装備品をかっぱらおうが知ったこっちゃないですがー  」  

・・いや、持ち主がハッキリしているなら拾いませんけどね。  
あの世でも64&89式小銃もって天界または地獄で1合戦。  
つか遺族に何らかの遺品は届けてあげたいものさ。  
元・激戦地の県民だもの。  

「  教えた通りに撃たないで骨を折っても自業自得ダYO♪ね?りょうーかい☆  」  

わかっているのならイイノヨー(  よくないw  )といった感じの東隊員、  
じゃあ良く見ていてね?と小銃てき弾発射!!!!  

・・・・・  

・・なかなかイキな音を立てながら、  

東隊員が発射した訓練用てき弾が、空中に独特の放物線を描いて飛んでゆく。  



305  翡翠(星砂)  ◆F1KoBsy57M  sage  2007/03/02(金)  02:55:31  ID:???  

「  でさ蘭チャン、これさあ、実戦に役立つと本気で思う?思う??  」  
「  駄目ですよ☆そんな事言っても、絶対に回せませんからっ^^;  」  
―  ガコン!「  命中!  」「  うっそだろ  」  

草叢の中にチョコンと首だけ出した空き缶に見事、訓練用てき弾が命中!  
その事に嬉しそうに笑う民間と、東隊員の馬鹿げたカンに舌を巻く斎藤。  
そして目だけの笑みが果てし無くこぼれる東隊員。  

「(  本当は、隣の空き缶を狙ったんですけどね〜黙っておこ^^  )」  

自衛隊隊員からは不評かもしれなかった64式のてき弾。  
しかし、放棄地区をせっせと回って、  
自衛隊の遺棄装備のストックを増やした家主と斎藤の小銃てき弾が、  

ノーランドの戦いで、自衛隊のノ派遣隊第三大隊を突破・蹂躙せんと  
東部グナ台地とスカク河の間を南下突進してきたクチュルクの重装騎兵連隊を、  
東部グナ台地の反斜面からありったけの64式てき弾を叩き込んで撃退、  
カース台に布陣し孤立した安室三佐(  歴戦により昇進  )指揮の中隊の  

第2戦線への無血後退の機の1因を作り出す事となろうとは。  

カース村でゴラ・ゴーレム中隊を完膚なきまで撃退して生還した東三尉  
(  歴戦により昇進  )  

「  どうです?当たりました?^^  」  

「  斎藤だけは初弾命中出しましたYO☆  」  

(  20  野に吹く夏の風に空き缶の跳ねる音を聞いて  〆  )