653 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/02/17(日) 01:18:48 ID:???
めちゃ久々に投下しますよ…
かなり間が空いてしまって申し訳ないですよ…

ゲート・アウト  あらすじ
異世界の国ボレアリアから救援要請を受けた日本政府はかの地に部隊を派遣した。
勝利を続ける自衛隊に対して、フォリシア軍は大森林で迎え撃ち、待ち受けながら
魔法攻撃で徐々に打撃を与えていく方針を決定、自衛隊に最初の打撃を与えた。
米国が情報収集する中、フォリシア軍は火山を魔法で動かして攻撃を加えることを決定、
海軍も奇襲をするため、動き出した。
一方、フォリシア政府は異界の大国の一つであるロシアに助けを求めていた。米露の参戦で
日本は方針の大きな変更を余儀なくされることになった。

654 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/02/17(日) 01:21:34 ID:???
 フォリシアからはるか東の洋上。
「馬は大丈夫かな?」
「結構ヘタってますが…まあ何とか…それより陸の方々の船酔いを心配した方がいいのでは?いざと
いうときに足腰が立たないとなっては一大事ですよ」
 タビラスの艦隊は出航直後から絶え間なく降り続くスコールの中を進んでいた。ずっと艦隊を追って
発生し続ける雨雲の下、整然とした艦列はきっちりと六芒星の形を描いていた。
「それにしても、まさか艦隊の間に魔導を施した鎖を張り巡らせて魔方陣を描くとは思いも寄りませんでした」
 艦隊旗艦バリドゥスの艦尾付近の甲板で、雨具を着けたタビラスが副官二人と共に空の様子を窺って
いるところだった。
「この艦隊の練度あればこそだ。下手くそな奴らがやればすぐに鎖を切ってしまうからな」
 敵の目を避けるため、艦隊の頭上に雨雲を喚んで移動することを考えたのはオベアと自室で話し合った
ときだった。彼から戦の事情を聞いたときに自衛隊の艦船はこちらに来ていないようだ、ということも聞いた。
ならば海から奇襲しようとなったときに、鉄の鳥の監視の目を逃れ、漁師の船などを追い払うため二人で
考えたのがこの方法。一船上で雨雲を喚ぶ陣を描くには広さが足りないため、船間の鎖で主方陣を描き、
船上で補助方陣を描くやり方だったのである。
 時間がなく試験もできず出航することになったため、正直な話、機能したことを確認するまでタビラスは
気が気ではなかった。
「リクマイスの防衛隊が手薄だというのは本当なのですか?提督」
「向こうの護国卿が暴走しないように、本来は首都を守るべき近衛隊がわざわざお守りをしに辺境まで
出向いてるという話だよ。まあうちにとっては好ましい話だが…大変だな、向こうも」
 話しながら彼らは甲板を回り雨の中働く水夫に声をかけて労った。
「しかし成功してもこの作戦では非難轟々、間違いありませんな」
「負けたら終わりさ。非難など気にしてはいられんよ。真っ向から戦うのが厳しければ手を出せないように
しなければな。王城を強襲、王族…国王か嫡子を誘拐してすぐ引き上げる」
 船内に戻り、雨具を脱いだタビラスに側近から温かい飲み物が差し出された。立ったまま一、二口飲んだ
ところでタビラスは副官に答えた。

655 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/02/17(日) 01:23:36 ID:???
 彼は側のテーブルの端にカップをコン、と置いて脇にあった地図を指差した。
「偵察鳥で南方の雲の動きを見たところ…あと三日というところか。少し早く来過ぎたな…航行速度を落とさせよう。
それでもまあ、時間切れで嵐と合流できないまま晴れ上がった道を強行することを考えれば、上々だろう」
「切羽詰まってるとはいえ、不確定な天候を計算に入れた作戦なんて…もう心配でたまりませんよ。陸さんから
借りてる騎兵を全滅させでもしたら、どう申し開きしたもんだか…」
 副官は地図で現在位置を確認しながら頷くタビラスの横で、顔を曇らせた。腰に手を当てて小さくため息もついた。
「まともじゃない敵と戦うんだから、博打が要るのはしょうがない。今からそんなに気を揉んでいたら胃に穴が開いて
しまうぞ、フフフ」
 本国においてロシアとの交渉が着々と進んでいることも知らず、顔を緩めるタビラスであった。

 ロシアもこの世界に侵入してきた、との竜イブートスからの報告で竜族の心配はさらに深刻度を増していた。彼らは
議論を重ねた末、ついに異界人の意図と動向を確かめるため、人界との接触を持つことを決定したのだった。
 異界人との対話役には人界に慣れているイブートスの他に、風の魔法を自在に操るドラゴンのバトフィルが選ばれた。
彼は竜族の間ではそれなりに地位も高く、信頼も厚かった。
「ほう、これが今の人の街か。しばらく見ないうちに随分ときれいな建物を建てるようになったじゃないか」
 ボレアリア首都リクマイスの城下を、人間に化身した竜二人が人ごみに紛れ歩いていた。
「バトフィル様が以前、人界へいらっしゃったときは四百年ほど前のことと聞きましたが…人にとっては果てしない時間
ですからね。我々にとってはたった一、二世代の時間ですが、人は百年で四、五世代も進みますし…」
 竜族が大陸全土からドラゴニアに退いてから八百年もの月日が過ぎていた。それ以来、今回のような大事が起こった
とき以外、彼らはその土地から出ることはなかった。好奇心旺盛な若者がふらりと外の人界に行ってしまうことはあったが、
ほとんどの者はドラゴニアの荒地と森だけの世界しか知ることはなかった。
 バトフィルは昔次元結界が使われたときに人界の調査、交渉役を務めた、里から出たことのあるわずかな竜族の一人
だった。

656 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/02/17(日) 01:25:34 ID:???
 イブートスは街を歩きながらどう人間側とコンタクトを取ったらよいものか、思案にくれていた。が、バトフィルは
意に介す様子もなく一直線に王城へと向かっていった。イブートスが止めるも、いいから、と聞かず、正門の
衛兵のところまで歩いていった。
 彼は衛兵に話しかけた。
「竜族の使いで来たバトフィルという者だ。王に取り次いでもらいたい」
「はぁ!?」
 あまりに直接的な言い様だったので、イブートスは面食らった。衛兵に至っては頭のおかしい奴が現れた、と
小声で囁き合う始末だった。
「化身を解除するぞ」
 バトフィルが呟くとその身はみるみるうちに十数メートルの巨大なドラゴンの体へと戻っていった。
 周りにいた衛兵や登城しようと通りかかった貴族、イブートス以外の者は皆腰を抜かしてへたり込んだ。遠巻きに
眺めていた衛兵は大慌てで城内に連絡を入れに行った。
 震える衛兵を見下ろし、バトフィルは重く響く声で言った。
「見た通り、嘘ではない。取り次いでもらおうか」
「しょ、少々お待ち下さい、たたたただ今、上の者に…」
 返事をした衛兵は、呆けていた相方を叩き起こして城内に走らせた。
 バトフィルは振り向いて笑った。
「困ったときはこれが一番簡単で説得力があるんだ」
 イブートスは苦笑するだけだった。

「国王陛下は体調が優れぬ故、こちらには御出でにならぬ。私が代理として話を伺おう」
 フワンは背丈が会堂の屋根にも届こうかというドラゴンを見上げ、毅然と言った。
 あの後、結局近衛隊に連絡がつき、国王を直接会わせては何かがあったとき危険だ、ということでフワンが彼らの
話を聞くことになったのである。バトフィルが再び人に変化せずそのまま入ることを要求したため、用意した数十人が
入れる中型程度の会堂でも、かなりのスペースを占有していた。
 バトフィルは化身したまま話をするのは無礼だろう、と取ってつけたような言い訳をしたが、威嚇して話を思うように
進めようという本音は誰の目にも明らかだった。
「この時期にとんだ珍客が現れたものだ」
 フワンは竜達に聞こえないようぼそりと呟き、同席した久口に目をやった。
 続いて巨大な緑色のドラゴンも見慣れぬ迷彩服を来た異界の者をギロリと睨みつけた。

657 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/02/17(日) 01:27:11 ID:???
「愚かな身内が君らのお世話になったようだな…名を聞こうか」
「ああ、久口慶彦一等陸尉です。…いや、しかしすごい巨体ですね。驚きました」
 彼は手を後ろに組んだまま、竜の顔を見上げて答えた。
 国境地帯の町を無事国軍に引き渡し終えた彼らの隊は再び首都に戻され、郊外で飲用水の浄化などをし、
自衛隊の存在を好意的にアピールする、という役目を与えられていた。隊長の久口には近衛隊と予想以上に
親しくなったこともあり、パイプ役となってくれるよう異界側からの申し出があった。彼の最近は首都近辺と王宮、
東京を行き来する毎日だった。
 竜は再びフワンに視線を移して言った。
「まさか禁忌とされている異界人を召喚して戦わせるとはなあ…人間同士が戦い合うのは勝手にやれば良い。
…しかし異界の者を招き入れたとなると、こちらも放っておくわけにはいかぬ」
「まったく、どいつもこいつも…」
 フワンは下を向いて小さくため息をついた。
「何だ?」
 竜の問いに、顔を上げたフワンは怒気を込めた口調で言った。
「評議会の奴らにも言ってやったが、我が国が危ないときに知らん顔で放っておきながら、今更放っておけん
だと!?話にならん!」
 竜の眉間にギリリ、と皺がよった。
「何だこの無礼な虫ケラは…消し飛ばしてくれようか」
 脇で必死に抑えるイブートスを前足で振り払い、バトフィルは魔力を集中させる仕草を見せた。
「素直だな、竜族は」
 憐れむような笑みを見せたフワンがすっと右手を上げると、バリン、という放電のような音と共に、竜族二人の
周りを無数の光の輪が包み込んだ。
 すでに会堂の周りには魔道師達による光輪呪縛の魔方陣が仕立て上げられていたのだった。抗する魔方陣を
持っていない者全てを光の輪が包み、身動きできなくする魔法である。
「人間め!この程度の呪縛、我が打ち破れんとでも思っているか!」
 バトフィルが魔力を集中して念の魔方陣を整形すると、彼の身の周りの光は霧が晴れるように消えた。竜に
戻っていないイブートスは光の輪の中で動けず、事態を見守っているだけだった。
「思ってはいない。が…その魔法を打ち消したまま、さらに強力な攻撃魔法を使うのはさぞかし骨が折れるだろう」
「ぬぬ…小細工ばかり得意になりおって、人間め」

658 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/02/17(日) 01:28:43 ID:???
 バトフィルは鋭い牙をギリリと鳴らし、口惜しそうにフワンを睨んだ。
「しかし、念だけでこの魔法を打ち消すことができるとは、さすがにドラゴンだけのことはある。人ではどれほど
頑張っても無理だろうからな」
 この世界の魔法とは本来念で魔方陣を描くものであった。念で陣を構築し、自らが持つ器の範囲内の力で
世界から魔素を集め魔力とし、魔法を発現させるものだった。しかしこの世界の人間はやがて賢者の石、と
いう魔力を貯めておける鉱物を見つけてしまった。魔力を通す塗料も見つけてしまった。そして紙や布に魔方陣を
直接描いたり、賢者の石で貯めておいた魔力を一度に放出することで、飛躍的に大きな魔法を使うことができる
ようになった。天変地異を起こすような巨大な魔法はドラゴンでさえも使うことはできない。人間だけが大規模な
準備をして、初めて使うことができる。しかし念だけでは今も人は、ごく小規模な魔法しか扱えないのだ。
「あえて言わせてもらうが…魔法の歴史を詳しく知っている者でドラゴンを恐れる者などいないよ。かつて大陸の
支配者だったドラゴンが、天変地異を起こせるほど強力な魔法を使えるようになった人間を恐れてあの小さな
半島に引きこもった、という事実を知ってる者はね」
 フワンのとどめの一言に、バトフィルは先程よりも大きく目を見開いて怒鳴り散らした。
「おのれェ!小細工で我々を縛り上げたばかりか、先祖まで侮辱するこの無礼!我ら竜族が人を恐れるなど
ある訳がなかろうがァァ!決して許されぬぞ貴様らァ!」
 火を吐かんばかりに叫ぶバトフィルに対して、しばらく後ろ手のまま様子を窺っていた久口が静かに言った。
「…さて、話し合いとやらがこれで終わりなら失礼させて頂きたい」
 久口は会堂の外へ出ようと彼らに背を向け歩き出した。一歩、二歩歩き出したところで
「私達は異界の真意を聞きに来たのです!」
 我を忘れて吼えるバトフィルに代わり、光輪に包まれたままのイブートスが叫んだ。
「異界の者がこの世界に勢力を広げる気はあるのかどうか確かめてこいと」
「それは、私の立場ではわかりません、としか答えられませんね」
 振り向いた久口は即答した。
「ではフォリシアが喚んだというロシアという国については」
「ロシアのことはもっとわかりません」

659 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/02/17(日) 01:30:18 ID:???
 イブートスはがっくりとうなだれた。久口は苦笑すると、
「都合がつくかわかりませんが、もっと上の人と話す機会を作りましょうか」
「よ、よろしくお願いします」
「ただ、一つ言っておきますが…」
 少し間をおいて、久口は言った。
「他の国より日本ははるかに優しいですよ。それだけは保証しましょう」

 ロシアとフォリシアが繋がったゲートからは、約束の小銃を積んだトラックが次々と走り込んできていた。フォリシア側の
倉庫の係員達がその黒い鉄の筒をしげしげと眺め、触った。実際は途上国から急遽かき集められたコピー物の銃が
ほとんどであったが、彼らにはそんな事情は知る由もない。
「急なもので旧式の物しか用意できませんでしたが、とりあえず一万挺、お持ちしました。訓練員は明日到着する予定です」
 搬入の様子を見守っていた、頭が皿のようにはげ上がっているロシアの武官は薄ら笑いを浮かべながら言った。
「これが鉄砲という最強の飛び道具!兵士に持たせたらまさに百人力ですな!」
 フォリシアの役人は興奮を隠せず、上ずった口調で答えた。
 ロシアの武官が苦笑しながら、彼の機関銃のような質問をさばいていると、倉庫の通用口から痩せた四十過ぎの男が
姿を現した。背中まで伸びた髪を無造作に後ろに束ねた目つきの鋭い男だった。役人は彼の顔を見るなり直立、敬礼した。
「どうも、こんにちは。お〜お…これが噂の新兵器。早くカルダーに送ってやらねばなあ」
 後ろに手を組んだまま、体をかがめて積まれた銃を眺めた彼は、腕を胸の前に組み直すと眉間に皺を寄せ、考え事を
始めた。
「さて、ゲートのおかげで他から兵を引っ張ってくるのはすぐできるとして、兵をどう回して訓練するか…」
 しばらくぶつぶつ呟いてから、見知らぬ顔を見たロシア武官が戸惑っているのに気付き、異界の儀式、握手を求めた。
「陸軍上級将軍ドーマ・サイキタイと申します。以後、よしなに」
「よろしく」
 軽く握手を交わし、彼は武官に屈託なく言った。
「実際に使ってるところが見たいな」

660 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/02/17(日) 01:32:14 ID:???
「後ほど国王陛下の前で披露する事になっていますのでお待ちを」

 数時間後、王宮の中庭で小銃の小さなお披露目が開かれた。中庭といっても百メートル四方はあるだろう広大な
空き地には、普段は珍しい草花が並んでいるのだが、今日は全て取り払われて、的用の鎧が幾つか並べてあった。
 国王は中庭の一角に陣取って銃の威力を自らの眼で確かめることが待ちきれないのか、しきりに側近に声を
かけていた。
 やがてロシアの武官が姿を現し、国王に拝謁した。彼は脇に用意した緩やかにカーブを描くマガジンを小銃に
勢いよく差し込み、レバーを引いた。
 武官がストックを右肩に付け、眼を銃身に近付け狙いを定めた瞬間、雷が連続して落ちたのかと思うような乾いた
大音響が中庭に響き渡った。数十メートル先の鎧は大穴が開き、ひしゃげ、部品が飛び散り、ただの鉄屑となっていた。
 しばらく間をおいて、その場にいた軍人、役人の多くから驚きの声が上がった。その鎧はフォリシアで一番頑丈だと
される鎧だったからだ。矢も剣も通さない鎧として、兵士にも評判の高かったその鎧を紙くずのように撃ち抜いた
異界の新兵器を見て、実際に現場で使うであろう立場の者は少年のように喜び、興味を示した。
 面白くない立場の者もいる。部隊の中での位置付けが変化しそうな魔道師隊の面々は渋い顔だった。どこの国の
軍でも魔道師隊はエリート部隊である。遠隔攻撃、魔法を利用した罠、連絡、偵察等様々な任務に就く魔道師隊だが、
打撃力で大幅に歩兵が上回るようになってしまえば単なる補助部隊に落ちぶれてしまうかもしれない、と考える者は
少なからずいた。もちろん国王の手前、口に出して言ったりはしない。
 続いて出された的の鳩もすぐに弾が命中し、肉が飛び散った。
「さて、これで異界の軍に勝ち目はあるのかな?」
 国王は最も肝心なことを単刀直入に聞いた。試射を終えて傍らで待機していたロシアの武官は少し考えた後、
微妙な顔で答えた。
「無い、から、無い訳ではない、というところでしょうか」
「そんなものか…」
 がっかりした顔を隠さない国王に、すぐに笑顔を作ったロシアの武官は続けた。
「首都は我がロシア機甲師団が鉄壁の防衛を致します故、御安心を」

661 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/02/17(日) 01:33:23 ID:???
「うむ…期待している…仔細はサイキタイ将軍にな」

 舞台はハワイ。某島で行われた秘密会議で、三国の秘密協定が決まった。

 一、日米露の本隊同士は戦闘しないように努める
 二、現地軍への武器の供給は黙認
 三、核は禁止

 米露の戦略が渦を巻く中、自衛隊は米側から早くボレアリアに武器供給をさせろ、とせっつかれていた。事実上
自由と決まった以上、ロシアに遅れをとることは許されない。
「とにかく一両日中には向こうの国王への連絡をつけてくれ。我々も大量の『みやげ』を用意して参上するつもりだ。
自衛隊では物が無くてできまい?」
 自衛隊の高官は沈黙するしかなかった。




898 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/03/26(水) 12:42:48 ID:???
投下いきまっす
今回はシーンが繋がってるんでちょっと長いです。

ゲート・アウト  あらすじ
異世界の国ボレアリアから救援要請を受けた日本政府はかの国を支援すべく部隊を派遣した。
瞬く間に被占領地を奪回した彼らだったが、それに対抗すべくフォリシア軍はロシア軍を召喚する。
あくまで異界の干渉を排除すべきとの立場を崩さない評議会、そして静観していた龍族も
動き始める。フォリシアには現代の武器が次々と搬入され、反撃の力を整えつつあった。
一方では、敵首都を奇襲するためにフォリシア艦隊が洋上を北上しつつあった。

899 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/03/26(水) 12:44:44 ID:???
 ボレアリア王城の外れにある一つの尖塔の先に、その姿には全く不釣り合いな数本の金属の棒がそそり立って
いた。街の郊外まで電波もよく通る位置にあるその尖塔には、当初からアンテナを立てられるように自衛隊から
要請がなされていた。バッテリー、発電機等の管理のため、尖塔を丸ごと一つ自衛隊が借り受ける、という内容には
ボレアリアの大臣高官らも多少の不満を漏らしたものの、結局は要求がそのまま通った。今まさにその工事が
終了し、開通試験が行われたところである。
 通信科の隊員が城の一室で報告を待っていた久口に駆け寄ってきた。
「開通しました。異常ありません」
「うん、ご苦労様。ちょっとかけてみるよ?」
「はい」
 久口は懐から自分の携帯電話を取り出し、パキン、と開いた。液晶画面にはしっかりとアンテナ三本の表示が
あった。彼はそのまま右手の親指でアドレス帳を開き、通話ボタンを押した。耳に当てるスピーカーから数回の
呼び出し音が鳴った後、相手が出た。
「…これは異世界からの携帯初通話ということで、いいのかな?」
 電話先の相手は日本にいる上官だった。
「はい、そうです。お仕事中申し訳ありません」
「いや、予定通り開通して何よりだ。そっちはどうだい?…」
 数分の間、近況の話などをして久口は通話を終えた。その姿をフワンその他数人の近衛隊員が興味深げに眺めて
いた。
 フワンが待ちきれなかったように聞いてきた。
「今、異界の知り合いと話をしていたのか?」
「ああ。携帯電話は何度か東京に顔を出したときに見なかったか?」
「あの恐ろしいまでの石造りの建物に圧倒されて、人々の手元を見るどころではなかったよ…」
 久口からプラスチック製の筐体を受け取ると、彼はそれをしげしげと眺めた。裏返したり何度も開閉を繰り返した
後、呟いた。
「こんな物で…遠くの人と会話ができるとは…我が国には念話を使える者は十人に満たないというのに…。どういう
仕掛けなんだ?」
 久口は腕組みをしたまま、笑顔で答えた。
「まあ声を目に見えない光に変えて飛ばすわけだが…この場で説明するのは難しいな」
「そうか…科学とは何でもできるのだなあ」
 久口に携帯電話を手渡すと、フワンはある提案を口にした。

900 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/03/26(水) 12:47:02 ID:???
「これを陛下や大臣達に用意することはできないか?これを贈ったならば陛下も大変喜ばれるだろう」
 久口は少し困惑した顔で答えた。
「そりゃ、まあ物自体はいくらでも用意できるが、表記は日本語だし、充電をどうするか…」
「充電?」
「…いや、使い捨てなんかの充電器をたくさん用意すればいいか…うん、検討しよう」
 フワンは顔を輝かせて久口の右手を握った。
「そうか!是非よろしく頼む!これは君らの文化を知らしめる衝撃になるぞ!」
 数日後、会議の席にて久口から国王、重臣らへ日本の携帯電話が手渡された。使い方を一通り教わった彼らは、
子供が玩具で遊ぶかのように目を輝かせて同席する他の重臣へ電話をかけて回った。久口は苦笑しながら何度も
何度も、充電器を取り替えて教えねばならなかった。
「異界の文字は全くわからんが、この『テトリス』というのか?上から積み木が落ちてきて列を揃える遊び、これが
面白くてたまらぬ!異界は遊戯も進んでおるのだなあ…」
 携帯電話に付属するゲームに熱中していたのは内務卿レイエスだった。ビデオゲームに初めて触った子供の
ような反応を見て、久口は顔をほころばせた。
 老人が勢揃いで携帯電話をいじり倒している光景はとても滑稽だったが、誰もその未知の技術を拒否しなかった
のに久口は感心した。彼の知っている老人は、難しそうな物は使う前から受け付けない、そんな人間が多かった。
「皆さん、お気に召して頂けましたか?」
 初めて来た頃のように不信感をにじませる表情の重臣は皆無だったが、使い方を理解できなかった数人の重臣は
残念そうな顔を見せた。ただ、受信できるだけでも彼らには革命的な物だった。護国卿がこの場にいたなら難癖を
つけて紛糾したかもしれないが、彼は今遠くの地で敵を睨んでいる。要らない気に食わない、と言う者は誰一人と
していなかった。
「大変満足だ。これからもこのような優秀な文化技術を我々に分け与えてくれまいか。もちろん、貴軍への協力は
惜しまぬ」
 国王が携帯電話に夢中な重臣達を代表して答えた。
 それからすぐに、城下にて携帯電話で会話をするのは重臣のステータスシンボルとなった。警護の兵士や
低階級の魔道師、庶民らは羨望の眼差しで彼らを眺めた。

「六芒から五芒に隊列組み替え急げ!」

901 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/03/26(水) 12:49:14 ID:???
 日暮れ時。本来ならば西の空が真っ赤に染まるはずの海上だが、分厚い黒雲が一面を覆っているために、一帯は
すでに暗闇と化していた。
 タビラスの艦隊は嵐と合流し、黒雲招来の魔方陣から艦隊を風より防護、整流する魔方陣へと艦隊配置を組み
替える最中だった。早くしないと嵐の強風に煽られて正確な陣が組めなくなってしまうので、水夫たちも必死である。
 風雨の中、旗艦バリドゥスは魔法の光を利用した発光信号で各艦に細かな指示を送り、陣を発動するタイミングを
探っていた。波に揺られながら上空の鳥の目より艦隊配置を確かめ、彼は合図を出した。
 一瞬艦隊を繋ぐ魔導の鎖が五芒星の形に光ると同時に、艦隊の周りに流れる風は外の暴風ではなく、航行に
差し障ることのない穏やかな風となっていた。
「…やれやれ、成功したか」
 額の汗をぬぐいながら、長テーブルの前で水晶玉の相手をしていたタビラスは椅子の背もたれに深く寄りかかった。
揺れもようやく落ち着いた室内で、作戦の主役、騎馬隊の隊長が窓から外の様子を眺めていた。
「あとは我々にお任せを、提督」
 数センチほどの口ひげを生やし、黒色の軍服に身を包んだ隊長エメン・イクローディは向き直って言った。今は
首都ジェルークスで警備隊を率いる彼だが、つい先日までは国の北辺で諸国に睨みをきかせ、北部国境防衛統括を
任されているツィッカ・ネイラル次級将軍が最も頼りにしていた歴戦の騎士である。
「敵の守りが堅いようなら無理せず戻っていいからね」
「な〜にを仰いますか、提督殿!」
 隊長はひげをブルンブルン震わせながらタビラスに詰め寄った。
「都の警備隊長なんて、まあ確かに栄転なんでしょうが、私にとってはつまらん仕事ですよ。やはり馬で駆け抜け、
騎射し、槍で刺す、それが騎士の本分というものです!今回呼んで頂いて、私は本当に感謝しているんですよ。
なのにそんな、敵が怖かったら逃げ帰ってこいと言われたも同然、承服できませんな!」
 顔を真っ赤にして熱く訴える隊長に、タビラスは掌を相手に向けて笑った。
「フッフッフッ、ま…落ち着きなさいよ。言い方が悪かった。犬死するのは許さんぞ、これでいいかね?」
 隊長は一つ深く息を吐き心を落ち着かせると、自信に満ちた顔で言った。

902 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/03/26(水) 12:51:26 ID:???
「提督はごゆるりと船内でお待ちを。酒瓶を一、二本空ける頃には戦勝報告を持参してご覧に入れます」
「うむ、楽しみにしている」
 何を思ったかタビラスはすっくと立ち上がった。そして部屋の隅にある棚に向かって歩き出し、数歩の後、立ち止まる
とニヤリと笑った。
「…じゃ、とりあえず景気付けに一杯いこうか」
「はっ、お付き合いします!」
 タビラスは頷き、棚に置いてあった従兵を呼び出す鈴をチリン、と鳴らした。

 あくる日の夜中、と言うにはまだ少し早い時間帯。折からの強風と雨で、首都沿いを流れる大河の河口付近では
人っ子一人見かけることはなかった。漁船も港に固く繋がれていた。沿岸の防衛隊も皆、屯所にこもっていた。まさか
こんな日に敵が来るとは予想だにしていなかったのだろう。
 タビラスはもう少し遅い時間帯に突入したかった。皆が寝静まる夜半過ぎならば最上だった。しかし天候に詳しい
士官、魔道師と彼が話し合った結果、それまで待っていては風雨が止み、雲の切れ間から月が出るかもしれない、
という予測が出た。起きている人間が多いリスクと、風雨が止み月の光で騎馬の突進を掻き消せなくなるリスクを
頭の中で勘案し、彼は前者を選んだ。
 河口付近にゆっくりと大輸送隊の黒い影が近づき、幾艘もの艀が降りた。彼らは迅速に兵馬を渡し始めた。騎兵は
辺りに民家の灯りもなく、人影もないのを確認すると河口の草原に整然と列を作った。
「鎧は要らん!帷子の上に黒い戦袍を羽織れ!馬鎧も要らん!馬の足が第一だ!」
 イクローディ隊長が指示し、兵は慌しく軽装で外へ出て行く。
「結局、今使える馬は千騎ほどだが、いけるかな?もう少し与えてやりたかったが…体調を崩す馬が多かったな」
 いつの間にか背後から現れたタビラスが隊長に問うた。
「千あれば十二分にございます!」
「頼むぞ」
「お任せを!」
 隊長も自ら黒い兜と戦袍をまとい、岸へ降り立った。艀を下り、自らも騎乗した。冷たい雨で士気が落ちてしまっては
いないか、船旅で体調を崩してはいないか、隊員の顔触れを見渡し、確認する。その時。
「ヒィッ!…」

903 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/03/26(水) 12:53:47 ID:???
 地元の漁師が一人、草むらの陰に尻もちをついていた。彼は風が心配で漁船の様子を見に、嵐の中川岸まで
やってきたのだった。慌てて口をふさいだが、その声はすでに聞かれてしまっていた。
 彼は走って逃げ出そうとしたが、次の瞬間、数十本の矢が彼の背中に襲いかかった。彼はそのまま絶命した。
「他に人は…いないな」
 河口から王城までは5、6キロ程度のわずかな距離しかなかった。馬で駆ければ十五分か二十分か、その程度の
時間だろう。今気付かれてなければ、途中の住人に気付かれても連絡するより早く着けるはずだ、と隊長は心の中で
確認した。
「魔道隊、雨だが爆衝魔法は大丈夫か」
 騎兵に混ざる魔道師のリーダーは顔を伝う雫をぬぐい答えた。
「御心配なく…門に直接陣を張って起動する時間を稼いで頂ければ、失敗は致しませぬ」
 爆衝魔法というのは、文字通り爆発を起こして衝撃を与える魔法である。遠くに爆発を起こす魔法は大掛かりに
なるため、今回は携帯できない。直接物に描いて発動させる必要があるのだが、雨のため、今回は防水処理を施した
羊皮紙を門に張ることで代用とした。
「行くぞぅっ!」
 隊長の掛け声と同時に、千騎の奇襲隊は泥を跳ね散らし駆け始めた。船を下りたタビラスは飛び散る飛沫が収まる
まで彼らを見送った後、退路を確保するように残りの兵士に指示を出した。
 城下まで続く海岸沿いの道を、騎馬隊はできる限りの速度で駆け抜けた。激しい風雨に蹄の音はかき消され、
雨戸を閉めた家の中から外を覗く住民は誰もいなかった。彼らの目論見通りだった。
 ただ一つだけ彼らの誤算があった。道から少し離れた木陰で、補修の終わっていない用水路に風雨に耐える
ための応急処置を施すため、自衛隊員の数人が残って作業していたのだった。
 隊員は何事かと騎馬隊を眺めていたが、ライトをそちらの方向へ向けてみたところ、トラックやヘッドライトの光に
気付いた隊の一部がこちらに殺気を込めて向かってきたのに気付いた。
「おい、あいつら弓構えてるぞ!?退避!退避!」
 隊員達は用具を投げ捨てて慌てて車に乗り込んだ。
「なんだありゃ!敵か!」
「あいつらどっから出てきた!?とにかく連絡しろ!」

904 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/03/26(水) 12:55:54 ID:???
 トラックは野道を発進、急加速した。トラックの後部に無数の矢が突き刺さったが、幌は思いの他頑丈で、矢が
隊員の体まで届くことはなかった。
 精強な騎馬であっても、さすがに4WDのトラックと雨中の機動力は比べ物にならなかった。矢も魔法も届かない
距離まで離されると騎馬は本隊へと再び合流した。
 分隊を率いていた副長が隊長に報告しに近寄ってきた。
「異界の者共を逃がしました!申し訳ございません!」
「よい。奴らは城下とは反対方向に逃げたな。要は事が済むまで連絡させなければよいのだ」
 彼らは無線の存在を知らなかった。

「敵が侵入だと!?そんなバカな…いや、わかった。すぐに増援を手配する」
 逃げ切った隊員からの報告は自衛隊を通じてすぐに近衛隊の元にも入った。城下の自宅で休息していたフワンも
先に携帯電話を受け取っていたため、連絡は迅速だった。
 フワンは慌てて国王に連絡を入れた。これほど携帯電話がありがたく感じたことはなかった。
「陛下!御無事でしたか!」
「おう、フワン。こんな時間にどうしたのだ?」
 携帯電話に出た国王は就寝前の葡萄酒を飲み、ご機嫌であった。
「一刻も早くそこからお逃げ下さい!賊です!城下に侵入しました!」
 尋常ではないフワンの声を聞いて国王の酔いも一瞬で醒めた。
「…真の様だな。わかった、地下の隠し通路へ向かう。そちもぬかるでないぞ!」
 通話を終え急いで軍装を整えたフワンは妻に、大事が起きた、とだけ伝え、馬に乗り自宅を飛び出した。向かうは
城ではなく、近衛本隊が駐屯する場所へのゲートがある街外れである。
「くそっ、油断した…今、城下の兵は百、二百かそこらか…。援軍を引っ張ってくるまで持ちこたえてくれよ…!」
 路地を駆け抜ける馬はすぐに漆黒の闇へと消えた。

 イクローディ率いる奇襲隊は城門の前まで数人の住民とすれ違ったものの、ほとんど抵抗に遭うこともなくたどり
着いた。しかし流石に城門の前に千騎もの兵が並べば門の見張りが気付かないわけがなかった。
 警報の甲高い笛が大音量で鳴らされ、城兵がぞろぞろと駆けつけ始めた直後だった。
 城門に続く跳ね橋の鎖が堀を渡った魔道師の衝撃魔法と兵士の長斧で切られ、ズズン、と地面を振動させて落ちた。

905 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/03/26(水) 12:59:17 ID:???
「急げ!人数が揃う前に突破するぞ!」
 馬を下りた魔道師が固く閉ざされた城門に賢者の石で装飾された羊皮紙を貼り付け始めた。周りの騎兵は矢など
から彼らを防御するため、周りを囲んだ。
 リクマイスの城兵は城壁の横と上に張り出た櫓から必死に矢や魔法を放つものの、数で圧倒的に勝る敵兵に
集中的に狙い撃ちにされ、数を減らしていった。
「終わりました!引いて下さい!」
 魔道師の合図に従って波が引くように騎兵が下がった。魔道師は門の脇で小さな賢者の石のかけらに陣を起動
する念を込めた。
 陣を描き、魔力を込めるところまでは人の能力の器から解き放たれたものの、最後の起動の念だけは直接込めるか、
念を込めた賢者の石を使い起動させねばならないのだ。この世界の魔法の唯一の泣き所である。
 城兵の反撃をしのぎ、念を込め終わった賢者の石を魔道師が魔方陣へと投げつけた。
 次の瞬間、鉄の門は大音響とともにこじ開けられた。
「ゆけぃッ!王城までは目と鼻の先ぞ!」
 爆発の振動も収まらぬうち、号令の下、騎馬隊は再び進撃を開始した。門の後ろで待ち構えていた歩兵をあっと
いう間に蹴散らし、彼らは街中を走り抜けた。門の近くの住人は爆発音で侵攻に気付いたが、何もできず脅えて
雨戸の陰から事態を見守るだけだった。
 少数ながら立ち向かった勇敢な市民を一蹴し、彼らは王城へとつながる大通りへ出た。
 王の居城の前にたどり着いた騎馬隊が見たのは、入り口の鉄柵の前で籠城せんとする城の警備隊の姿だった。
 その陰に四、五人の自衛隊員が混ざっていた。借り受けた尖塔の警備についていた隊員だった。小銃の射程に
入ったところで牽制に発射した弾はたちまち数十騎をなぎ倒したが、所詮多勢に無勢、千騎の軍団の勢いを止める
ことはできなかった。
 騎馬隊は大通り一杯まで散り、そのままの勢いで弓矢の射程圏内に入った。敵味方ともに一斉に矢が放たれ、
雨風激しい漆黒の夜空に矢の雨が舞った。柵を守っていた警備兵も大量に降ってくる矢を盾で防ぎきれず、一人
また一人と倒れていった。
「門前の兵を一掃した後、柵をなぎ倒せぃ!」

906 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/03/26(水) 13:01:42 ID:???
 隊長の号令により、さらに勢いを増した矢の雨で門を守っていた兵士達は守備を諦め、城の入り口まで後退した。
弾薬が心許ない自衛隊員も、尖塔に立て篭もり上から騎馬隊を狙撃する策に変更し、門を離れた。
 抵抗のなくなった門に護衛を伴った魔道師達が近寄り、衝撃魔法を放とうとした。堅く重い鉄の門は無理でも、柵
程度ならば人の魔力の器でも破壊できる。
 彼らが念で魔方陣を組み上げ、発動しようとした寸前、魔道師と護衛の体に無数の穴が開き、門前に崩れ落ちた。
自衛隊員が尖塔の小窓から門に近づく兵を狙っていたのだ。イクローディは貴重な魔道師が倒され、歯噛みした。
 彼は隊を少し下げさせると、数頭の馬から兵を降ろし、柵に向かって突進させた。馬は風雨をかき分け、柵を突き
破らんと駆けた。
 馬に激突された柵は倒れこそしなかったものの、地面の軌道から外れ大きくゆがんだ。
 なおも柵の前で暴れ続ける馬が肉と金属のぶつかる鈍い音をたて続ける中、突然に轟音が周囲の馬もろとも柵を
吹き飛ばした。暴れる馬に紛れて魔道師が門の側まで近付いていたのだった。
「よしっ!行くぞっ!王族は殺すな!」
 号令の元、再び騎馬隊は城門に殺到した。

 フワンがゲートを抜け、国境付近の国軍駐屯地となっている町に到着するのにかかった時間はほんの二十分
程度の時間だった。王都を遠く離れたこの地では嵐の気配など微塵もなく、瞬く星と少し欠けた月が夜空を照らして
いた。彼はそのすぐ側に隣接する近衛隊の陣に向かった。
 フワンはテントの中で寝ていたラッパ手を叩き起こすや否や、直ちに緊急警報の信号を大音量で吹くように命じた。
たちまち近くに借り上げていた民家や小屋、仮設テントなどから何事かと兵士が飛び出てきた。まだ就寝して
いなかった者が多かったので反応は早かった。
 副官がフワンの元へ息を切らして駆け寄ってきた。
「隊長!これはいかがしたことですか!?」
「都が急襲された!至急装備を整えろ!すぐ出るぞ!」
 近衛隊長は王宮の中では近衛筆頭補佐官という職名で呼ばれる。国軍は最終的には王が判断するとはいえ、
動かすには大臣達の意見を取りまとめる必要があるが、近衛隊は王の私軍的性格を持ち、動かすのにいちいち
最高会議に諮る必要がない別組織である。

907 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/03/26(水) 13:03:50 ID:???
 しかしエリート部隊とはいえ、所詮総数一万程度の軍団の長では、大臣格しか出られない最高会議に出席する
ことはできない。そこで国王が最高会議に近衛隊長を出席させるために用意してあるのが、近衛筆頭補佐官という
肩書きなのである。もちろん目的は国軍の牽制だ。形式上、会議内で王に適切な助言を行う役目となっているが、
実質は会議の一員であり、大臣と同格の発言権を持っていた。「王の懐刀」と呼ばれる所以である。
 馬がいななき、騎馬隊がまずゲートへ向けて駆け出した。その後を銀色の甲冑を着けた歩兵が続々と追っていった。
ガシャンガシャンと金属の擦れる音が夜空に響いた。
 その慌ただしい様子はすぐに隣の町に陣を布いていた国軍のトップ、護国卿ヴァリアヌス・スピラールへと伝わった。
ランプの下、副官とボードゲームに興じていた彼は報告を聞いて、驚くどころかこれ幸いとばかりほくそ笑んだ。
「それで、フワンはどれくらい兵を連れていった?」
「はっ、ここに監察隊として置いていた六千ほぼ全員連れていきました。あとは少数の見張り程度しか残って
おりません」
「フーム…フッ…フッフッ、まさに天運、この機会を逃す手はないな」
 少し考えた後、内から滲み出るような含み笑いを浮かべ、彼はガタン、と席を立った。
「残りの兵に一服盛るぞ。眠り薬を用意しろ」
「いっ、いいんですか?そんなことをして…近衛隊は王直轄の兵、害を為したら逆賊ですがあっ、イタタタタ」
 うろたえた部下の鼻をつまみ上げ、ヴァリアヌスはすごんだ。
「害を為さないために眠り薬を使うんだろうが!ちったあ頭を使え!…そうだな、近衛には内緒の慰労の振舞い酒と
でもいって、眠り薬入りの酒をた〜っぷり飲ませとけ。酒が飲めない奴には茶でも水でもいい。こちらの兵には
すぐに出発する用意をさせろ。見張りどもが眠りこけたらすぐに発つ」
 ヴァリアヌスは敗勢だったボードゲームの駒を手でざらっと払って言った。
「他の地域からゲート越しに兵を集めるのは流石にばれるか…副官!今すぐに動かせる兵はどの程度だ!」
 副官はあまり気が進まぬようだったが、ヴァリアヌスには逆らえないのだった。何か苦言を呈しようものなら次の
瞬間にクビが待っている。
「ここと近隣の兵四万ほどでしょうか」

908 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/03/26(水) 13:06:08 ID:???
「四万か…わかった。ではすぐに手配しろ!全軍出撃する!」
「はっ…委細承知致しました」
 ヴァリアヌスは高笑いで従者に具足の準備を命じた。

 リクマイス王宮内では凄惨な光景が繰り広げられていた。城の入り口を守っていた城兵はあっけなく騎馬隊に
蹴散らされ、城内に侵入を許した。城の雑用をこなす者達が次々と槍に突かれ、馬に蹴られ命を落とした。
「王族の居室はどこだ!」
 イクローディはじめ、奇襲隊の先鋒は必死に国王の姿を探し、大理石の廊下を走った。
 外では散り散りにされた城兵が一人一人と倒れていく中、尖塔に立て篭もった見張りの自衛隊員が必死に応戦
していた。入り口の陰、上空の小窓から塔に近付く者を次々に撃ち抜かれるため、騎馬隊も容易に接近することが
できないでいた。
 時折遠くから魔道師が衝撃魔法を撃ち込むものの、狙撃されないように距離を取っているせいで塔を破壊したり、
隊員を殺傷するような威力はなかった。彼らにしてみても、イクローディから無理して攻め込まず塔から隊員を外に
出すな、と言う命令を受けていたので強引に突っ込んでくる者はいなかった。
 国王は街郊外に通じる隠し通路で立ち止まり、近衛隊の応援が来るのを待っていた。数人の付き人が、粗末な
石造りの真っ暗な通路の中、追っ手が迫っていないか後ろを窺った。
 寝巻きのままの国王は呟いた。
「王子は無事だろうか…」
「皇太子様は別の通路からすでに城外へ抜けておられます。御安心下さい」
 首都の王城に住まう王族は早くに妃を亡くした国王と皇太子家族だけだった。他の王子は地方の別邸に住み、
王女達は皆貴族の嫁に出されていた。付き人の答えに頷いたものの、王はため息をついて可愛がっていた子と
孫のことを考え、虚空を見上げた。
 一方、奇襲隊はいつまでたっても王族が見つからないので焦り始めた。使用人などをしぼり上げ王の行く先を
吐かそうとしたが、隠し通路を知る者は城の中でもごく一部しかいなかった。イクローディは隠し通路があるに
違いないと踏んで、必死に捜索させたが、すでに敗北の時間はそこまで迫っていた。
 いよいよ弾薬が底を付き始めた自衛隊員は遠くから近付いてきたディーゼルエンジンの音を聞いて、渾身の
ガッツポーズをきめた。

909 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/03/26(水) 13:08:12 ID:???
 自衛隊の装輪装甲車と後に続く兵員輸送車が猛スピードで王宮へと続く道を走ってきた。王宮の入り口で増援を
警戒していた騎馬隊が突進を食い止めようと矢を放ったが、全くの無駄だった。装甲車の放つ12.7ミリ弾は馬と人を
吹き散らした。
 数台の装甲車は柵を超えて城の入り口にピタリと寄せ、中から飛び出してきた隊員が素早く配置について装甲車の
重機関銃とともに射撃を始めた。騎馬隊は大混乱に陥り、散り散りに逃げ始めた。しかし後からさらにやってきた
装甲車、展開した隊員によって、逃げ出した騎馬隊もほとんどが討たれた。
 瞬く間に城の前で警戒していた騎馬隊は倒され、自衛隊員は城内に侵入した敵兵を掃討するために、小銃を構え
突入した。
「…隊長!我が隊はほぼ全滅です…!異界の軍です!」
「何だと!来るのが早過ぎる!」
 命からがら銃撃を免れた騎馬隊の一人が城内の一室で尋問を行っていたイクローディに告げた。
「隊長、早く脱出を!」
「くぅ〜、あと一歩のところで!」
 尋問中の使用人から城の勝手口を聞き出すと、隊長他数人は全力で駆けた。散発的に銃声が聞こえ、次々と
自衛隊員に倒されている兵士に彼らは心の中で謝罪しながら走った。
 勝手口を抜け、貨物搬入用の小さな通用門を抜けて脱出しようとした彼らだったが、そこもすでに自衛隊員に
固められていた。
「ここまでか!」
 腰の剣で斬り抜けようとしたイクローディ達だったが、剣が隊員に届く前にあっけなく蜂の巣にされた。
「て…提督……申し訳…あり…ません……早く…退…却を……」
 薄れ行く意識の中で最後に呟いたのはタビラスへの謝罪の言葉だった。

「イクローディ隊長戦死!」
 急速に増えていく戦死報告を聞き、河口沖に浮かぶ輸送船団ではタビラス他首脳陣の面々の顔にも落胆の色が
色濃く映りだしていた。
「…危なくなったら戻れとあれほど言っておいたのになぁ…」
 ぼそりと呟いたタビラスの前で、戦死報告をした魔道師がイクローディの髪の毛を選り分け、遺品に入れるよう
使いの者に手渡した。

910 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/03/26(水) 13:10:52 ID:???
 呪殺の手法を応用した生死確認術が開発されると、各国の軍はこぞって導入した。魔道師の念が対象の体に
届かなくなれば死、原理は至って単純である。しかし全ての兵士を管理するのは手間がかかりすぎるので、小隊長
以上の者に術を施していた。それでも相当な人数を管理しなければならない。魔道師も十数人がかりの仕事になった。
 重く沈んだ司令室に伝令の声が走った。
「提督!異界軍の増援がこちらに迫っております!今すぐ退却下さい!」
「バカを言うな。生き残りの兵を収容するまで退けるか。岸で応戦せい」
 一蹴するタビラスだったが、騎馬隊から漏れた陸軍の将校の一人は砲弾の恐ろしさを知っていた。彼は真っ青な
顔でタビラスにわめいた。
「奴らの飛び道具は目に見えないような遠くから、そこに見えているかのように当ててくる、あまりにも恐ろしい兵器
です!早く、早く退却を!奴らの射程に入ったらこの船などひとたまりもありません!」
 気が違ったようにまくし立てる将校を見て、タビラスもただ事ではないと感じたが、まだ陸地にいる兵士を見捨てて
逃げようとは思えないのだった。
「まだ陸《おか》にいる兵はどうする。置き去りにしてはいずれ軍がバラバラになろう」
 まだ撤退を渋るタビラスに副官が目を吊り上げて意見した。
「そうは言っても全滅する訳には参りません!総司令殿には必ず帰って頂かねば!」
 沈黙した室内にビシビシと叩きつける雨の音が響いた。
「……誰か残って残存兵を収容する勇気のある者はいるか!?いなければ私がやる」
 苦渋に満ちた声でタビラスが言った一瞬の後、
「是非私にお任せ下さい!」
「私が!」
「いや、私が残ります!」
 と、タビラスには任せられないとばかりに、次から次に側近、参謀の声が上がった。
 タビラスが困惑しているうちに彼らは勝手にくじ引きを始めた。当たりを引き当てた一人の参謀はまるで大金を
当てたかのようにガッツポーズをした。
「では提督は即座に退却を!後始末は私めに」
 勝ち誇ったような顔の参謀にタビラスは不機嫌極まりない顔で言った。
「…必ず帰ってこい」
「はっ」
 参謀は一足先に旗艦司令室の入り口へ走った。そして振り向き、直立不動のまま敬礼して言った。

911 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/03/26(水) 13:13:12 ID:???
「提督!今までありがとうございました!」
 参謀は面々の顔を見ないで立ち去り、早足で歩きながら側にいた連絡官に命じた。
「命知らずの阿呆どもは第六艦に集結だ!と各艦に信号を送れ。すぐにだ。第六艦の乗員は退艦させろ、いいな!」
 第六艦が海上魔方陣から切り離され、船団が沖合いへ消えていく頃、自衛隊の戦闘車両も河口に到着した。
小舟を出しても艦に帰れるとは思われないので、第六艦は暴風雨の波間に揺れながら、兵士が艦に泳ぎ着くのを
待つしかなかった。

「奇襲!?こりゃまたやってくれたねえ!」
 深夜、ボレアリアとの時差は一時間ほどの東京、首相官邸。ベッドの側でYシャツ姿の首相はこれから寝ようかと
いう態勢だったが、その報告は彼の眠気も吹き飛ばした。
「それで、結局沖に逃げられたと。ナメた事してくれたもんだ」
 苦笑いしながら、首相は右手で携帯電話を耳に当てたまま左手でペットボトルの茶飲料を口にした。喉を潤して
から彼は連絡をよこした自衛官に聞いた。
「それでお城の守備に参加した隊員は大丈夫だったの?」
「はい、軽傷が二名とのことです。いずれも命に別状はないそうです」
「それならまあ、一安心か……」
 人的被害がほとんどなく収まったことで、首相はとりあえず安堵した。
「しかしこのまま逃がすのも癪だね。護衛艦出せる?DDか、DEでもいいから。どうせ相手は木造帆船でしょ」
 首相その他は沿岸防衛くらいは自力でできるか、とあえて海自を計画に参加させなかった。規模を大きくすれば
それだけ露見する可能性が上がるからである。しかし少し見通しが甘かったな、と首相は心の中で反省した。
「護衛艦ですか?今から話を通すとなると、ちょっと調整に時間がかかりますね…F2を出すならすぐですが」
「うーん、できれば指揮官クラスをさ、生きたまま捕まえたいんだよね。いろいろ聞ける話もあるだろうし」
「了解しました。手配します」
 電話を切ると、ベッド際で立って話をしていた首相は携帯電話を布団の隅に放り投げた。そして大きなあくびをし、
そのまま後ろ向きで布団に倒れ込んだ。しばらく柔らかい布団で興奮を落ち着けた彼は、むくりと上半身を起こした。


912 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/03/26(水) 13:15:47 ID:???
「今日は徹夜か…」
 愚痴を言いながら彼は防衛相を呼び出すべく、再び携帯電話を手にした。

 逃げ出した艦隊は南へ走った。すでに嵐は陸の方に抜け、海は穏やかさを取り戻していた。嵐を防ぐ必要が無く
なった後は魔方陣を駆使し、追い風を作りできる限り速度を出すべく工夫を凝らした。
 艦隊の行く手の先、水平線の彼方に白い光が姿を現した。かすかに汽笛の音も聞こえてきた。艦隊の面々は
もはやこれまで、と覚悟を決めた。
 遠くの軍艦から送られてきた発光信号はフォリシアのものだった。艦隊を迎えにきたとの信号を見て、艦隊首脳部は
罠ではないかと訝ったが、もはや為す術もない。艦の速度が違いすぎるのだ。
 近付いてきた軍艦を見てタビラス達はもう駄目か、と覚悟した。その姿はまさしく異界の軍艦以外の何者でも
なかった。鉄の巨大な船体に船首砲、レーダー、ガトリング砲…。彼らが始めて見る兵器や装備ばかりだった。
 しかし甲板の船員がはっきりと見える距離になっても、一切その艦は攻撃を仕掛けてこなかった。
 彼らは魔法の光でその軍艦の姿を照らし出した。すると艦の縁に確かに見覚えのある顔の人間がこちらに手を
振っているのだった。黒い軍帽をかぶり、鼻の横の大きなほくろが目立つ男だった。
「コフか!」
 本国で留守を任せたはずの部下の一人、中央作戦本部の一員メリド・コフが、何故か異界の軍艦に乗って
こちらに手を振っていた。タビラスの頭の片隅には、すでに本国が陥ちたか、と最悪の予想がよぎった。
 ボートに乗って移乗してきたのは、コフと異界の軍服を着た白人だった。コフはタビラスが出航した後にロシアとの
交渉がまとまり、協力してくれることになったことを説明した。
「退却が困難を極めるだろうと思いまして、僭越ながらお迎えにあがりました…本国を離れたことはご容赦を。
肝心の提督に信用されぬのでは困りますので」
「…うむ。まさか我々も異界の力を借りることになるとは…わからんものだな…」
 船用のゲートを作るのに手間取り、海自のDD護衛艦がゲートを抜けて異世界に姿を現したのは東の空が白み
始めてきた頃だった。

913 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/03/26(水) 13:18:57 ID:???
 艦隊に追いついた護衛艦が見たのは、艦隊に随伴して航行するロシア駆逐艦の姿だった。
「遅かったか!」
 護衛艦の艦長小林は艦橋から自らの目でその姿を直接確認すると、渋い顔で腕を組んだ。
「艦長、予定通り帆船の拿捕に向かいますか?」
「………距離を保って待機だ。官邸に連絡を」
 先に発進していた偵察機によってロシアの船が近付いていたことは知らされていたが、予定では合流される前に
艦隊に追いつけるはずだった。しかし、船が通れるほどの巨大なゲートを構築するのは予想以上に難しく時間が
かかった。少なくとも深夜に命じられて、一時間や二時間でできるものではなかった。明け方までに完成したのは
むしろ驚くべき早さであるのだが、二者が出会うのを許してしまっては意味がない。
 首相官邸にはすぐに連絡が入った。うっすらと目の下にくまができてきた首相は、防衛相と顔を見合わせた。
「やれ、と言うのは簡単だけど…現代艦船の激突となるとこっちが沈む可能性もあるよねえ」
「今からF2出して対艦ミサイル…としても、こっちが敵を拿捕している間に向こうも攻撃機出してくるだろうし…海には
対ゲート結界を作る場所がないですからね」
「護衛艦も余ってる訳じゃないし…沈んだらロシアはともかく、こちらはごまかしがきかんだろうな…」
「…帰しますか」
「逃げるようでほんとに癪だが…仕方ないな」
 官邸の方針が護衛艦に伝えられた。帰還せよ、との指令だった。艦長はほっとしたような残念なような顔で、帰還
すると船員に告げた。
 昼過ぎ、河口沖に残った第六艦は海自の熱心な説得により投降した。

 首都リクマイスでは奇襲の後始末におおわらわであった。国王は無事に脱出できた皇太子との再会を喜んだ後、
死亡した使用人達のために家族で祈った。生き残った側近は通夜や見舞金の手配に駆け回った。
 一方、敵にここまで侵入を許した近衛隊の威信低下は必至だった。大きな仕事はあらかた自衛隊が終わらせて
しまい、遅れて到着した近衛隊は逃げ出した騎馬隊の残党を捕縛する程度しかやることが残っていなかったのだ。
フワンは大臣達の突き上げもあり、当面首都に近衛隊の主力を置くことに決めた。

914 名前: 粂八 ◆Pphe73DZjs [sage] 投稿日: 2008/03/26(水) 13:20:00 ID:???
 国王はあの奇襲を予測するのは難しいと言って、フワンを戒告だけの処分に留めた。他の大臣達も、他に適任者が
いる訳でもないので異を唱えるものはいなかった。
 今後の対応について話し合いに明け暮れたその日の夕方だった。城内の近衛隊詰め所に国境のあの町で見張りを
しているはずの兵士が、青い顔で顔を出した。
「何が起こった?」
 疲れた顔で問うフワンに、兵士は眠り薬入りの酒で眠らされた隙に護国卿率いる軍が進軍を開始したことを白状した。
 額に青筋を立てたフワンは手の骨が心配になるほどの勢いで壁を殴りつけた。
「あのクソバカが!」


132 :粂八 ◆Pphe73DZjs :2008/05/20(火) 14:38:17 ID:???
ω・`)続きを投下しにきましたよ…

ゲート・アウト  あらすじ
異世界の国ボレアリアから救援要請を受けた日本政府はかの国を支援すべく部隊を派遣した。
瞬く間に被占領地を奪回した彼らだったが、それに対抗すべくフォリシア軍はロシア軍を召喚する。
そんな中ボレアリア首都リクマイスへ奇襲をかけたフォリシア艦隊であったが、あえなく失敗する。
しかし、海自の追い討ちはロシア艦船によって阻止されてしまった。
一方、隙をついて進軍を開始したボレアリア国軍は国境の大森林へと迫りつつあった。

133 :粂八 ◆Pphe73DZjs :2008/05/20(火) 14:40:24 ID:???
 太陽が西の空へ傾き、陽光が橙色へと変化し始めた夕刻。
 大森林の東北の端、ボレアリアがフォリシアから数年ぶりに占領地を奪回したその境目に、オベアは移動して
いた。フォリシアとロシアが組んだことで森の中の移動も格段に楽になった。
 火山を鳴動させるための巨大な魔方陣を見下ろせる小高い山の上には、臨時の指揮所が築かれていた。
オベアはそこでほぼ完成した魔方陣の試験を見守っていた。
 先日、突然森林内にゲートが開いて首都からの使者が現れたときは驚いたが、事情を聞いて納得し、彼は今後の
事に思いを巡らせた。
「これで首都まで突破されることはなかろう、が、また陛下も思い切った決断をされたものだ…」
「禁忌といったって所詮はそんなものですよ。誰かが破れば後はなし崩し…」
 オベアが呟いた一言に副官が答えた。
 彼は思い出したように副官に言った。
「そういえばこの間、都に戻ったときに、ロシア国から供与された新兵器を試し撃ちさせてもらった」
「ほう、どうでした?」
「ババババーン」
 彼は子供のように口で発砲音を真似ながら、副官に向かい虚空の小銃を構えた。
「速いなあ、すごく速い。弾丸飛んでるのが見えないんだぜ」
 思わず吹き出した副官を見て悪戯っぽく笑った後、腕を腰の後ろに組み直したオベアは、再び試験中の魔方陣に
視線を戻した。
「私が思うに、あの速さこそが異界の本質的な強さなのだろうな。異界軍は弾丸も、移動も、連絡も、何もかもが
圧倒的に速い。速さは余裕を生み、戦術の選択肢を生み、その相乗効果は止まることを知らない」
 若者が夢を語るように、楽しそうに彼は副官に話して聞かせた。
「改めて思い知ったところで、勝ち目はありそうですかな?」
「ゲートのおかげで国内の移動の速さはもはや問題ではない。銃も手に入れた。防衛戦は格段にやり易くなったな。
しかし、ロシアと組んだ時期から異界軍の爆撃がめっきり減ったのが気にかかるところだが…向こうで何かあった
かな?」
 話の最中、突如間に割って入ってくる部下の声が聞こえた。
「将軍!平野の向こうから土煙が!大軍です!」
「大軍だと?異界軍が動き出したのか?」
「いえ、ボレアリア国軍です!異界軍の陣地を越えて真っ直ぐこちらへ向かってきます!」
「…なんてこった」

134 :粂八 ◆Pphe73DZjs :2008/05/20(火) 14:42:11 ID:???
 オベアは慌てて自分の目で確かめるべく、偵察鳥とリンクした水晶玉の元へ向かった。

 自衛隊の前線基地の指揮官、森崎一佐は護国卿から送られてきた手紙を苦笑いしながら読んでいた。
 仰々しい文言で飾られてはいたが、その中身は「お前らが全然動かないから、俺らが敵の首都まで進軍して
やるよ!」という内容だった。
 一通り読んだ後、内容を知っているせいか恐縮する使者を優しく帰し、彼は前方の戦況を注視しながら静観
するように、と指令を出した。ただでさえ、森の中は見えないのだ。援護しようにも、まさか敵味方入り乱れて白兵戦を
している最中に砲弾を撃ち込むわけにはいかない。
 一方、オベアはぞろぞろ近付いてくる騎馬と松明を持った歩兵の大群を上空からの目で確認すると、直ちに
魔方陣を起動するように、と命令した。
 魔方陣の製作を任された魔道師幹部は顔一杯に悔しさを滲ませて言った。
「森に火を放つ気か!せっかく異界の軍を壊滅させるために作ったのに…!こんな雑魚どもに使わねばならんとは!」
 幹部の勢揃いする幕下へ戻ったオベアは乾いた笑いを短く絞り出すと、嘆く魔道師の肩を叩いて慰めた。
「ま、スピラールならそんなもんだ。燃え尽きた後悠々と行軍する気満々って訳だ。まさかこの間《ま》でこいつが出てくる
のは予想できなかったなぁ。しくじったな…前線は異界軍にお任せだとばかり…奥地はともかく、魔方陣のある山は
最前列だ。火を放たれたら持たんだろう。今から降雨の魔法陣を敷くのはとても間に合わん。今までの準備を無駄に
するわけにもいかんしな」
 なおも泣き言の収まらない魔道師が両手で顔を覆った。
「ああ〜!せめて日没後だったらなあ〜、これじゃ煙が丸見えだ」
「…ま、ロシアが味方についたからには他にいくらでも戦いようがある。ここは奴ら本軍の数を殺いでおくことにしよう」
 森の向こうをオベアは遠い目で見据えた。

 かくして彼らの予想通り、ヴァリアヌス率いる兵達は森の周囲に油をまき始めた。
 森の入り口、魔方陣の敷かれている例の山の麓に油の臭いが充満し始めた頃、兵士の踏みしめる地面が突如
鳴動し始めた。

135 :粂八 ◆Pphe73DZjs :2008/05/20(火) 14:45:05 ID:???
 将校達は兵士をせかして早く火をつけさせようとしたが、めったにない地震に脅えてしまった兵士達の動きは
止まってしまった。そうこうしているうちにも地面の揺れはますます大きくなり、ついには真っ直ぐ歩くのも難しい
程の揺れになった。
 ドン、という大音響とともに見上げる山頂から煙が噴出した。火口から湧き出た白煙は恐るべき速度で斜面を
駆け下り始めた。
 様子を窺っていた陸自部隊は噴火の予兆を見てすぐに全員退避の指令を発していた。もし本格的な噴火でも
起ころうものなら、数キロ離れたこの陣地も無事ではすまない。実際にはコントロールされた噴火なのでそのような
事態は起こらないのだが、結果としてこの時点で部隊が退避したのは正解だった。有毒ガスを含んだ噴煙が
真っ直ぐに陣地を飲み込む手はずになっていたからだ。
 山から下りた熱い有毒ガスは、今にも火攻めを始めようとしていた国軍の部隊を一直線に飲み込んだ。煙の濃い
範疇にいた兵士はばたばた倒れていった。倒れた仲間を助けようと煙に飛び込んだ勇敢な兵士達も次々に
巻き込まれた。ガスが通った後は見るうちに草木が白く枯れていった。
 魔法の風にガイドされた有毒ガスが陣地を飲み込んだのはものの二、三分の後だった。隊員達はかろうじて
全隊員がゲートをくぐり避難していた。
 こちら側のゲート設置場所である基地内で慌しく点呼を取り、全員の無事を確かめた森崎一佐はすぐにヘリで
陣地の様子を見るように要請した。遠巻きに見守るヘリからは煙に包まれた陣地が確認できた。化学防護隊を送り、
一息ついた森崎は感心したように呟いた。
「すごいな…!噴火も起こせるのか。まさに魔法だな。不意を突かれたら危なかった…」
「失礼します!溝山陸将補から御連絡です!」
 横から部下が声をかけた。日本国内に置かれているこの作戦の司令部からの連絡は専ら彼、溝山陸将補が
行っていた。
 受話器を受け取るや否や、電話の向こうからは甲高い男の声が聞こえてきた。
「まずは全員無事だったようだね。早い対応だ。お見事」
「いえ、これくらいは…それで今回はどのような」
 陸将補はゴホンと、咳き込みを入れて続けた。

136 :粂八 ◆Pphe73DZjs :2008/05/20(火) 14:47:13 ID:???
「ちょっと講和が無理そうになったようでね、方針が変わった。米軍と連携して本格的に攻めるという話になった。
なんでそこの陣地は落ち着き次第、撤収で。睨み合いご苦労だったね」
「では、敵が森を越えてきた場合はボレアリア軍に任せるのですか?」
「その場合もあるし、こちらがやる場合もあるだろう。いずれにしろ、この『陣取りゲーム』は守備側に相当有利な
ルール。相手の対ゲート結界に入らない限りは、兵站も移動時間もゼロという…。下手に相手の懐に飛び込むと
袋叩きにされるよ…いかに相手の対ゲート結界を潰してこちらの対ゲート結界を作るか、というのがこの戦いの
基本戦略だからね。ま、その辺は米軍が張り切ってやってくれるだろう」
「了解しました…とりあえず後始末を終えてから、詳しい話を…ではまた、後ほど」
 通話を切ると、反撃の態勢を整えるため森崎一佐は作戦室に早足で向かった。

 数十分が過ぎようやく噴煙が落ち着いた頃、森には熱いガスから着火した炎がうなりをあげて斜面を上ってきていた。
 陽はすっかり地平線の向こうへ落ちてしまい、空の色は西の空に残っていたかすかな赤みも消え、紺色から黒へと
変わる頃合であった。しかし森の炎が敵味方を照らし出すおかげで、その周囲は昼のように明るかった。
「精強なる兵士達よ!火の回っていないところから出るぞ!混乱した敵を蹴散らして、森にこもっていた鬱憤晴らしを
しよう!」
 消火作業に他の兵がかかりきりの中、森の端でオベアが呼びかけに応え、選りすぐりの精兵三千は皆口々に声を
出して気勢をあげた。
 まず森から飛び出した騎兵は、混乱の続くボレアリア軍の歩兵の真ん中を切り裂いた。少し遅れて歩兵が敵の
横腹に槍衾で突撃をかけた。味方の救助に気を取られていたボレアリア軍は不意を付かれた格好になり、陣を大きく
乱した。
「あんな寡兵に何やってる!真面目にやらんか!さっさと囲んでしまえ!」
 戦闘現場のはるか後方から指揮を執るヴァリアヌスは、物を蹴り飛ばすなど明らかにイラつきを隠せない
様子だった。
「まったく騒がしいな」
 なだめる側近を押しのけて、突然幕内に上がりこんできたのはフワンだった。彼は小さくため息をついて、眉間に
しわを寄せたヴァリアヌスの前に立った。

137 :粂八 ◆Pphe73DZjs :2008/05/20(火) 14:48:42 ID:???
「何用だ、フワン?ここはお前の管轄ではないぞ!失せろ!」
「…貴方にはいろいろ言いたいこともあったが、もういい」
 フワンが手に持っていた書状のサインを見てヴァリアヌスは顔色を変えた。
「それはま、まさか!」
「陛下の召還状だ。大人しくリクマイスに戻って頂こう」
 丸められていた書状をばっ、と広げて彼は国王の勅命を淡々と読み上げた。
「そんなバカな!私が…」
「戻らぬ場合は即刻軍の指揮権は剥奪される。まあ戻っても、早いか遅いかの違いだけだろうがな」
 呆けたまま固まったヴァリアヌスを横目に、フワンは側近に書状を投げ渡した。
「さて、誰ぞ軍の指揮を執らなくていいのかな?あんな少数にかき回されては面目が立たなかろう」
「言われんでもそうするつもりだ!護国卿が心身不調につき、私が代理の指揮を執る!」
 副官はそう言うと、伝令に指示を与え始めた。

 オベアが放った騎兵は途中で隊を二つに分け、一方の隊は森の前の草原を進み、陸自の陣地へ向かおうとして
いた。まだ陣地の消毒、復旧作業に追われているうちに、あわよくば化学防護隊を粉砕して武器を鹵獲しよう、と
考えたためだった。
 森の炎の光が及ばない暗闇に隊が入りかけた時、どことなく空から風切音が響き始めた。
フォリシアの兵士は一度も聞いたことのない音だった。よく夜空に目を凝らすと、何かが浮かんでいるのが見えた。
 それは陸自の攻撃ヘリ、コブラだった。複数のヘリは緩やかに旋回しながら、機銃に対しては紙くず同然の鎧しか
持たない騎馬隊に狙いをつけていた。
 騎馬隊も音のする方向へ矢を放つものの、矢は暗闇に消えていくだけだった。付随する魔道隊の電撃、火球
魔法も同様だった。
 ヘリの腹からボボン、とロケット弾が火を噴き、兵士と馬は吹き飛ばされ肉片に変わった。後の仕事は逃げる
兵士を機銃で追い散らすだけであった。
 数百いた分隊はほとんどが斃され、最後尾にいた者達がかろうじて脱出できた。
 森の端で水晶玉から戦況を見守るオベアにヘリで攻撃されたとの報告が入った。
「やられたか…やっぱり異界の方々は対応が早いな。じゃあ、そろそろ頃合で引き上げようか」

138 :粂八 ◆Pphe73DZjs :2008/05/20(火) 14:50:15 ID:???
 ようやく戦列の整いだしたボレアリア軍を尻目に、フォリシアの歩兵はするすると撤退を開始した。
「ズィレラン副長!騎兵をよこす!協力して森まで下がれ!」
 長旗で殿を務める部隊に指示を出し、オベアは消火のため切り倒された森の木に目をやった。
 陸自陣地の作業が終わり、ボレアリア軍の負傷者を運び込んで治療に当たり始めた頃、周囲にぱらぱらと雨が
落ち始めた。フォリシア側が消火のために用意した魔方陣がようやく効果をあげ始めたのだった。火は山一つを
焼いて鎮火していった。
 ボレアリア軍の死傷者は三千人を超え、その不甲斐ない敗戦に重臣の誰しもが護国卿解任止む無しと考えた。

 夜の帳が下り、人々がそろそろ寝床に入ろうかという頃、フォリシア首都ジェルークスの一角、国家出納局長官
パオロ・マルカエデスの大豪邸では反オベア派の重臣達が集まり、簡単な酒席を開いていた。
「異界の品々はお気に召しましたかな?皆様方」
 ニヤつくマルカエデスに、重臣達は満面の笑みで応えた。
「いや、全く素晴らしい品ばかりだ。これほどの物を今後も頂けるのであれば協力せざるを得まいな。ワハハハ」
 ロシア側によって早々に篭絡されたマルカエデスは、密かに贈られてきた電化製品や芸術品の数々を自身一派の
重臣らに分け与えていた。
「機械の箱に電気という力を通すとまるで目の前に楽隊がいるかのように音が出る!私の財力では屋敷専用の
楽隊を雇うという訳にはいきませんでな。音楽好きの私としては、もはやパオロ殿には頭が上がりませんな!
ハッハッハ」
 自家発電機に電灯、音楽プレーヤー。異界側のレシピを訳させ、料理を作らせたら頬が落ちるようだった。異界の
料理と酒でもてなされた彼らはすっかりロシアの虜になっていた。
 マルカエデスは高級ワインで顔を真っ赤に染め、ご機嫌だった。
「自動車という乗り物もくれると言うのだが、さすがにそれは、陛下を差し置いて乗るのは気が引けてな。まずは陛下
に、と辞退してしまったわ」
「ハハハ、陛下より先にこのような贅沢が出来るとは、いい時代になったもんだ」
「で、今日の集まりの本題であるが…」
 赤い顔を途端に真顔に変えたマルカエデスが言うと、他の重臣達も彼の言葉に耳を傾けた。
「オベアの処遇のことだ」
 重臣達は各々顔を上下に動かした。

139 :粂八 ◆Pphe73DZjs :2008/05/20(火) 14:51:41 ID:???
「確かにあの堅物が我らの行いを知れば、大声でわめき立てるに違いない」
 誰かが嘆くように呟いた。
「クリミ殿がご健在であればなあ…」
「クリミ殿はもはや明日をも知れぬお命。今まで総司令指名を引き延ばしてきたが、亡くなられてしまってはもう
延ばすことはできん」
 陸軍総司令ロビリオ・クリミの容態は徐々に悪化し、最近は自宅から外に出ることもなくなった。新しい陸軍総司令を
決める総司令指名が近いのではないか、と王宮内では専らの評判であった。
 マルカエデスはワイングラスを持ったまま窓際へ近寄り、窓の一つを静かに押し開けた。
「陸海の総司令は国王の剣臣、槍臣と呼ばれる第一の臣。下手をするとその権力は我らより上かも知れん」
 新月の赤黒い月が東の空にうっすらと姿を現していた。庭に住まう虫々が初夏の音色を奏でる中、彼らの謀議は
続いた。
「海軍のタビラス殿はその辺、いろいろと理解がある方であるが、奴は駄目だ」
「オベアは国王の信頼厚き故、総司令指名で選ばれるのは間違いなかろう」
「総司令指名が行われるその前に手を打たねばならんな」
 総司令指名は軍幹部の推薦により王が選定する。一度始まってしまえば重臣達には一切口を出すことは出来ない。
「そこでだ」
 マルカエデスは中身の減った重臣達のグラスにワインを注いで回りながら言った。
「奴の妻は異界の敵国の出だ。密通の疑いありとして妻子を国外退去にしようと思うのだが」
「追放?処刑ではないのか」
 マルカエデスは重臣達にロシアを通じて妻子を妻の母国、日本に送還するアイディアを説明した。
「オベア本人には今は手を出せん。だが、妻子を取り戻そうとニホンと接触を持とうとするかも知れん。そうなったら
しめたものだ」
「国家反逆罪で処刑!…なるほど、さすがパオロ殿。悪知恵がはたらく…フッフフ」
「そういうことだ」
 すでにこれからやるべきことを理解している一同を見回したマルカエデスは満足気に頷いた。
「早々に根回しを…奴が帰ってくる前に事を終わらせねばならんのでな」



789 :粂八 ◆Pphe73DZjs :2008/06/20(金) 08:50:16 ID:???
ゲート・アウト  あらすじ
異世界の国ボレアリアから救援要請を受けた日本政府はかの国を支援すべく部隊を派遣した。
瞬く間に被占領地を奪回した彼らだったが、それに対抗すべくフォリシア軍はロシア軍を召喚する。
そんな中ボレアリア首都リクマイスへ奇襲をかけたフォリシア艦隊であったが、あえなく失敗する。
一方、隙をついて進軍を開始したボレアリア国軍は国境の大森林でフォリシア軍の秘策の前に敗走。
両者の次なる一手は…?

790 :粂八 ◆Pphe73DZjs :2008/06/20(金) 08:51:45 ID:???

 ロシア共和国クレムリン。大統領は特別にしつらえた道場で、得意の柔道の稽古を終えたばかりであった。
 差し出されたタオルで汗を拭い、彼は側近に尋ねた。
「強欲な大臣どもはちゃんとプレゼントを受け取ったか?」
「はい。文官の中で最も有力な大臣があのような者で嬉しい限りです」
「そうか」
 彼の体は還暦間近とは思えないほど鍛え上げられていた。タオルを投げ返し、彼はその足でシャワールームへと
向かった。
 大統領がシャワールームへ入るように手招きをしたため、側近は護衛の脇を抜けて、大統領が使用している
間仕切りの前に立った。
「さすがにこの歳になると筋力は衰えるな。より柔道の術理通りあらねば強さを維持できない、と感じるように
なった」
「私どもから見た限りでは衰えなど、とても」
「それは嬉しい」
 湯が大統領の体を叩き、流れ落ちる音がしばし流れた。
「…やはり空軍同士で叩き合い、となるのか?」
 水音に紛れ聞こえてきた声に側近は答えた。
「対ゲート結界外に船を出しても、対艦ミサイルが雨のように降ってきてタコ殴りにされるのが関の山ですから。
米軍の誇る空母を使えないという点では、条件はかなりこちらに有利でしょう」
 シャワーの栓がひねられ、水音がぴたりと止んだ。すっと側近の目の前の扉が開き、眉間にしわを寄せた
大統領が彼を見つめた。
 大統領はずっと持っていた一番の懸念を口にした。
「アメリカのステルス機に勝てるか」
「空戦で勝つと断言はできませんが、最終的に制空権を握れというならば、いくらでもやりようはあります」
「…そうだな」
 シャワールームから退出した大統領は側近に車の前で待っているようにと伝え、手早く体を拭いた。
 いつもの黒いスーツに身を包んだ大統領が建物の外に出ると、先程の側近が黒い要人用車両のドアを開いて
待っていた。大統領が身をかがめて乗り込み、彼もその後に続いた。
 大統領は自分にも言い聞かせるように、静かに側近に言った。
「そう、最終的にゲートを独占するのが目的だ…目先の戦いに勝つことではない。君のおかげで再認識できたよ。
礼を言う」

791 :粂八 ◆Pphe73DZjs :2008/06/20(金) 08:52:23 ID:???
「お褒め頂き恐縮です。では今後のフォリシア政府への浸透方針について…」
 彼らを乗せた車列はクレムリンの郊外へと走り去っていった。

588 :粂八 ◆Pphe73DZjs :2008/07/27(日) 15:31:31 ID:???
壁| ω・`)やっと続きができたので投下しますよ…

ゲート・アウト あらすじ
異世界の国ボレアリアから救援要請を受けた日本政府はかの国を支援すべく部隊を派遣した。
瞬く間に被占領地を奪回した彼らだったが、それに対抗すべくフォリシア軍はロシア軍を召喚する。
そんな中ボレアリア首都リクマイスへ奇襲をかけたフォリシア艦隊であったが、あえなく失敗する。
一方、隙をついて進軍を開始したボレアリア国軍は国境の大森林でフォリシア軍の秘策の前に敗走。
ロシアも決戦に向け、水面下で動き始めた。


589 :粂八 ◆Pphe73DZjs :2008/07/27(日) 15:33:21 ID:???
 ボレアリアの王宮では大臣と国王が出席する最高会議が開かれ、無様に敗北したヴァリアヌス・スピラール
護国卿の解任動議が当然のように提出されていた。
「貴様にはたとえ百万の軍を与えても駄目だ、駄目だ!とっとと引退せい!」
 いつものように護国卿批判の先鋒に立つのは、内務卿エラリオ・レイエスだった。大臣にも様々な派閥があり、
中でも最大の一派を率いるこの老人に、いつもは反発している者も今日だけは手放しで賛成していた。
「残念だがもう庇えんよ、スピラール殿」
「直情型の君にはもっと何だろう、人命のかからない平和的な役職が合ってるような気がするんだ」
 コの字型に配置された席の中央に立たされて、一人批判の矢面に立つヴァリアヌスは奥歯が砕けそうなほど歯を
噛み締めながら、うつむいて直立していた。
「…何か申し開きはあるかね?スピラール卿」
 彼の正面中央に座る国王は騒ぐ大臣達を制して腕を組み、静かに言った。
「…私は国のため、私心を捨てて戦ったのですぞ!?それなのにまるで罪人のようなこの仕打ち…護国卿を何だと
思われるか!」
「私心を捨てて戦った、は嘘であろう。功名心にはやらねばあのような暴走はしなかったな、違うかな」
「──ッ!」
 間髪を入れずに切り返した国王の言葉に、再びヴァリアヌスはうつむくしかなかった。
 一つ小さく息を入れた国王は哀れむような視線で彼を見つめた。
「スピラール卿を護国卿から解任する。異議のある者は挙手を」
 しんと静まり返った王宮の会堂に、もはやヴァリアヌスの支持者はいなかった。
「恐れながら、近衛の長として彼の今後について意見させて頂けますか?陛下」
 国王の隣でじっと事態を見守っていたフワンが切り出した。
「スピラール殿は軍に多大な影響力を持つ御方。新しい護国卿が軍を掌握するまでは蟄居して頂き、外部と連絡を
禁じるのが上策かと」
「フワン!貴様ァ〜!!この私が謀反を企てるというか!」
 ヴァリアヌスはギラリと目を剥きフワンに怒鳴りつけた。フワンは涼しい顔で応えた。
「長い間軍を意のままに動かしてきた貴方を注意するのは当然。近衛隊長として陛下の御身が安泰であるための
方策を申し上げたまでだ」

590 :粂八 ◆Pphe73DZjs :2008/07/27(日) 15:35:21 ID:???
 平素から国王に対しての不遜な振る舞いを度々繰り返していたヴァリアヌスに、疑いの目を持つものは多かった。
フワンもその一人である。
 ヴァリアヌスが今にもフワンに跳びかかろうかという素振りを見せたため、彼の側に立っていた守衛が慌てて脇を
抑え付けた。
「卿の憤りもわからぬではないが…これ以上軍が混乱しても困るのでな…しばらく大人しくしていてもらうぞ、
スピラール卿」
 両腕を守衛に抱え込まれた元護国卿に、国王はできるだけ言葉を選びながら自宅への蟄居を言い渡した。
「後悔しますぞ!私以外に誰が軍を掌握できるものか!」
 これ以上ここで抗っても無駄と判断したか、ヴァリアヌスは守衛を振りほどき、乱暴な足取りで会堂を退出して
いった。
 少し空気がほっとしたのもつかの間、彼らには次の議題が待っていた。
「さて、次の護国卿をどうするか…」
 誰かが呟いたその言葉に皆が頭を抱えた。
 長らくかの一族がそのポストを独占していたため、下手な者を後釜につけるとヴァリアヌスの影響力が残って
しまう可能性がある。ようやく失態をついて引きずり下ろした無能者の院政を許すわけにはいかない。
 ふと思いついたようにレイエスがフワンに言った。
「フワン。おぬしがやらんか?」
 フワンは苦笑しながら頭を振った。
「ご冗談を。私は陛下の身をお守りする任務で精一杯にございます」
「…ならば、参謀の中から奴の子飼いでない者を探さなければならんな」
 ヴァリアヌスの言いなりに動いていた者の中には当然、仕方なくそうしていた者もいるだろう。それを見つけ、
旧派閥は排除する。戦時中であり、幹部の一新は速やかに行う必要があった。
 国王は額に滲む汗を拭い、言った。
「まさかニホンの軍が警備している中を敵軍が突破してくるとは思わんが、可能な限り速やかに調査結果を出す
ように。いくら異界が進んでいるとはいえ、こちらにも矜持というものがある」
 重い空気のままその日の会議は閉会した。

「アメリカ合衆国陸軍中将ケニー・ジョンソンと申します。以後よろしく」
「ニホンの同盟国アメリカは異界最強の国と聞いている…こちらこそよろしく」
 ボレアリア王城の謁見の間では、米軍の異世界軍司令官と国王が握手を交わしたところだった。

591 :粂八 ◆Pphe73DZjs :2008/07/27(日) 15:37:12 ID:???
 日本の紹介を受けた米軍は密かに異世界派遣軍を編成し、ロシアへの対抗姿勢を着々と進めていた。今日の
表敬訪問は、米軍が本格展開する準備が整ったためボレアリアへの友好の印として司令官が国王に面会を要請
した、という形で行われた。
 アメリカが供与した武器の目録を見て、国王はいたくご機嫌だった。フォリシアが先に銃を供与されたのを聞いて
いたため、ようやく追いつけたという安堵もあった。
 覚書を交換した後の簡単な宴を終えて帰路に着いたジョンソン司令官だったが、ゲートを超え米国内の基地に
戻ると作り笑顔から一変、
「クソッ!とんだ貧乏くじだ!あんな土人どもの面倒を見なきゃいけないなんてな!」
 彼は廊下を歩きながらふてくされたように少し白髪の混じってきた頭をかきあげ、副官のダニー・オランテス大佐に
不満をぶちまけた。
「極秘任務とはいえ、重要な仕事ですから成功させれば栄転ですよ」
 振り向いた司令官は突然、人差し指で副官の額を小突いた。
「ダニー、俺は別に世界のどんな困難な地域に派遣されても文句はない。だが何だ、魔法の国って!?ビデオゲームか
ディズニーか、マジック・ザ・ギャザリングか?兵士が銃弾に倒れるのはいいだろう、みんな覚悟もある、だが魔法
なんかで死んだら兵士の魂は浮かばれない!」
 立ち止まり、大きな手振りを交えながら一気にまくし立てた司令官に、オランテス大佐は静かな口調でなだめた。
「お気持ちは理解します。が、あの地を掌握したら弾道ミサイルが要らなくなる、となれば上の方々には最重要の
戦略地域となるのは仕方ないでしょう」
「全く気が進まんが、ま…『いろいろと』気兼ねなくできるという点では価値はあるか。とりあえずお下がりの銃も
くれてやったしな」
 ボレアリア側に供与した銃は米軍が使い古したM16やM4などの旧式銃だった。
 ロシアが構造の簡単で丈夫な小銃を供与したのに対し、あえて構造の複雑な銃を供与した訳は、国内においては
ゲートによって兵站をほぼ無視できるので、多少手間金がかかってもローテーションして整備工場に送った方が
都合が良い、という判断だった。そしてそれは現地軍を攻撃に参加させない、という意志の表れでもあった。

592 :粂八 ◆Pphe73DZjs :2008/07/27(日) 15:38:53 ID:???
「おもちゃで喜んでいてくれればいいさ。未開人の兵など我が米軍の足手まといになるだけ、我々の邪魔をしない
ように機嫌をとっとくだけだ。そうだな?ダニー」
「はい、我々の敵はあくまでロシアであります」
「よろしい。なあに、地図ができるのは日本が先に来てたこちらの方が早いはず。先制の夜間爆撃の後は俺達の
出番だ」
 異世界の高空ではすでにお互いの無人偵察機と迎撃機の戦いが始まっていた。偵察機の運用では米国に分が
ある、と司令官は自信満々だった。
「は、あの、協定はよろしいので…?」
 司令官は鼻でため息をついた。
「ダニー、決め事ってのはなあ、自分に有利になるように破るためにあるんだ。不利なときだけ相手が破ったことを
責めるのさ。ま、それはあちらも先刻ご承知だろう」
 司令官は不敵に笑った。

 日本国内、某山地。一面木々で覆われた森の一角にぽっかりと開かれた空間があった。 そこには半径数十
メートルも切り開いた跡地に、異界から持ち込んだ塗料でこぢんまりとした五芒星の魔方陣が描かれていた。
 昼下がりの強烈な日差しを背に浴びながら、渋い顔をしながら魔方陣を魔法文字で装飾していた魔道師が、
小さく頷いた。
「成功です」
「成功ですか。そうすると一応こちらの世界にも対ゲート結界を張ることはできると」
 しゃがみながら頬杖をついた魔道師に、後ろにいた陸自の高官はほっとした面持ちで答えた。
「ただ、やはり実用にはならないでしょう」
 魔道師は黒いローブの袖をまくり、指にはめた翻訳魔法のかかった指輪を見せた。
「このようにごく小さな魔法ならばそう魔力を食うものでもないですが…こちらの世界では魔力の補充ができない
のは致命的です。賢者の石を交換する度に結構な時間、魔法が止まりますから…使うときだけ開ければいい
ゲート魔法ならともかく、常時起動していなければならない対ゲート結界には使えません。それに、賢者の石も
自国の使用分で手一杯で、とてもこちらの世界まで回す余裕はないかと…」

593 :粂八 ◆Pphe73DZjs :2008/07/27(日) 15:40:30 ID:???
 異世界では、対ゲート結界には魔力の補充をする魔道師が数十人も付きっきりで昼夜魔力を陣の賢者の石に
送り込むため、石の交換をする必要はないが、地球世界ではそうはいかない。魔方陣に組み込まれた石をはずす
ため、陣を壊さなければいけない箇所が出てくる。直すのにかなりの手間がかかるのだった。
「無理ですか…こちらの世界にも対ゲート結界を張れれば、と思いましたが。魔力の補充か…」
「魔素というのは我々の世界が『子』であることの副産物…あなた方の世界から垂れてくる地精の雫の水たまりを
すすって生きているのが私達の世界。垂れるときに次元の隙間で変化したものが魔素という、神が憐れんで授けた
小さなおまけです」
 彼らの世界は特に地精が強く『たまる』地域でなければ作物もろくに育たない。いくら肥料をやったところで痩せ
こけた草木が生えてくるだけである。
 そして、地精が乏しい故にどの国も食糧の増産に頭を痛めていた。穀倉地帯は現実世界でいえば石油産出地域
ほどの垂涎の的だった。
 黒いローブは直射日光でかなりの熱を蓄えていた。魔道師は吹き出す汗をぬぐうと、ローブの裾を払って立ち
上がった。高官も作業をしていた隊員達に撤収の合図をし、後片付けの様子を見守った。
 魔道師はふと気付いたように口にした。
「一つお願いがあるのですが」
「何でしょう?」
 魔道師は遠く自分の故郷へ思いをはせるように言った。
「事が落ち着いたら、痩せた土地の近くにゲートを開けて頂きたいのですが。ゲートから地精が流れ込むことが
あれば、もしかしたら地精が濃くなり、作物が育つようになるかもしれません」
「それは面白いですね。いずれ上に提案してみましょう」
 陽が地平線に落ち、隊員が立ち去った後、大きく開いた森の穴だけが残された。

 フォリシアの王宮の中では、朝議を終えて大臣達の立ち話がそこかしこで始まっていた。
 一番大きな人の輪はもちろん最有力者マルカエデスの周りにできていた。そこに人の輪を押し開き、割って
入る一人の老人の姿があった。
 老人は彼の直前に立ち、怒鳴った。
「マルカエデス殿!オベア殿の家族を貶めるあの所業、いくら不仲とは言えど許されることではありませんぞ!」

594 :粂八 ◆Pphe73DZjs :2008/07/27(日) 15:42:12 ID:???
 顔に深く刻まれたしわに長く上に尖った耳、伸ばしたあごひげ。彼はエルフ、長耳種と呼ばれる強力な魔力を
持った種族の末裔だった。
「ホジフ殿、あまり頭に血を上らせるとお体に悪いですぞ。頭の血管が破れると死んでしまいますでな」
 マルカエデスは象牙のパイプを悠然とくゆらせ、側頭部にもってきた右拳をぱっ、と開いてみせた。その仕草を
見て周りの者は皆吹き出した。
 老エルフ、マウディ・ホジフはさらに目を吊り上げ、歯軋りした。
 先日、謀略を企てたマルカエデス一派は早々に多数派工作を終えると、オベアの自宅にいた妻と子供を有無を
言わさず連行し、ロシアに二人を日本へ送還してくれと言付けし、引き渡した。
 そして今日の朝議で事後報告という形で国王に上奏したのである。国王は当然事前に連絡しないことを怒ったが、
多数の大臣に妻が敵国人であるのは問題だとしつこく突っつかれ、オベアを前線からはずそうという話にまで発展
しそうになったため、結局拳を降ろさざるを得なかった。
 親オベア派の大臣も決して少なくはないのだが、権勢著しいマルカエデスに逆らうのを恐れた者が多かった。
ホジフは数少ない擁護派だった。
「私を侮辱するのならば、いくら貴公であっても許しませんぞ?生憎、先祖から授かった魔力の器は貴公らより
多少大きいのでな」
 小さく両手に魔法の炎を灯すとマルカエデスは笑みを崩さないまま謝罪した。
「おおホジフ殿、機嫌を損ねたなら申し訳ない。他意はない……が」
 マルカエデスはパイプを口元から離し、火皿をホジフに向けた。
「ドラゴンほどの魔力ならともかく、個人の魔力を誇る時代は九百年前、とっくに終わったのですよ。時代錯誤は
困りますな」
「…フン」
 九百年前、人間が賢者の石と魔力を通す塗料を見つけ、個人の魔力の器から開放されたことを後世の人は
『魔法革命』と呼んでいるのだが、ともかくその出来事の後、早々にエルフは人間の軍門に下った。いくらエルフが
人より強い魔力を持っていると言えども、賢者の石に蓄積した巨大な魔力による大魔法を計画的に運用されては
手も足も出なかった。

595 :粂八 ◆Pphe73DZjs :2008/07/27(日) 15:43:32 ID:???
 下っ端魔道師でも、あらかじめ用意した魔方陣と賢者の石があればエルフを超える術を使ってくるのである、
かなうはずもない。その後勢力を拡大した人間が百年弱で竜族までも駆逐したのは先述の通りである。
 人間の社会に組み込まれたエルフは当初反発していたものの、地位の高い一族を貴族に登用、エルフ魔道師の
優遇など懐柔を進めた結果、数世代の後には混血し血も薄まり、人の社会に溶け込んでいった。
 ホジフは未だほとんど混血のない純血エルフ貴族の一員である。
 彼は手の炎を振り消して言った。
「敗戦したタビラス殿の責には一言も触れず、先の戦で大勝したオベア殿は信用できぬ、と。どういう思考をすれば
そういう結論になるのか」
「そうだな。少しは私も責めてくれた方が気が楽だった」
 気が付くと後ろにはマルケル・タビラスその人がばつが悪そうに立っていた。先の朝議で敗戦を国王に叱責された
ものの、彼に重い処分はなかった。そのすぐ後に勝利した盟友の家族追放の話である。居づらくならないわけが
なかった。彼は会議が終わるまでその体を小さくして時間が過ぎるのを待っていたのだった。
 次々に会釈するマルカエデス他、重臣達はこぞって言った。
「タビラス殿はこれからもますます奮戦して頂かねばならぬ御方よ。奇襲が一度失敗したくらいで責めてどうする」
「然り、然り。剛毅一番で通るタビラス殿には自由にやって頂かねば」
 なおも反論しようとしたホジフをふわりと腕で遮り、
「では皆さん、失礼します」
 と、タビラスは鷹揚に頭を下げると、ホジフの背中を押して共に場を後にした。
 王宮の中庭に通る渡り廊下に出たところでタビラスは呆れたように言った。
「何だかんだ言っても、結局奴らは平民出身のカルダーが気に食わないだけよ。つまらん蔑視が根底にある以上、
口で言い合ってもしょうがない」
「かといって、本人のいない間にあの仕打ちはない!」
「うむ…何とかしなければ、な…。君らは動くな。頃合を見計らって密通で誣告されるのがオチだ。私が直接陛下と
話をつけてこよう」