595  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/14(水)  09:11:11  ID:???  
最初に、ちょっとだけ断りを入れさせて。  

舞台は一応、ファンタジー異世界と近未来の日本ということで。  
近未来といっても、ほんの数年先ほどの未来ね。  

主人公は……陸自の特殊作戦群の兵士っちゅうことで、すんません。  
もう一人、自衛隊の派遣司令を主軸にしてみてもいいかな……とは思ったのだけど  
漏れは何分戦略ゲームが苦手なもので、大局からの戦争は上手く書けないかもorz  


596  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/14(水)  09:13:08  ID:???  
 夜の帳が辺りを包み込む、鬱蒼とした深い森。  
 その只中に、剣戟の音が交差する。甲高い金属音と刀身がこすれあう音。火花が闇の中で輝く。  
 銀の鎧をまとった騎士と思しき壮年の男が、多数の敵兵を相手に剣を振るっていた。その騎士の背後には、旅の軽装姿の少女が震えて立っている。  
「くそっ!」  
 相手の剣を盾で受け止め、押し返す騎士。明らかに多勢に無勢、分の悪い戦いであった。  
「ネリス様、早くお行きください!  私のことは構わず」  
 背後の少女を肩越しに振り返る騎士。その隙に、敵兵が袈裟懸けに切りかかってくる。が、騎士はそれを剣で弾き返す。  
「でも……!」  
 ためらうかのように首を振る少女。その琥珀色の瞳には涙が浮かんでいる。  
「この国の命運がかかっているのです。役目をお果たしください。さあ!」  
 縦横無尽に振るわれる刃、敵兵はそれに一瞬ひるむ。だが、騎士の動きは目に見えて鈍くなっていた。  
 少女は騎士を見た後、きびすを返して森の中へと走ってゆく。それを見届けると、騎士は微笑んで、敵に向かって突っ込む。  
 そして少女の向かった方角の茂みから、まばゆい白光が巻き起こった。  



597  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/14(水)  09:17:18  ID:???  
20XX年  5月22日  某県の山中。  
 山の獣道を、三人の兵士たちが歩いていた。  
百キログラムはありそうな膨れ上がった荷物を背負い、腕に銃を構えつつ、ゆっくりとした速度で茂みをかき分けてゆく。  
 戦闘の兵士が立ち止まった。その兵士が腕を上げ、後ろを振り返る。  
 その兵士は顔に暗緑色のペイントを施していた。小顔だが、大して特筆するところも無い平凡な容姿である。  
ただ、その頬は異様にこけており、ペイントが塗られた顔の中で、目だけが鋭い光を放っている。  
腕に持つ銃は、M4カービンにM203グレネードランチャーを組み合わせたものだった。さらにカービンの銃口にはサプレッサーが装着されている  
「どうしたんだ、日下?」  
 背後の大柄な兵士が日下と呼んだ男に近づく。百九十センチはあろうかという体躯の若い男である。  
顔は角ばっており、非常にごつい。だが、その小さな目は愛嬌たっぷりな表情を浮かべている。日下と同様に顔にはフェイスペイント。  
体は筋肉で盛り上がっており、背中の背嚢を軽々と担いでいた。この男の持つ銃は、MINIMI軽機関銃である。  
「荒川、少し黙っててくれ」  
 日下が、先ほどの大柄な兵士をそう呼ぶ。  
「早くしないと、目標のRVにたどり着けませんよ?」  
 すると、もう一人の兵士がそう言った。こちらの兵士は、細面の優男だった。  
色白の肌に、整った形の目と鼻。体は細身だが、先ほどの二人に負けぬ量の荷物を背負っている。この男の装備は日下と同様にM4カービンとM203である。  
「……小西、荒川、何か聞こえないか?」  
 小西と呼ばれた細面の男が耳をそばだてる。荒川も同じように押し黙った。  
 がさがさと、前方の茂みで小さな音が鳴る。草の葉っぱも心なしか小刻みに揺れていた。  
「イノシシか?」  
「熊の可能性もありますね、どうします?」  
 荒川と小西が口々にそう言う。  
「避けられるに越したことは無いんだが――」  
 だが日下の言葉とは裏腹に、その音は段々三人に近づいていた。  



598  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/14(水)  09:18:53  ID:???  
「めんどくせぇな」  
 日下がM4のコッキングレバーを引いた、二人もそれにならう。  
「サプレッサー着けてるから、音で追い払うのは多分無理だ。弾を一気にぶち込んで黙らせよう。それと、人間かもしれないからな。確認できるまで発砲するなよ」  
 二人がうなずく。そして三人はそれぞれ木陰に身を隠し、銃を構えた。  
 茂みの音は次第に大きくなり、葉の揺れもはっきり見えるところまで近づいていた。三人の指がトリガーにかかる。  
 そして、黒い影が茂みから飛び出した。  
「待て!  撃つな!」  
 日下が手を広げて静止する。飛び出してきたのは人影だった。その人影は茂みから出て数歩のところで倒れこんだ。日下はそのそばに駆け寄り、その人影を抱き起こした。  
 その人影は、少女だった。小柄である、恐らく百五十センチほどしかないだろう。日本人にはありえないほどの見事な、流れるような金髪である。  
そして何よりも、特筆すべきはその顔立ちである。白磁のごとく透けるような肌に、大きな瞳、程よく整った鼻、桜色の唇。手足は折れそうなほどに細い。  
 そして、もっとも奇異な部分があった。その少女は、耳が長いのだ。常人にはあるまじき長さ、恐らく十センチ近くはあるだろう。  
 日下は息を呑んだ。  
少女は気絶しているらしく、目を閉じたままだ。だが、苦しげに荒い息をしている。  
また、その少女は特異な服装をしていた。革の胸当てに、革の長靴、麻で織られている服。現代ではまずお目にかかることの無い服装である。  
そして、その少女の両耳の青い宝石をあしらったイヤリングと、胸元のペンダントが光を放つ。  



599  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/14(水)  09:19:25  ID:???  
 他の二人も日下のそばに駆け寄った。少女の顔を覗き込む。  
「これは一体……人間、なんですか?  女の子に見えますが」  
「耳、長いよな。俺の目がおかしくなっちまったのか?」  
 小西と荒川が戸惑いの声を上げる。  
「とりあえず、基地に連絡して迎えのヘリを呼んでもらおう。……この分じゃ、どのみち訓練は中止だ」  
 日下が荒川にあごをしゃくる。荒川は無線機を取り出し、耳元に当てた。  
「にしても、ひどく汚れてるな。一体どうしたんだ」  
 日下は背嚢を下ろし、荷物の中からタオルを取り出した。そのタオルで少女の汚れた顔や、手足を丁寧に拭ってやる。服もまたあちこちをすりむいたり破ったりしていて、ひどい有様だった。  
 その少女が、ほんの一瞬目をうっすらと開けた。日下はそれに驚く。  
 その少女の琥珀の瞳が日下をとらえると、口元に微笑が浮かんだ。  
そして、瞳が再び閉じられる。  
「『ありがとう――?』」  
 呟く日下。  
「まさか、な」  
 日下は苦笑する。やがて遠方からヘリの爆音が近づいてきた。サーチライトの明るい光が、辺りを照らし出す。  




759  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  06:48:52  ID:???  
 特殊作戦群がなんなのか分からないという人がいたので、ウィキペディアからの引用を貼り付けとくね。  

 特殊作戦群(とくしゅさくせんぐん(Special  Operations  Group  :  SOG))とは日本の陸上自衛隊初の特殊部隊であり防衛大臣直轄部隊である。  
 現時点における主要任務は対テロ及び対ゲリラ作戦であるが、将来的には米陸軍特殊部隊と同様に、他国における特殊偵察や直接行動、  
 情報戦などの多様な任務を遂行可能な世界水準の特殊部隊を目指しているといわれる。  
出典:  フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』  



760  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  06:50:33  ID:???  
 特殊作戦群本拠地  習志野駐屯地  
「それでどうなんですか?  三佐殿」  
 日下は駐屯地の医務室で、軍医である三佐に問い質していた。白で統一された室内には、消毒液のきつい匂いが漂っている。  
 ここはいつ来ても慣れないな。日下はそう思った。病院とかそういう施設に漂う独特の雰囲気と、この消毒用アルコールの匂い。日下はそれが幼い頃から苦手だった。  
『何とも言えんね。とりあえず目立った外傷は無いみたいだが。酷く疲れていたらしい。今はベッドで泥のように眠ってるよ」  
 手に持ったカルテを机の上に置いて、軍医は渋い顔をする。  
「それで、あの」  
 日下が躊躇いがちに尋ねると、軍医はニヤリと笑った。それを見て、何となく日下は不安な気分になる。  
「あの耳のことか?  確かに珍しい……というより、私も聞いたことの無い症例だ。十センチほどもある先の尖った耳。  
しかも綺麗に左右対称で、奇形とは考えにくい。その他は身体的には、何ら異常は認められず。  
十代の女の子の特徴を完全に兼ね備えている……が」  



761  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  06:51:38  ID:???  
 そこで、軍医はカルテから目を上げる。  
「瞳がな、琥珀色なんだよ。普通の人間ではありえん。虹彩には異常は認められず。しかも超音波検査ではいくつか見慣れない臓器も見つけた。つまり、だ」  
「つまり?」  
「人間じゃないね、あれは。我々とは違う別種の生物、としか考えられん」  
「まさか」  
そう言いかけて口を閉じた。医務室の扉が開いて誰かが入ってきたのだ。その人影を見て、日下は思わず立ち上がって直立不動の体勢になった。  
 その人影は壮年の男性だった。白髪の混じった髪を短く刈り上げ、口元には豊かなひげを蓄えている。体躯は中肉中背で、百六十センチほどしかない。迷彩柄の戦闘服の両襟には、暗緑色で縫い取られた桜星が二つ――陸将補である。  
 第一空挺団団長にして駐屯地司令、小山内陸将補であった。小山内司令は手を上げて休めの指示を送る。日下は両足を開いて、手を後ろに回した。  
「どうだ、八幡三佐?  お客さんの具合は」  
「はあ、それが」  
 軍医は、先ほどの日下にした説明と同じものを繰り返した。  



762  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  06:52:48  ID:???  
「日本人でもなく、ましてや人間でもない、か。困ったな、これは」  
 司令はおどけたように笑ってみせる。良く動く口ひげが、愛嬌のある小型犬を連想させた。  
「と、するとだ。あの客人は宇宙人、とでも考えるしかないのか?」  
「そこまでは……」  
 軍医も首をひねった。  
「あの、司令殿。やはり警察に届け出た方がいいのでは」  
 日下が進み出る。どう考えても、これは自衛隊の職分ではなかった。  
「日本人でも人間でもないのにか?  そんなことをしてみろ、世間に知れ渡ったら大騒ぎになる」  
 そう言われて、日下は口を閉じる。  
「日下二曹。君は原住民との交流プログラム訓練を受けていたな?」  
「はっ、その通りであります」  
 特殊作戦群の任務の一つに、異文化社会への浸透というものが存在する。これは言語や文化を異にする地域に入ってそこの原住民たちの民心を掌握し、その地域内での活動をやり易くするというものであった。  
また、原住民をゲリラとして抵抗組織の養成にあたることもある。そのために、特殊作戦群の隊員は様々な交渉術を仕込まれていた。  



763  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  06:54:08  ID:???  
「なら、客人の尋問はお前に一任しよう」  
「え」  
 日下は面食らう。オイオイ、マジかよ。  
「なるべくこの件は秘密にしたいのでな、部外者は使いたくない。第一発見者である君に任せる。彼女も別室に移動させよう。とりあえず言葉が通じるかどうかも分からんが、彼女と意思疎通を図ってくれ。まあ、よろしく頼むよ」  
 ぽん、とにこやかに肩を叩かれる日下。だがその内心では、うへぇ、と舌を出していた。  
「私の方も防衛大臣と掛け合ってみる。大事になるかもしれないからな、これは」  
 特殊作戦群は防衛大臣直轄部隊であり、その元締めである小山内陸将補には大臣とのパイプがあった。いざとなれば、直接電話で話すことも可能である。  
 その時だ、わずかにうめき声があがった。背後、あの少女が眠っているベッドからだ。  
「起きたようですね、失礼」  
 軍医がベッドに向かい、後の二人もそれに続く。  
 少女は上半身を起こし、呆然とした様子で周囲を見回していた。少女は真っ白な患者服に着せ替えさせられており、鮮やかな金髪が肩にかかっている。その長い耳は不安を表すかのように下に垂れていた。  



764  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  06:54:50  ID:???  
 その少女が日下を見上げた。琥珀色の純粋な瞳に見つめられ、思わずたじろぐ。少女の目に見る見るうちに涙が盛り上がる。唇が嗚咽をこらえるように震えた。  
 思わず、俺は何かしたのか?  と日下はうろたえた。  
 そして、少女が上半身を乗り出して日下の足に抱きつく。と同時に少女はむせび泣いた。  
 泣き声が室内に満ちる。軍医と司令は、どうしたものかと思案顔である。その中で日下は、まるで幼子にするかのように、少女の髪をなでてやっていた。  



765  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  06:55:38  ID:???  
 数日後、習志野駐屯地  
「よお、今日もまたあの子のところか?」  
 日下が廊下で振り返ると、そこには小西と荒川がにやついて立っていた。  
「随分と熱心ですね。まあ、それも仕方ないですね」  
「お前ら、そう思うんだったら少しは手伝えや」  
 日下は苦りきった顔で、手に持った紙の板を指し示した。板には果物や、動物の絵がカラーで描かれている。乳幼児の教育に使うような、アレである。  
 ここ数日、日下は例の少女とコミュニケーションを取るために四苦八苦していた。まず案の定、言葉はまったく通じなかった。  
 日下の知っている限りの言語――特殊部隊の隊員はバイリンガルであることを求められる――で話しかけたが、どれ一つとして通じなかったのだ。少女の様子は最初よりは大分落ち着いていたが、手詰まりな状態にあるのは変わらなかった。  



766  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  06:56:24  ID:???  
「お前が司令から命令されたんだろ。俺たちが手を出したら命令違反になっちまうしな」  
 ウヒヒという荒川の下卑た声を聞き、日下が顔をしかめる。  
「それにしても、あの子はいったい何者なんだか。見たところ人間じゃなかったよな」  
「俺が知るか、今、それを聞き出すために努力してるんだろうが」  
「まあまあ、あまりにもどうしようもなかったら、外の人間に頼むようですよ?  言語学者とか。それまでは頑張ってくださいね」  
 小西が二人の間に割って入り、荒川を引っ張って連れ出した。二人の後姿を見守りながら日下は悪態をつく。  
「他人事だと思いやがって」  
 苦虫を噛み潰したような表情で、日下は隊舎のとある部屋の前に立つ。中に入ると、少女が窓辺から外を見ていた。今の少女は、白い患者服ではなく上にTシャツと、女物のジーンズを履いていた。  
 今日は天気も良く、爽やかな風がカーテンを揺らしている。時折、敷地内を走る隊員たちの掛け声が聞こえてくる。  
 少女は見るもの全てが珍しいのか、いつもこうして飽きることなく外を見ているのだった。瞳は興味深げに開かれ、好奇心で一杯な様子が伺える。と、少女が日下の方を向いた、少女の顔が花のような笑顔で彩られる。  



767  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  06:57:09  ID:???  
 まあ、確かに悪くはないかもな、日下は頬を掻く。そして少女を、部屋にある丸椅子に座るよう促す。日下もまた丸椅子を引っ張り出してきて、少女の対面に腰掛けた。  
 それから、日下は日課となっている少女との会話を始めた。と、いっても、言葉は通じないので身振り手振り、そして先ほどの絵を書いた紙を用いて意思疎通を図っているのだが。  
 ここ数日で分かったことと言えば、この少女は明らかな知性を持っていることだった。恐らく普通の人間と変わらない、もしかしたらそれ以上かもしれない。  
 君は何者なんだ?  何の目的でここに来た?  
 しばらく身振り手振りを用いていたが、一向に埒が明かない。相手が何かを言おうとしているのは分かるのだが、肝心のそれが分からないのだ。喉に小骨が刺さったような、何とももどかしい気分になる。  



768  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  06:58:18  ID:???  
 少女もひどく落胆しているようで、顔を伏せていた。長い耳がまるで感情を表すかのように、ぺたん、と垂れている。そこで、日下はあることに気付いた。少女の耳には、最初に見たイヤリングが無かったのだ。取り外したのだろうか。  
 そこで、少女が自分の耳を指し示した。イヤリングのあった場所をしきりに指で握っている。  
 これはイヤリングを返して欲しい、ってことか?  
「少し待っててくれ」  
 通じるはずも無い言葉を残して、日下は医務室に向かった。  



769  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  06:59:08  ID:???  
 再び少女の元に戻ってきたとき、日下は少女の持ち物や服を抱えていた。ポーチと思しきものやら、イヤリングもあった。軍医が彼女を治療して着替えさせる際に、脱がしたものだった。  
「これでいいか?」  
 部屋のベッドに、その荷物を全て置く。すると、少女の顔が明らかに輝いた。荷物をしばらくあさり、当のイヤリングを日下に向かって差し出す。  
「どうした?」  
 少女は、再びしきりに耳の部分を指し示していた。  
「着けろって事か?」  
 日下が耳にイヤリングを持っていくと、少女が頷く。半信半疑ながら、日下はイヤリングを耳にはめた。  
 日下は強烈な耳鳴りを感じた。同時にイヤリングが青白い光を放つ。  
「ぐっ」  
 日下がうめく。だが、変化はそれだけに留まらなかった。  



770  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  06:59:54  ID:???  
「……聞こえますか?」  
 聞き慣れぬ声に、驚いて振り返る。  
「ああ、良かった。異世界の人でも通じましたね、そのイヤリング」  
 少女は笑って両手をぽん、と合わせた。紛れも無く、その声は少女のものだった。  
「一体――」  
 いきなり少女の言っていることが分かるようになり、日下は酷く混乱していた。  
「そのイヤリング、翻訳機なんです。言葉が通じない人とお話しするときに使う道具なんですよ。異世界の人でも動作するか分からなかったんですけど……」  
 日下は、先程から少女の話している「異世界」という言葉が気になっていた。  
「まだ信じられないけどな……」  
 日下は頭を振った。  
「こんな道具を持っているとは。君は何者だ?」  



771  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  07:00:31  ID:???  
「それなんです」  
 少女は急に真剣な顔つきになり、ポーチから一通の封筒を差し出した。  
「これは?」  
「私の国の、国王陛下からの親書です」  
 それは分厚い油紙で包まれた封筒だった。口にはきちんと蝋で封がされており、見た事もない印で判が押してある。  
「国王陛下?」  
「はい、私の名前はネリス。貴方がたのいうところの、異世界から来ました」  
 呆然としている日下に向かって、少女が深々と頭を下げる。  
「私たちの国は今、未曾有の危機に晒されています。お願いです、貴方の国の長に会えるよう、お願いしていただけないでしょうか?」  




871  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  20:36:34  ID:???  
 霞ヶ関  総理官邸  首相執務室  
「総理、防衛大臣がお見えです」  
「通してくれ」  
 重厚な執務机の後ろに座った初老の男性が、卓上のインターホンに呼びかける。  
 今年で齢五十八歳になる日本国総理大臣、片山浩二は、ひそかにため息をついた。日々の激務の疲れが溜まっているのだろうか。  
 片山首相の外見は、一言で表すと好々爺である。染色されたかのような真っ白い髪に、年齢を感じさせる顔の深い皺。目は細く鋭く、口元にはいつも微笑が浮かべられている。世間に露出することの多い政治家が身に付ける、パフォーマンスの笑みである。  
 普段から笑うよう自分に強制しているうちに、その笑みが顔に張り付いてしまうのだ。ほとんど職業病と言っていいだろう。  



872  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  20:37:17  ID:???  
 やがて両開きの木造扉が開き、やや腹の出た、髪の薄い中年男が入ってきた。日本国防衛大臣である。  
「どうしたんだね?  アポもなしに話があるとは。私はこの後、スケジュールが詰まっているのだがね」  
 首相は眉をひそめた。  
「それなのですが……総理」  
 大臣は首相の傍に寄り耳打ちする。  
「……私に会いたいという人物?」  
 さらに、大臣は小声で話を続ける。首相の顔が見る見るうちに険しくなり、最後にはやや呆れが浮かんでいた。  



873  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  20:38:25  ID:???  
「にわかには信じ難い話だ。私は今、君の頭の方を疑っているよ」  
 総理は大臣に訝しげな目を向ける。  
「はあ、確かに私にも信じ難い話ではあります。夢ならどんなにいいか、と思っておりまして……」  
「その陸将補だが、信用できる人物なのか?  もしや発狂しているのではあるまいね」  
「信用できる男です。空挺と特殊作戦群の司令を務めている幹部です。冗談を言うような男でもありません」  
「ふむ」  
 首相は顎に指を当てて、何やら思案顔であった。  
「分かった、その特使とやらに会ってみよう。スケジュールを秘書に調整させるから、日程は追って知らせる」  
「ありがとうございます、総理」  
 そうして、大臣はそそくさと退出した。総理は椅子を回し、背もたれに深くもたれかかる。  
「全く、厄介な」  
 思わずか、総理はそう呟いていた。  



874  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  20:39:17  ID:???  
 そして数日後、首相官邸にネリスが招かれた。  
 ネリスは総理に、あの翻訳機であるイヤリングと親書を差し出したのだ。  
 まず首相はネリスの外見に驚いた。既知のどの人種にも当てはまらないその容姿は、明らかにネリスが別世界の住人であることを物語っていたからだ。  
 そして、イヤリングによって意思疎通が図れる事を知った時、首相の驚きはさらに大きなものだった。そしてそれは、親書を首相が開封したときに最高潮に達した。  
 親書の内容はこうである。異世界の小国――以下クロイセル王国と称する――が軍事大国――オブディアという帝国らしい――の侵略を受けており、このままでは滅亡も時間の問題である。  
 ついては、異世界の貴国に軍事的援助を求める。見返りに、自国で産出される様々な資源を提供したい、というものであった。  
 首相は、この親書だけでは自衛隊を派遣することはできない、とした。だが貴国の事情にも鑑み、こちらからも特使を派遣して、ぜひ国王に謁見させたい、ということで会談は終わった。  



876  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  20:40:29  ID:???  
 習志野駐屯地  団長室  
「というわけでだ、お前たちにあちらに行ってもらいたい」  
 小山内司令は単刀直入にそう告げた。目の前には、司令に呼ばれた日下、小西、荒川の三名が立っている。  
「何しろ文字通り未知の世界だ。さらに、こちらから増援を送ることも難しいだろう。そこで単独作戦行動に長けている特殊作戦群の隊員に、特使として赴いてもらいたい。敵地への隠密潜入は、お前たちの十八番だったな?」  
 確認するまでも無い、という感じで司令が告げる。  
「総理と防衛大臣は、事を外に漏らしたくない、と仰られた。そこで当の客人を発見したお前たちに行ってもらう。これは極秘の作戦行動だ、誰にも一切の情報を漏らすな。それと、医官からお前たちに話があるそうだ」  
 司令が、脇に立っていた医官に話を促す。  
「話は聞いているよ。これから別世界へ行くらしいが、それに関する注意事項などを説明しておく」  
 医官が三人に紙を手渡す。それには、現地に行くに当たっての注意事項が書かれていた。  



877  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  20:43:02  ID:???  
「まず、現地に着いて水や食料を勧められても、なるべく口にするな。  
できる限りこちらから持ち込んだ物だけを摂取するように。  
今のところ客人の少女がこちらの飲食物を摂っても、なんら異常は認められていない。  
が、こちら側の人間もそうであるとは限らない」  
 さらに医官は話を進める。  
「それと、だ。一番懸念されるのは病気だ。  
お前たち三人には可能な限りの伝染病の予防接種を施し、治療薬を持たせる。  
だが、あちらは人類が足を踏み入れたことの無い異世界だ。未知の病原体に感染する恐れがある。  
今のところ特使殿からは一切有害な病原体は見つかっていない。  
だが、わずかでも体に異常を感じた場合、すぐに戻ってくるように。  
こちら側に除染と隔離用の設備を設けておく。帰還後、君たちはそこで徹底的なチェックを受けることになる、そのつもりで」  
 三人はわずかに顔を硬くしたが、頷いた。  
「では、幸運を祈る」  
 司令が敬礼する、日下たちもまた同時に敬礼した。  



878  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  20:44:40  ID:???  
 習志野駐屯地  更衣室  
 日下たち三人は、更衣室で荷造りを行っていた。背嚢に各種装備品を詰め込み、  
ベルトキットにも多数の装備品を装着する。そして、最後には武器の点検に入った。  
 まさか、俺があっちに行くことになるとは……めんどくせえ。  
 日下は内心吐息をつく。  
 それにしても、日下は未だに信じ難い気分だった。一週間ほど前に見つけた少女。異世界から来たと言われ、そして今度は自分が異世界に派遣されるという。  
 どこの三流アニメだ?  
「なあ」  
「なんです?」  
 M4カービンの薬室を覗き込んでいた荒川が、手榴弾を並べている小西に声をかける。  
「あっちって、どんな所なんだろうな」  
「説明では、森が深い地点だという事でしたが」  
「そうじゃなくてな、どんな世界なんだろう、ってことだよ。そう思わないか、日下?」  
 日下は顔にフェイスペイントを塗る手を休め、荒川を見る。  



880  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  20:45:39  ID:???  
「不安なのか?」  
「いや、そうじゃねぇんだが。うまい食い物はあるのかな、ってことなわけで」  
 小西は体格が大きい。そのせいかは分からないが、他の隊員に比べて大量の飯を食うのだった。  
 これは亡者のように飯を食う特殊部隊の人間と比較してもそうなのだから、その量は推して知るべし、である。  
「お前は食いすぎなんだよ、少しは減量しろ」  
「ひでぇ」  
 小西が笑う、が、その顔はすぐに真顔に戻る。  
「まだ信じられねぇよ、異世界云々なんてな」  
「まあ、な」  
 それは日下とて同じだった。  
 部屋のドアが開かれる音に、三人は一斉に入り口を見た。ネリスが入ってきたのだ。  
 ネリスは何やら驚いた様子で、三人を眺め回していた。  



881  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  20:46:41  ID:???  
「どうしました?  ……おっと」  
 日下はイヤリングを着けていないことに気付き、すぐさま耳にそれをぶら下げる。  
 これが無いと、ネリスの言葉が分からないのだ。  
 ちなみにイヤリングを着けていない他の二人には、ネリスの言っている事は理解できていない。  
「これで良し。で、何か?」  
「いえ……ただ、その、皆さんの格好に驚いていたもので」  
 今現在、三人は迷彩柄の戦闘服を着用していた。さらにベルトキットを着用し、銃器を点検している。  
 確かにこちらの人間から見ても、なかなかに異様な格好だといえる。  
「それと、あの、ですね、この前はすみませんでした」  
 ネリスが頭を下げる。  
「どうかしましたか?」  
「いえ、私、その、以前日下さんに泣きついたりして……」  
「ああ」  
 日下は初日のことを思い出す。確かに、ネリスに抱きつかれた記憶があった。  
「別に気にしていませんよ」  
「本当にすみません。私、殿方に抱きつくなんて、一度もしたことなかったもので」  
 ネリスが恥ずかしいのか、顔を赤らめる。  



882  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  20:47:27  ID:???  
 一度もって、向こうでどんな生活してたんだ。日下は疑問に思う。  
 そういえば、これまでネリスの身分については一切何も聞いたことが無かった。異世界からの客人という事実に頭が一杯で、ネリス個人のことまでは頭が回らなかったのだ。  
 ネリスの立ち居振る舞いには、どことなく気品がある。自分たちのような庶民とは違い、どこか、選りすぐられた、純粋な血を持つ者の雰囲気である。さらに言えば、容姿も可憐で美しい。西欧の王侯貴族のようだ。  
 もしかして、実はすげえ身分の高い人間では?  
 ネリスを頭からつま先まで観察する。ネリスが「ん?」と日下の視線に気付いたので、日下はさりげなく視線を外した。  
 どうやらネリスの興味は、先ほどから日下たちの迷彩服に向けられているらしかった。  
 ネリスは複雑な迷彩パターンの野戦服を、実に珍しそうに眺めている。  
「複雑な色の服ですね。どうして、こんな服を着るんですか?」  
「これを着ていると、見つかりにくくなるんですよ。特に茂みなどに入れば、その効果は覿面です」  
「そうなんですか……それに、その、顔に恐ろしげな模様も入ってますし」  
 少し脅えた様子で、ネリスが日下の顔を見る。日下の顔はフェイスペイントで塗り潰されており、目が爛々とした光を放っていた。  



883  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  20:48:06  ID:???  
「ああ、これも見つかりにくくするためなんですよ」  
 日下は苦笑いする。確かに顔を隈取りしたようなペイントは、普通の人間にはとても奇怪に見える。  
 日下などは一度、基地祭のときに子供に泣かれた経験もあった。  
 少々、刺激が強すぎたかね。  
「私、どこの蛮族が部屋に入ってきたんだろうって思いました」  
「蛮族、ですか?」  
「はい、私の世界には、未だに原始的な生活をしている人もいるんです。それで、その、その人たちには首狩りの習慣なんかもあったりして……」  
「はあ」  
 そして、ネリスの目がM4カービンに向いた。  
「あれは何ですか?」  
 子供のように興味津々のネリス。異世界の事物が珍しくて仕方ないのだろう。  
「これは私たちの世界の武器で、銃と呼ばれるものです」  
「どうやって使うんですか……?  見たところ、剣みたいに刃はついてないですし」  
 日下はM4カービンを両手で構えて見せた。ストックを肩にあて、サイトを覗き込んでエイミングする。  



884  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  20:48:48  ID:???  
「この先の穴から、金属の弾が出るんです。それで、離れた所にいる敵も倒すことができます」  
「離れた所もですか?  まるで魔法みたいですね」  
 ネリスはひどく感じ入った様子で、M4をためつすがめつしている。  
「魔法……魔法があるんですか?  あちらの世界には」  
 日下がたずねた。  
「はい。宮廷には、国王専属の宮廷魔道士もいるんですよ?  ほら、日下さんが使っているイヤリング、それも魔法具なんです」  
「なるほど」  
 その魔法とやらについても問い質しておかないといけないな、と日下は唸る。  
 脅威になりそうなものの情報は、あらかじめ得ておくに限る。  
 そこで、ネリスの手が手榴弾に伸びかけたのが、日下の目に留まる。  
「駄目です!」  
 慌ててネリスの手を払う。ネリスは酷くびっくりしたようで、まるで小動物のように縮こまってしまっていた。  



885  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  20:49:41  ID:???  
「済みません、これはとても危険なんです。これ一つで、ここにいる四人全員を殺傷できます。それ位危ない物なので」  
 日下はレモン状の手榴弾を一個手に取った。  
「はい、あの、本当にごめんなさい」  
 しゅん、とした様子のネリスに、日下は何ともいたたまれない気分になる。まるでこちらが悪い事をしたかのように。  
「おいおい、何女の子を泣かせてんだよ」  
 小西が冷やかしの茶々を入れてくる。やかましいわ、だったらお前が相手をしろ。  
「いえ、ですがこれからは我々の装備には、無闇やたらに触らないようにして下さい。けが人や死人が出る事もありますから」  
 あー、丁寧な言葉遣いってめんどくせえ。ストレス溜まる。  
「それとですね」  
 日下は話題を変えて、脇の段ボール箱の中から服を取り出した。  
 日下たちが着ているのと同じ迷彩柄の戦闘服である。それの最も小さいサイズの物だった。  
「その服では目立つので、これを着て頂けますか?  我々は部屋から出て行きますので、その後で着替えてください」  



886  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  20:50:31  ID:???  
 ネリスに上下の戦闘服を手渡す。  
「ありがとうございます。あの……ちょっとお聞きしたい事が」  
「なんです?」  
 何やらネリスは深刻な雰囲気である。それに、心なしか頬が赤い。  
「あの……私、目が覚めたら、服が変わっていたんですが」  
「ああ、あれですか。多分医官が着替えさせたんだと――」  
 ネリスの目にうっすらと涙が浮かぶ。  
「ど、どうしました?」  
「あの……やっぱり、見られちゃったんでしょうか」  
 日下、無言。返す言葉が見つからない。  
「やっぱり、見られちゃったんですよね、うう……」  
 いや、裸見られたぐらいで泣くって、どんだけ箱入り娘なんだよ。  
 さめざめと泣くネリスを尻目に、事情の分かっていない荒川と小西が冷ややかな視線を日下に送る。  
「まあ、とにかくだ、最悪だな」  
「最悪ですね」  
 うるさい。お前ら、少しはフォロー入れやがれ。  


890  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  21:27:06  ID:???  
了解、じゃあこのまま行くね。  

あと、書き忘れてたけど、主人公と仲間二人の名前とか装備の概略を書いておくね。  

 日下  亮  
 M4A1カービン+M203グレネードランチャー+サプレッサー  
 USPハンドガン  
 M26A1破片手榴弾6発  
 発煙手榴弾  
 焼夷手榴弾  
 40ミリグレネード弾六発  
 M72ロケットランチャー一本  
 その他、場合によって催涙手榴弾、閃光音響手榴弾(フラッシュバン)を装備。  


891  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/15(木)  21:27:42  ID:???  
 小西  悠太  
 M4A1カービン+M203グレネードランチャー+サプレッサー  
 USPハンドガン  
 M26A1破片手榴弾6発  
 発煙手榴弾  
 焼夷手榴弾  
 40ミリグレネード弾六発  
 M72ロケットランチャー一本  
 その他、場合によって催涙手榴弾、閃光音響手榴弾(フラッシュバン)を装備。  


 荒島  新也  
 MINIMI軽機関銃  
 USPハンドガン  
 M26A1破片手榴弾6発  
 発煙手榴弾  
 焼夷手榴弾  
 M72ロケットランチャー一本  
 その他、場合によって催涙手榴弾、閃光音響手榴弾(フラッシュバン)を装備。  

 こんなところで。  



19  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/17(土)  00:36:21  ID:???  
 某県の山中  深夜  
 深い森の一角に、人工の明かりが灯る。投光車のまばゆい光が、森の拓けた一帯を照らし出していた。  
 投光車だけではない。その周囲には暗緑色の73式トラックが並び、装甲車も並んで停車していた。発電機の低い唸りが、森の静寂をかき乱している。  
「ここですか?」  
 軽装甲機動車から降りた日下が、前方に立つネリスに呼びかけた。小西、荒川の二人も続いて降車する。  
 日下の乗っていた軽装甲機動車は、そのまま異世界での足となるべく用意された物である。内部には四人の荷物と、弾薬、糧食、飲料水、燃料、医薬品などが既に積み込まれていた。また車の上部にはターレットがあり、そこにはM2重機関銃が車載されている。  
「はい、間違いありません。魔力のうねりを感じますから」  
 ネリスの力強い返答に安堵する日下。そこで周囲を見渡すと、異様な格好の人影に目が留まる。  
 ガスマスクに、着膨れた全身服。NBC防護服である。傍には除染液を積み込んだトラックが停車し、野戦用の除染シャワー具、隔離テントなどが設置されている。  
 化学防護隊か、ずいぶんと大げさだな。  



21  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/17(土)  00:37:48  ID:???  
「では、『門』を開きます」  
 ネリスが両手で印を結ぶ。複雑で滑らかな動き、その速さに日下の目はとてもついていけない。  
 やがて、ネリスの周囲で風が巻き起こり、光の粒子が発生する。  
 空に、巨大な魔法陣が出現した。複雑な図形を組み合わせた形をした、青く輝く魔法陣が、空中でゆっくりと回転している。  
 周りの人間たちは、声も出ず空を見上げていた。日下もまた、想像だにしなかったその光景を息を呑んで見つめる。  
 魔法陣の中心で光が弾ける。やがて光が薄れると、前方におぼろげな光の膜が出現していた。水面のように波打つ、地面から垂直に立っている「膜」である。  
「『門』が安定しました。これで、もうあちらに行けます」  
 やや憔悴した様子でネリスが告げる。ふらっ、と体が揺れ、バランスを崩した。  
「大丈夫ですか?」  
 日下が慌てて抱き留める。ネリスは力なく微笑んだ。  
「はい……あの、ありがとうございます」  
 ふらつく足で、ネリスは軽装甲機動車に乗り込む。そして、日下以下三名も車の席に着いた。  
「小西、出してくれ」  
 助手席に乗った日下は、運転席の小西に指示した。後部座席には、ネリスと荒川が座る。  
 カーブを描き、「門」の前へと車が進み出る。  
 そして軽装甲機動車は、「門」の中へと突入した。  



22  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/17(土)  00:38:42  ID:???  
 まず初めに気がついたのは、光だった。  
 優しい光だ。包み込まれるような暖かな陽光。そして鳥の囀り、木々の葉がこすれあう音。  
 ……着いたのか?  
「みんな、無事か?」  
 日下は全員に呼びかけた。転移によるショックだろうか、やや頭に霞がかったような感じを覚える。  
「ん、ああ、なんとか」  
 荒川の声。そして残りの二人が声を上げる。日下はそれを確認した後、ドアを開けて降車した。ブーツがむき出しの土と草を踏みしめる。  
「これは――」  
 周囲は深い森だった。新緑の樹木が、青空からの日の光をたっぷりと浴びている。その足元は茂みになっており、数メートル先も見渡せない。  
 日下たちは、森の中に切り開かれた道の途上にいるのだった。背後は行き止まりになっており、先ほど自分たちが出てきたと思われる「門」がその口を開けている。  
 道端には草花が咲いている。葉が丸々としており、色も緑というよりは青みがかっている。花は五つの花弁で彩られており、色は赤と黄色。これまで日下が見たことも無いような植物である。  



23  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/17(土)  00:39:32  ID:???  
 空気が爽やかだった。清涼な大気を胸いっぱいに吸い込む。こちらの空気はまったく汚れていない、自然があるがままの姿で残っている。  
 やがて、ネリスが隣に立った。故郷に帰ってきたためか、その顔には心なしか安堵が浮かんでいるようだった。  
 ネリスの目は、何かを探すかのように森の茂みをさ迷っていた。  
 やがて、ネリスの視線が止まった。驚きに見開かれる琥珀の目。そしてネリスは、右の脇の茂みへと歩を進める。  
 日下は車の二人にハンドサインを送る。エンジンをつけっ放しにして、警戒しているように指示した。少女の後を追う。  
 ネリスは地面にしゃがみ込んでいた。その両手には一振りの直剣が握られている。その剣は何日も野晒しになっていたのか、赤錆が浮き出していた。  
 日下の目は、その剣に赤錆以外のものが付着しているのをしっかりと捉えた。  
 どす黒く変色したそれは、明らかに血だ。  
「……それは?」  
 ネリスの目は悲しげに伏せられていた。  
「私をここまで送り届けてくれた騎士の物です」  
 日下はネリスの憂いを帯びた声と表情から、その騎士がもうこの世には居ない事を悟る。  



25  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/17(土)  00:40:14  ID:???  
「私は日下さんの世界に行くために門に入る直前、敵の奇襲を受けました。それで、私を逃がすために――」  
「国土の中に敵が入り込んでいるのですか?」  
「数は多くありませんが、破壊工作を旨とする少人数のグループが、旅人に偽装して侵入しているようです。あなた方の世界に特使として赴くために王都を出た直後、最も無防備な状況を狙われました。……それで」  
「そう、ですか」  
 その騎士は、ネリスを守るために命を落としたのだ。遺体はもう片付けられているらしく、跡形も無かったが。  
 日下は勇敢なその戦士に黙祷を捧げた。立場は違えども戦いを生業とする者同士。その覚悟の程が、痛いほど日下には理解できた。  


27  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/17(土)  00:41:18  ID:???  
「ありがとうございます。死者のために祈ってくださって」  
 ネリスは立ち上がり、微笑んでいた。いまだに心の傷は癒えないだろうに、もう平静を取り戻している。日下はその強さに感心せざるを得なかった。  
「やっぱりどこの世界の人でも、戦う人は同じなんですね。雰囲気がとても良く似てます」  
「似てる、とは?」  
「私の友だちにも騎士がいるんです。女の子なんですけど、とても強いんですよ。それで、日下さんと何ていうのか、こう、感じが似てるんです」  
「そうですか?」  
 ネリスが手を合わせて笑う。  
「はい。張り詰めた雰囲気とか……目つきとかが」  
 ネリスの言葉が尻すぼみになる。同時に、その長く尖った耳がピン、と立った。耳がウサギのようにピクッ、ピクッと動く。  



28  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/17(土)  00:42:46  ID:???  
 日下も周囲の空気が瞬時に変化したことを悟っていた。首筋にちりちりした感触、ヤバイ、と本能が告げている。  
 日下は即座にM4を構えた。車の二人も異常を察知したらしく、銃を周囲の茂みに向けてエイミングしていた。  
 ネリスの耳が、左手の森の方を向いた時点で止まる。何かの音源を見つけたのだろうか。  
「どうし――」  
 ネリスが青ざめた顔を上げ、日下に向かって叫んだ。  
「日下さん、逃げて!」  
 その声を聞くまもなく、森から何か巨大な影が飛び出してきた。それは、日下たちから二十メートルほど先の地面に着地する。  
 それは、紛れもない怪物だった。巨大な肉塊、とでも表現したら良いのだろうか。桜色の表面は臓物の如き模様が蠢動しており、体から生えた触手がうねり動いている。高さは2メートルほど、長さは3メートルほどもあろうか。  
 その巨大な体躯に比して、滑稽なほど小さな三本足で体を支えている様は悪夢のような光景といえた。  
 なんだ、ありゃ。  
 日下はそのおぞましい姿に総毛だった。そして、その怪物の体躯の真ん中が二つに割れる。そこから覗いたものは、牙である。口なのだ。  



31  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/17(土)  00:43:42  ID:???  
 間髪入れず、怪物が突進してくる。発狂しそうな咆哮と共に、ネリス目がけて一直線に。  
「くそがぁっ!」  
 日下はネリスに向かって飛び掛った。タックルするように小さな体を抱きかかえ、転がって化け物の進行方向から逃れる。間一髪、怪物は森の中に突っ込んだ。肉塊が数本の木々を薙ぎ倒す。  
「さあ、早く!  車まで走って!」  
 ネリスを抱き起こして叱咤する。日下は流れるような動作でM4のコッキングレバーを引き、トリガーを引き絞った。  
 立射で断続的に発砲する日下。狙いは正確で、5.56ミリ弾は怪物の横腹に吸い込まれてゆく。ぐちゅぐちゅ、という嫌な音ともに、得体の知れない液体が飛び肉が爆ぜる。  
 だが、怪物はゆっくりと起き上がろうとしていた。  
 効いていないのか!?  
 最後の一発を発射する手前で、日下はM4のマガジンを落とす。腰から予備のマガジンを取り出し、装填。そこで、怪物が突然日下に飛び掛る。  
 思いもかけない俊敏さだった。日下は辛うじて体をひねり伏せる。怪物の繰り出した触手が鞭のように唸り、樹木を一本折り飛ばした。  



33  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/17(土)  00:44:35  ID:???  
 続いて空振りした触手が方向を変え、真下の日下に襲い掛かる。  
「!」  
 飛び退り、触手を避ける。触手は地面に深々とめり込み穴を穿った。だが終わりではない。怪物の別の触手が、別方向から変幻自在に日下に向かう。  
 日下は地面を転がりながらM4を発砲した。襲い来る触手の一本を迎撃、空中で千切れたそれは体液を飛び散らせながら落ちる。  
 次々と触手が日下のそばの地面に突き刺さる。日下はそれを辛うじて避けるが、怪物の追随からは逃れられない。  
 やっべ。  
「日下さん!」  
 ネリスの悲痛な叫び声。  
 怪物が、日下に再び突進しようとしたところで。  



34  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/17(土)  00:45:15  ID:???  
 横から、軽装甲機動車が突っ込んできた。  
 五トン近い重量のある車体が、怪物を跳ね飛ばした。ひどく重たい音と共に地面を転がる怪物。軽装甲機動車の方も、衝突の衝撃で上下に跳ねる。  
 そして軽装甲機動車の天井から体を乗り出していた荒川がM2機関銃を撃った。  
 対人用の小火器などとは比べ物にならないほどの発砲音。装甲車両ですら易々と貫通する12.7ミリ弾が怪物を解体してゆく。  
 この世の物とは思えない叫び声を上げる化け物。臓物のようなものが撒き散らされて地面を汚してゆく。日下は腰のポーチから40ミリグレネードを取り出し、ランチャーに装填した。  
「くたばれ、クソが」  
 M203からグレネードが放たれた。それは怪物の腹の傷に吸い込まれた後、爆発した。ボゴッ、と一瞬怪物の体が一回り大きくなり、傷という傷から赤い肉と液体が噴き出す。  
 怪物の体が、見る見るうちに萎んでゆく。終いには気の抜けた風船のようにぺったんこになってしまった。周囲には、鼻が曲がりそうな悪臭が立ち込める。  
「無事かー?  日下」  
 M2を照準したまま荒川が叫ぶ。日下は手を上げた。  
「遅えよ、もうちょっと早く援護してくれ」  
 未だ紫煙を立ち昇らせているM4を構えつつ悪態をつく。  



37  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/17(土)  00:46:39  ID:???  
 ネリスが日下に駆け寄って来る。ネリスは日下の服の裾をひし、と掴んだ。日下は戸惑うが、ネリスは手を離さない  
「日下さん……良かった……」  
 涙声だ、ネリスはしきりにしゃくり上げていた。  
「私……もう駄目なんじゃないかって……」  
 ネリスが日下の胸にすがりついた。胸元が暖かい、どうやら涙で濡れていた。  
 日下は助けを求めるように荒川を見る。だが当の巨漢は肩をすくめるばかり、運転席の小西に至っては笑いをこらえている様子だ。  
「とりあえずここを離れましょう。臭いも酷いですし」  
 辛うじてそう言うのが精一杯だった。  



71  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/17(土)  06:12:56  ID:???  
 軽装甲機動車は異世界の街道をひた走る。車内では席替えが行われ、運転席に荒川、助手席に小西、そして戦闘で多少疲労した日下とネリスが後部に座った。  
 周囲は見渡す限りの畑だ。整然と区画されたその中では、足元ほどの高さの青々とした植物が、その穂先を天に向かって伸ばしている。  
 日下が「あれは何ですか?」と隣のネリスに聞くと「小麦です」という答えが返ってくる。こちらの世界にも小麦があるのか、と日下は少々驚く。  
「先ほどの怪物ですが、この世界にはあんな危険な野生動物がいるのですか?」  
 日下は、ついさっき倒したモンスターの姿を頭に思い浮かべた。あんなものが野にいるなんて、本当にどこぞのRPGだな。  
 だが、ネリスはその言葉をぶんぶん頭を振って否定する。  
「いいえ、あんな動物はこのクロイセルにはいません。あれは、帝国側が放った軍用魔獣です」  
「軍用、魔獣ですか?」  
「はい、西の最果ての土地には、大地の魔力バランスの狂いが影響して奇形化、凶暴化した野生動物がいます。  
それらは総称して魔獣、と呼ばれています。オブディア帝国は、これらの魔獣を飼い慣らす秘技を持っているのです。  
クロイセル側――私たちネフェリアンには、そんなものはありません」  



72  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/17(土)  06:13:51  ID:???  
「ネフェリアン?」  
「私たちの種族の名前です。ユーレウム大陸東側に住む草原の民、ネフェリアン。西のオブディア帝国のオブディアンとは……長いあいだ対立関係にあります」  
 ネフェリアンと、オブディアン、人種どころか種族が違うのか……こりゃあ、厄介だな。  
 差別の酷さがこちらの世界の比ではない事が、日下には容易に想像できた。何しろこちらの世界では、種族どころか肌の色が違うだけでひどい差別や残虐な行為が行われてきたのだ。  
 日下は気を取り直し、質問を続ける。  
「軍用ということは、軍事目的で魔獣が運用されているという事ですか?」  
 やや血の気の引いた顔でネリスが頷く。  
「はい、相手側の軍に、魔獣軍として単一の兵科が存在します。魔獣使いと、魔獣の大群で構成される軍団で……オブディアの最強軍団です。クロイセル側で最も恐れられています」  
 確かに、あの魔獣とやらの機動力と攻撃力、生命力は既知のあらゆる動物を凌駕していた。  
 あんなものに集団で押し寄せられたらと思うと、ぞっとする。実質的威力だけでなく、兵士に与える心理的影響も途轍もないものがあるだろう。  



73  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/17(土)  06:15:30  ID:???  
「先ほど私たちを襲った魔獣も、罠として仕掛けられていたものだったのでしょう」  
 ネリスが唇を噛み締める。  
「私がいずれこちらに戻ってくる事を見越して、私の匂いを覚えさせた魔獣をあの場所に潜ませていたのだと思います。  
魔獣は単純な命令しかこなせませんが、何日でも何ヶ月でも待ち続ける事が出来ます。  
私が……迂闊でした。もっと気を付けているべきだったのに」  
「そこまで気に病む必要はありませんよ」  
「いいえ、私のせいで、もう少しで日下さんは……」  
 そこで、日下はネリスの頭にぽん、と手をやった。  
「日下さん?」  
「もう少し肩の力を抜いてください。大丈夫ですよ。我々はあの程度ではやられたりはしません」  
 そう、この少女は肩に力が入り過ぎていた。何でも自分で背負おうとしている、  
 と日下は思う。何が彼女をそんな風に駆り立てるのかは分からなかったが。  
「……はい。あの魔獣をあんなに簡単に倒してしまいましたし、驚きました」  
 日下が手をどけると、ネリスが笑う。  



74  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/17(土)  06:16:41  ID:???  
「あの魔獣は、普通の兵士なら二十人がかりでも倒せるかどうか分からないほど強いんです。だから生身の兵士は魔獣に立ち向かってはいけない事になっていて、代わりにゴーレムや魔道士が相手をします」  
「ゴーレム?」  
「岩や土から作られた、魔法の人形です。背丈が三メートルほどもあって、とても力が強いんですよ?」  
 その魔獣やゴーレムは、自分たちの世界の装甲車や戦車に相当するのだろう、と日下は推測する。  
 いわゆる機甲戦力なのだ。生身の兵士なら、まず直接相手をしてはいけないのは当然と言えた。みすみす命を散らすようなものだ。  
「あの銃……っていう道具でしたっけ、大きい音でしたね。私、耳がおかしくなるかと思いました。  
それに、魔獣にあんなに簡単に傷を負わせられて……日下さんたちの世界の技術は、本当に凄いです。  
それにこの、車……って言いましたか」  
 ネリスの手が、機動車の窓枠をなでる。  
「疲れ知らずで、こんなに速い速度で進めるなんて信じられません。王都まで、後どれ位とおっしゃってましたっけ?」  



75  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/17(土)  06:17:31  ID:???  
「ネリスさんの言う距離で考えれば……あと三十分、そちらの単位で一アルト、ですか」  
「全部でもたった二アルトなんですよ?  本当に信じられません。馬車なら一日はかかる距離なんです」  
 ふふ、と子供のようにはしゃぐネリス。  
窓の外には、畑で農作業をしていると思しきネフェリアンの男女が、こちらをまん丸な目で眺めているのが見えた。  
よほど驚いているのだろう。他にも何人かの人影が見えたが、皆同じような感じだ。  
「随分と注目されていますね」  
「当然です、私だってこんな物が目の前に現れたら、きっと肝をつぶします」  
 そう言い、ネリスと日下は笑いあった。  



76  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/17(土)  06:18:59  ID:???  
 そして日下以下、派遣特使一行は王都クロイセルに到着した。敵の妨害もなく、少し拍子抜けするぐらい順調な旅だった。  
「これは……また……」  
 車から降りて、日下は唸った。場所は王都クロイセルの外壁部分、検問の手前に軽装甲機動車は停車している。  
「驚きました?」  
 ネリスの得意げな声に、日下は声も無く頷く。目の前には、中世ヨーロッパ風の大都市が存在していたのだ。  
 高々と屹立する外周壁、そのど真ん中に開いた巨大な門から中の様子が伺える。  
 赤焼きレンガで建てられた数階建ての建物、広い石畳の大通り、白亜の漆喰で塗り固められた建造物が見える。  
 遠くには協会の尖塔と思しき物があり、巨大な鐘が中空で揺れていた。  
 そして何よりも驚いたのは、大通りの先、王都の中心部に、これまた巨大な王城が聳え立っていた事だ。  
 まるでメルヘンの世界だ。  
「すげー、ヨーロッパ旅行に来たみてぇ」  
「これはなかなか、興味深いですね」  
 運転席と助手席の荒川と小西も、それぞれ驚きを口にする。やはり口と目は開きっぱなしだ。  



77  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/17(土)  06:19:49  ID:???  
「さあ、行きましょう?  今日は私が案内役です」  
 悪戯っぽく笑うネリス。やはり生まれ故郷に帰って来たためか、声がどこか弾んで生き生きとしている。  
「お願いしますよ、お姫様」  
 そうおどけて言ってみせる日下だが、ネリスは予想外の反応を示した。  
 一瞬固まり、日下の顔をじっと見つめたのだ。  
「どうしました?」  
「……いえ、なんでもないです」  
 そう言い残し、どこか慌てた様子で一人検問に向かうネリス。  
「どうしたのかね?  ネリスちゃん」  
 荒川が運転席から体を乗り出す。  
「知るか……お前、『ちゃん』づけは無いだろう」  
「いいじゃねーの。だって、こっちにはお前らの会話が分からないんだぜ?    
ちょっとぐらい気安く呼んでも、なあ?」  
 隣の小西に同意を求める。  
「さあ、どうでしょう?」  
 小西は小西で薄い笑みを浮かべたままだった。  



78  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/17(土)  06:21:23  ID:???  
 やがて遠目にネリスが、検問の詰め所と思われる小屋の前に立ったのが見えた。  
 小屋の中から鎧を着た兵士が出てくる。その兵士がネリスの顔を見て飛び上がった。  
 その兵士は大慌てで検問の柵を取り外す。ネリスがこちらを見て笑い、片手を振った。  
「どうやら、OKみたいだなぁ」  
「特使だからな、顔パスなのは当然だろう」  
 だが、日下の目は別の異変を捉えていた。  
 先ほどネリスを応対した兵士が、全速力で王城の方角に駆け出してゆくのが見えたのだ。  
 伝令に行ったのだろうか。  
「とりあえず、行こうぜ」  
「ああ」  
 荒川の声に促され、日下は車に乗り込んだ。  



79  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/17(土)  06:22:23  ID:???  
 王都の大通りを進む軽装甲機動車。  
 そして、周囲には黒山の人だかり。  
 ――うぜぇ。  
「……進みにくいですね」  
「……ええ」  
 現在、軽装甲機動車は大通りのど真ん中で立ち往生していた。  
 集まる野次馬たちで道が塞がれてしまっているのだ。  
 しかもやたらと車に近寄ってきて珍しそうに眺め回すものだから、一気に加速して振り切ることも出来ない。  
 轢いてしまうかもしれないからだ。  
「仕方ありません」  
 ネリスがドアノブに手をかけた。  
「どうするのです?」  
 ネリスは、日下に向けて寂しげに笑った。  
「大丈夫です、任せてください」  
 ネリスが車を降り、ドアを閉める。  
「オイ、本当に大丈夫なのか?  あの人数の野次馬じゃ……」  
「シッ、おい、見てみろ」  
 日下は荒川の声をさえぎり、窓の外にあごをしゃくる。  



80  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/17(土)  06:23:44  ID:???  
 車の前に立ったネリスの顔を見て、群衆は誰もが一様に驚きの色を見せていた。  
 そうして、ネリスは群集に向けて何やら呼びかけた。  
 軽装甲機動車は装甲とエンジン音に遮られ、外の音が良く聞こえない。  
 そのため、何を喋っているかまでは聞き取れない。だが、日下には読唇術の心得があった。  
 時折左右を向くネリスの横顔から、唇の動きを読む。  
「何て言っているのです?」  
「『道を……あけてください』?  って言っているみたいだが」  
「おいおい、そんなんで通れれば誰も苦労は――」  
 だが、道は開いた。  
 まるでモーセの奇跡の如く、人だかりの海が左右に割れたのだ。ざぁっ、と潮が引くように、群衆が道の脇に退いてゆく。  
「嘘だろ」  
 三人が呆然とする中、ネリスが肩越しに後ろを振り返る。そしてそのまま、王城に向けて歩き出した。  
「ついて来い、ってことだよな」  
 軽装甲機動車は、ネリスの後ろをのろのろと進む。大通りの脇には多数の群集。その中を、ネリスは平然として歩く。  



81  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/17(土)  06:25:13  ID:???  
 そうして、ネリスが立ち止まった。王城の門の前まで来たのだ。  
 車もそれに合わせて停まる。三人は降車し、ネリスの横に並んだ。  
 日下は王城の門から、数人の人影がこちらに向かっているのを確認する。  
 中世ヨーロッパでよく着られていたような、フリルつきの上着と袋のように膨れ上がったズボンの男性。  
 細かくきらびやかな装飾が施された長い裾の服を着ている、重臣と思しき老人。  
 そしてお付きの騎士数名。  
 その数名は日下たちの目の前まで来ると、突然ひざまずいた。  
「ご無事で、姫様。よくお戻りになられました」  
 ネリスが頷く。日下は思わず少女の顔を見た。だがその横顔は堅く、何の表情も浮かんではいない。  
 そして数名のネフェリアンの男たちは立ち上がり、日下たちの方を向いて笑いかけた。  
「そして、ようこそクロイセル王国においで下さいました、異世界の方々。女王陛下がお待ちです」  


142  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/18(日)  06:26:05  ID:???  
「姫様!」  
 日下たちと離れ、王宮に入ったネリスはエプロンを着た太目の女性――乳母に抱きつかれた。  
「よくご無事で……良かった、本当に良かった……」  
「大丈夫……どこも怪我はしてないから、泣かないで」  
 涙ぐむ乳母を引き離し、笑いかけるネリス。乳母はその恰幅の良い体を震わせ、ずびびーっ、とハンカチで鼻水を啜り上げる。  
「全くです姫様。どれほど心配したことか。あまり私の寿命を縮めさせるようなことはお控えください」  
 長い裾の服を着た老人――クロイセル王国の宰相が頷く。喋るたびに、その真っ白な口ひげがぴくぴく動いた。  
「爺や」  
 ネリスが言う。そして、宰相の後方に控えていた一人の女性騎士が前に進み出、恭しくお辞儀した。  



143  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/18(日)  06:27:06  ID:???  
「お帰りなさいませ、姫様。本当によくご無事で」  
 その女性騎士は、ネリスと同年代と思しき少女だった。腰まではある豊かな漆黒の髪、それとは対照的な白い肌。  
 背はネリスより高く、160センチ前後というところ。顔は小さく、目鼻立ちは美しく整っている。  
 瞳の色は紫、だが目がわずかに釣り上がり気味で、それがこの少女の美貌の印象をややきついものにしていた。  
 体には銀色の輝きを放つ板金鎧(プレートメイル)  その鎧そのものが何らかの魔法工芸品なのか、所々ルーンに酷似した文字が刻印されていた。  
 そしてそのプレートメイルの下には、恐らく儀礼用と思われる絹の服を着込んでいた。  
「イリーナ、ただいま戻りました」  
 どうやら友人なのだろう、ネリスの口調には気を許した者にのみ向けられる、どことない気安さが感じられた。リラックスしている、という事だろうか。  
 イリーナと呼ばれた少女騎士は微笑む。ネリス笑顔を返したが、すぐに沈んだ表情を浮かべ、うつむいてしまった。  
「……私を護衛していた騎士たちは、全員亡くなりました。……とても残念です」  
 だが、イリーナはネリスの言葉に首を振る。  
「いいえ姫様、彼らも本望だったと思います。主を守るために戦い、力尽きたのですから」  



144  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/18(日)  06:28:30  ID:???  
 騎士の少女に慰められ、ネリスはこくん、と首を縦に振った。  
「ありがとうイリーナ。そういえば、私が持ち帰った剣は?」  
 イリーナが微笑む。  
「すでに鍛冶職人の手に渡してあります。研ぎ直されたあの剣を、  
主君を守った誇り高い騎士の物としてこれから騎士団で保存し、語り伝えてゆくつもりです」  
「そう――」  
 そこで、乳母がネリスの両肩を後ろから叩く。  
「さ、姫様。そろそろお召し物を変えましょう。謁見も始まることですし、泥だらけですから。……それにしても、奇妙な服ですねぇ」  
 ネリスの着ている迷彩柄の戦闘服を見て、乳母が訝しげな表情になる。  
 その戦闘服はネリスにはやや大きかったのか、裾などが余ってだぶついていた。  
「そう?  私はとても気に入っています。何より動きやすいし」  
 裾を掴んで、まるで子供のようにくるくる回ってみせるネリス。実に嬉しそうだ。  



145  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/18(日)  06:31:01  ID:???  
「異国の服ですか……実に、何というのか、珍妙な柄で」  
 宰相も言葉に困っているようだ。  
「これはあちらの戦装束なんです。普段着にはもっと普通の服もあります」  
「そういえば、客人方も同じものを着ていましたな……すると、あの方たちは騎士か戦士なのですかな?    
奇妙な道具を持っていましたが、剣も持たずに戦いが出来るとは到底思えませんな」  
 ふん、と日下たちが気に入らないのか鼻を鳴らす宰相。先ほどは日下たちに笑いかけていたというのに、随分と表情の変化が早い。  
「爺や、人を見かけで判断してはいけないと、私にあれほど口を酸っぱくして言っていたのは誰?    
彼らはとても強いです。何しろ中級魔獣をあっという間に仕留めてしまったのだから」  
 その言葉に、宰相は驚きの色を隠せないようだった。イリーナもまた、驚愕した表情を浮かべている。  



146  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/18(日)  06:32:54  ID:???  
「それは……実に信じがたいですな」  
 うむむ、と宰相は唸る。  
「――魔獣を?  生身の人間がわずか数人で?  ありえませんぞ」  
 宰相は眉をひそめてしきりに首を振る。そこでイリーナがネリスに耳打ちをする。  
「姫様、本当にあの者たちは信用できるのですか?」  
「どういうこと?」  
「その……私はどうにも、あの者たちが信用なりません。奇妙な鉄の箱で王城の目の前に乗りつけ、  
しかもあまつさえ顔には、あのような恐ろしげな隈取りが。  
私なぞは、一瞬未開人が襲来したのかと心臓が縮み上がりました」  
「イリーナ」  
 滅多には見せないきつい目つきで、イリーナを見据えるネリス。  
「彼らは私の命の恩人であり、何より異世界の国からの使者、クロイセルにとっての国賓です」  
 ネリスは、はっきりとした声で告げる。  
「彼らを侮辱することは許しません」  
 イリーナは姫君の怒りに恐れ入り、冷や汗を浮かべているようだった。  



147  雑兵  ◆0SmEaqLCkA  sage  2007/02/18(日)  06:34:07  ID:???  
「……申し訳ありません、姫様。差し出がましい真似をした事をお許しください」  
 その言葉に、ネリスの表情がふっと緩む。  
「いいえ、良いのです。長い間の帝国との戦いで、皆が疲れ、疑心暗鬼になっているのは良く分かっています。  
ですが、ここはあの方たちを信用しましょう」  
 そこで、部屋の脇に立っていた近衛兵士が全員に呼びかけた。  
「クロイセル女王、エレニア・ロウム・クロイセル陛下が御着きです」  
 その声に全員が扉の方を見た。  
 扉が開き、豪勢なドレスを着込んだ人影が現れる。  
「お母様」  
 ネリスは年相応の、満面の笑みを見せた。