945  名前:  粂八  ◆Pphe73DZjs  [sage]  投稿日:  2007/08/19(日)  13:05:02  ID:???
また投下間隔があいてしまって(´・ω・`)なところで埋め立てがてら投下  

ゲート・アウト        あらすじ  
異世界の国ボレアリアから救援要請を受けた日本政府はかの地に部隊を派遣した。  
勝利を続ける自衛隊に対して、フォリシア軍は大森林で迎え撃ち、待ち受けながら  
魔法攻撃で徐々に打撃を与えていく方針を決定、自衛隊に最初の打撃を与えた。  
一方、米国も日本の動きに気づき…。  


946  名前:  粂八  ◆Pphe73DZjs  [sage]  投稿日:  2007/08/19(日)  13:07:59  ID:???

 オベア将軍が留守にしているフォリシア首都ジェルークスから南へ数十キロ程度のところに、普段は交易船が行き交う商業港があった。  
貨物を満載した貨物船が次々と寄港し、出港するその湾の一角には、場違いな軍船が多数並んでいた。  
 それは喫水の深い横帆の外洋軍艦、輸送船だった。桟橋に接岸した軍艦に兵糧、武器等を積み込む兵士が絶え間なく行き来していた。  
街には普段の様を一変させるほどの大量の兵士が待機しており、立ち並ぶ商店などを冷やかす者もいた。  
 港の全貌を一望できる塔が港湾施設の端に立っていた。灯台も兼ねるその塔の展望室に作業の進捗状況を、陽の進み具合と比べながら  
やきもきしている司令官がいた。  
「遅いなあ…まだ搬入作業が終わらんか…」  
 黒い海軍の制服を纏ったフォリシア海軍総司令マルケル・タビラス提督は嘆息した。十センチほども伸ばしたあごひげが特徴の、  
五十代の大柄な男だった。後ろに撫で付けた髪の毛にも大分白いものが混じってきた。体格といかつい顔に反するような穏やかな性格で  
あったため、慕う者も多かった。  
「失礼致します」  
 一人の参謀が静かに室内へ入ってきた。彼はタビラスの側に立ち、たった今受けた連絡員から報告を小声で伝えた。  
「日暮れまでに完了します」  
「うむ…今夜にもすぐ発つ。兵員の収容も急いでくれ」  
「はっ」  
 参謀はタビラスと同じ光景を見渡し呟いた。  
「しかし随分と慌しく兵を集められましたな。もう少し時間があればちゃんと…」  
「陸の方が持ちこたえてる間に行かないとね。オベア君との約束があるでな」  
 彼は先日首都に戻ってきているオベアと会った際に交わした言葉を思い出した。  

 首都郊外の一等地にそびえるタビラスの巨大な邸宅の一室。幼い孫とまだ若い息子夫婦に挨拶するオベアを自室に引き込んだ彼は、  
茶色がかった蒸留酒を水で割り、グラスをオベアに手渡した。  
「城では随分こっぴどくやられてきたようだなあ」  
 渡されたグラスを握り締めて、立ったままオベアは薄笑いを浮かべた。  
「いえいえ、提督がご心配なさるほどのことはありませんよ」  
「心配なんかしてないさ」  


947  名前:  名無し三等兵  [sage]  投稿日:  2007/08/19(日)  13:09:58  ID:???
 タビラスはいたずらっぽく笑うと、最寄の椅子にすとんと腰を下ろした。五十を過ぎた彼の目尻にはすでに幾筋もの  
皺が刻まれていた。彼が目を細めると、さらにくっきりとそれは浮かび上がった。  
「陸軍ばかり楽しそうじゃないの。海軍もそろそろ混ぜて欲しいところだね」  
 オベアはかぶりを振った。  
「楽しくなんかありませんよ?負け戦とは言いませんが正直、希望なき戦いですからね」  
「そこからひっくり返したら、さぞかし楽しい戦になるだろう」  
 オベアは渡されたグラスの中身を少しだけ口に流し込んだ。喉を鳴らして飲み込むと、仕方ないなというようにひとしきり  
大きく息をつき、言った。  
「簡単に言ってくれますねえ…それじゃあ一つお願いしましょうか」  

「また軍議も通さず独断専行ですか?提督。大体、陸軍総司令のクリミ殿にまず話を通すのが筋ではないですか。  
オベア殿と勝手に話を進めちゃって…後で面倒なことになっても知りませんよ?」  
 おもむろにひげを撫でながらタビラスは答えた。  
「クリミ殿が病身で軍の指揮からは離れておられるのは知っているだろう。サイキタイ君はお留守番と事務管理が仕事だ。  
今の陸の実権はオベア君が握ってる、問題ないよ」  
 フォリシアの陸軍は総司令のロビリオ・クリミが一年ほど前に体調を崩してから二人の上級将軍カルダー・オベアと  
ドーマ・サイキタイの二頭体制となっていた。が、サイキタイは元よりデスクワークを好む性質であったため、ほとんど  
部隊の指揮を執ることはなく交渉、事務の専任といっていい状態だったため「書き物将軍」などと揶揄されたりもしていた。  
ただ、オベアや内部の人間は理想的な役割分担と評価していた。  
 タビラスは再び窓の方に振り返り、輸送船に積み込まれていく騎馬を見下ろした。陽が地平線へ近付き、光の赤みを  
増していた。  
「さて、下に降りてハッパでもかけてこようかな。君は魔導処理を施した鎖の配置を確認してくれ」  
 扉を開けてゆっくりと階下へ降りる司令官を見ながら、参謀は呆れたようにため息をついた。  

 大森林の中のオベア将軍は苦い顔で報告を聞いた。  
「結局、戦果があったのは初日だけという訳か」  


948  名前:  粂八  ◆Pphe73DZjs  [sage]  投稿日:  2007/08/19(日)  13:11:51  ID:???
 魔法の灯りで煌々と照らされた洞窟の中、顔を伏し意気消沈した魔道師隊の様子を見て、オベアは顔を緩めて頭を振った。  

「立案したのは私だ。元より君らを責める気は全くない。見通しが甘かった、それだけだ」  
 事件の翌日には動物達の持ち帰った自衛隊員の髪の毛は全て人工毛になっていた。もちろんそれは彼らが日本から  
急遽持ち込んだものだ。  
「この人工の髪の出来はどうだ。本物とまるで見分けがつかないじゃないか。全く…素晴らしい」  
 オベアは髪をつまんで皆の前に差し出した。魔道師が魔術をかけるまで、誰も人工のものだとは誰一人として  
気付かなかったものである。  
「我々が戦っているのはこんなものを油から作り出す怪物だ。だが、その怪物どもはあそこに陣を張ったまま一向に前に  
出てこない。ということは、異界の軍は森林戦をする気はさらさらないということだな。用心深いことだ…本当に頭にくるな」  
 この大森林に届くまでにかなりの補給部隊が自衛隊の爆撃機に壊滅させられていた。食料、武具にはかなりの余裕が  
あったが、魔道部材はまさかこれほど大量に必要になるとの見通しがなく、本拠からの補給に頼る他はなかった。いずれ  
対ゲート結界網の補修が追いつかなくなるのは時間の問題だった。  
 オベアは腕組みをしたまま洞窟の壁に寄りかかった。戦いが始まってから無数についた深いため息を、彼は再び繰り  
返した。肺の空気を全て吐き出して、言った。  
「行くも地獄、留まるも地獄と。どうする、退くかね?」  
「まさか」  
 部下は皆、苦笑しながら否定した。ランプの灯りが点る洞窟の中の緊迫した雰囲気が少しだけ和らいだ。  
「大臣達の前でタンカ切ってきたんでしょう?聞きましたよ」  
 オベアはやめてくれよと言いたげに小さく手を振った。  
 このまま為す術なく山の中で朽ち果てるというのは、誰も望んでいない。場では次第に打って出るべきの声も出始めて  
いた。一人の幹部が勢いにまかせて言った。  
「霧を張って奇襲をかけるのはどうだ。こちらの距離まで接近してしまえば、数は我らの方が多い」  
 オベアは彼らを何度も諭し抑えた。  


949  名前:  粂八  ◆Pphe73DZjs  [sage]  投稿日:  2007/08/19(日)  13:13:40  ID:???
「やめろやめろ。奴らはこちらが焦れて平地に出てくるのを待っているんだぞ?霧なんか出たらそれこそ奇襲に絶好の  
機会、逆に言うと喜び勇んで這いずり出てきた阿呆を一掃する機会ということだ」  
 しばらくして、座の片隅で考え込んでいた魔道師部隊の幹部が開き直ったように大きく声を出した。  
「では、一世一代の大バクチといきましょうか」  
 彼はテーブルに広げられた大森林の地図に筆で印を入れた。それは大森林で最も戦地に近い小高い山の位置だった。  
「地精湧昇五芒陣の使用、お認め頂けますね」  
 その単語を聞いて皆の眼の色が変わった。  
「溶岩招来を使う気か!?我らもただでは済まんぞ!」  
 幹部の一部は露骨に怒り出し、怒声を彼にぶつけた。洞窟の中は一気にざわめき始めた。  
「溶岩を喚ぶほど魔力はかけません。あれは制御できぬものですから…魔力を調整して火山煙を喚んでみせましょう」  
 この世界の魔法の中でも最高クラスに位置する、マグマを操り地上に噴出させる溶岩招来は、大規模な魔方陣と大量の  
賢者の石を消費するため元々戦闘には向かない魔法である。噴火してしまえば敵も味方もない大災害を引き起こすそれを使おうというのだから、他の人間が色めき立つのも当然というものだった。  
 オベアは場を静めて聞いた。  
「煙を喚んでどうするつもりかね?」  
「火山の煙の中には有毒なものもありますれば…溶岩は流れる方向を操ることはできませんが、煙であれば風魔法にて  
風量風向を変えることによって制御可能です」  
 火山ガスを利用した作戦を前々から温めていた魔道師は、ここぞとばかり熱を込めて面前の幹部らに説明した。  
幹部達の疑問はあれほどの高度な技術を持つ異界の軍が有毒ガスなど意に介するだろうかと、いうことだった。彼は  
自衛隊がまだこちらのやれることを全て把握している訳ではない、とした上で言った。  
「ですから、最初の一撃で大打撃を与えねばなりません。決して気付かれぬ様、霧と、風と、溶岩招来の三種複合  
魔法陣をもって」  
 荒唐無稽とも思われるその案をオベアは黙って聞いていた。他の幹部達もオベアの判断に一任したようであった。  
「敵に近付かずに倒さねばならないのでしょう?普通にやって普通に負けるのでよろしいので?」  


950  名前:  名無し三等兵  [sage]  投稿日:  2007/08/19(日)  13:15:38  ID:???
 ランプの光に小虫が群れる中、魔道師が決断を促すように言った。オベアはしばらく考え込んだ後、首を縦に振った。  
「…何日かかる」  
「三十…いえ二十五日でなんとか」  
「陣払いされたら終わりだな」  
「はい、ですから大バクチです。が、それで森に入ってきてくれるならそれは望むところですし、そうでなければ結界網が  
突破されたときでしょう」  
 オベアは深く頷くと、坊主頭をぼりぼりとかいて手を頭の後ろに組み、椅子に寄りかかった。  
「二十五日、結界網をもたせればいいんだな…しょうがねえなあ。全員で槍持って突撃した方がどれだけ楽かわからん  
なあ」  
 洞窟の中の皆で声を出して笑った。  

 かつて皇帝一族の居城だった建物があった。代々の皇帝が少しずつ改装し、増築してきたその建物は城砦と呼ぶには  
全く華美なものであった。やがて革命で皇帝一族は国を追われ、革命者らがその居城を乗っ取ったが、そこはやはり  
政治の中心地として使用された。他に類のないその威を破壊してしまうのは、やはり共産主義者でも惜しかったのだ、と  
誰もが思うだろう、レンガ積みの尖塔と白亜の寺院が立ち並ぶ様。まるでファンタジーの王宮を思わせるが、城壁の中では  
世界中からやってきた観光客でひしめいていた。  
 通称クレムリン。ロシア共和国の政治を一手に司る地である。多々ある宮殿の中の一室では、ハゲ上がった頭の  
目つきの鋭い男がまさに室内に入室したばかりだった。使者が恐れ入るように自国の最敬礼を取ると、彼は手を振って  
顔を上げるように促し、きつい顔を最大限に緩めて右手を差し出した。  
「待っていたよ。ようこそ、異世界の友人よ」  
 使者の右手を優しく握ると、彼は室内の中央にあったテーブルの前の椅子にドンと腰を下ろした。彼は唐突に話を切り出した。  
「で、欲しいものは何だい?」  
 まるで話す前から内容がわかっているかのような言い草に使者はうろたえた。震える声で、  
「せ、世界に冠たるロシア共和国大統領閣下にご挨拶申し上げ…」  
「御託はいい。内容と要求を簡潔に」  
「はっ、はいっ!」  


951  名前:  粂八  ◆Pphe73DZjs  [sage]  投稿日:  2007/08/19(日)  13:17:41  ID:???
 フォリシア王から派遣されてきた使者は大統領に今までの経緯を洗いざらいぶちまけた。大統領は普段のきつい表情が  
一変、終始緩んだ顔で、ときおり微笑さえ浮かべながら使者の話を聞いていた。  
 話の最中に一言二言質問を入れた。使者は彼の知識の中でできるかぎり説明した。一通り話が終わると、合点がいった  
大統領は自らの手で優しく使者の手を握り込んだ。  
「任せなさい。我がロシア軍が侵略者たちを蹴散らしてあげよう。こちらの武器も欲しいんだね?小銃に弾、訓練要員も  
すぐに派遣しよう。もう恐れなくてもいい。安心して下さい。我々は味方になります」  
 優しくかけられたその言葉に使者は涙を流して喜んだ。さっそく細部を詰めるために別室での協議が開かれることに  
なった。大統領は始終使者に優しく振舞い、協議は他に任せ官邸に戻るため、迎えの車に乗り込んだ。  
「後で奴らがアメリカへ行かなかったことに乾杯しよう」  
 車内で上機嫌の大統領は側近にグラスを傾けるジェスチャーを見せた。  
 ゲート技術を手に入れればアメリカでも欧州でも、どこでも頭上にゲートを開くことができる。そんな技術が日本に、  
ひいてはアメリカ側だけに確保されてしまったのではたまったものではない。薄々日本が何かやっているということは  
聞き及んでいたが、その決定的な技術が独占されかかっていたことに大統領は驚き、されなかったことに心から安堵した。  
「しかし今自衛隊とやり合うことは避けたいな…我がロシア陸軍が負けるとは思わんが無傷で済む訳がないし…さて、  
どうやって話をつけようか」  
 側近は恐ろしい計画を語った。  
「日本が拠る国を滅ぼさせてしまえば、ゲート技術はロシアが独占できますね」  
 かつてKGBで暗躍した大統領はふふん、鼻で笑い答えた。  
「今度は異世界で代理戦争か。君らも好きだな」  
「異世界で『何か』があってもお互いこちらでは他言無用ということに…まあ、それは日本もわかっているとは思いますが」  
「とりあえずまだブチ当たるのは早い。近日中に首脳会談を要請しておいてくれ」  
「畏まりました」  
 言うと側近は手早く彼のスケジュールの整理を始めた。  


675  :粂八  ◆Pphe73DZjs  :2007/10/24(水)  01:11:33  ID:???
またしばらく振りに投下するんです(´・ω・`)  
ごめんねおじさん書くの遅くてごめんね  

ゲート・アウト    あらすじ  
異世界の国ボレアリアから救援要請を受けた日本政府はかの地に部隊を派遣した。  
勝利を続ける自衛隊に対して、フォリシア軍は大森林で迎え撃ち、待ち受けながら  
魔法攻撃で徐々に打撃を与えていく方針を決定、自衛隊に最初の打撃を与えた。  
米国が情報収集する中、フォリシア軍は火山を魔法で動かして攻撃を加えることを決定、  
海軍も奇襲をするため、動き出した。  
一方、フォリシア政府は異界の大国の一つであるロシアに助けを求めていた──  


676  :粂八  ◆Pphe73DZjs  :2007/10/24(水)  01:15:01  ID:???
 ボレアリア軍の斥候が描いてきた似顔絵を見て、日本にある自衛隊の作戦本部に緊張が走った。  
「間違いないか」  
「面影がありますね。名前も同じですし、間違いないでしょう」  
 幹部の一人は十数年前に撮られた写真と見比べて言った。  
 フォリシア軍幹部に異界人の、つまりこちらの世界の妻を持つ人間がいるという情報が入ったのは、つい先日のことだった。自衛隊は  
ボレアリア軍に対し、敵の首都に潜む斥候から当該人物と思われる女性を調査し、似顔絵を送ってくれるよう、協力を要請していた。  
 それが先程届いたのである。  
「十年前に捜索願が出ていました。旧姓名、里吉  遥、現在はフォリシア陸軍上級将軍カルダー・オベアと結婚してハルカ・オベア。  
…家族は両親、弟が健在です」  
 作戦本部は困惑の空気に包まれていた。異世界に定住していた日本人が明らかになったのはこれが初めてだったが、毎年数千数万と  
発生する行方不明者のどれくらいが異世界に住み着いているのか見当が付かなかったからだ。ボレアリアからの説明では、迷い人はすぐ  
送り返していたが他国のことはわからない、との返答であった。  
「あっちに住んでる人が勝手にこっちに戻ってきて、我々の行動に難癖をつける、などということは『起こらない』だろう」  
 ボレアリアからの返答では送り返していた人数はそれなりに上る、とのことだった。異世界から戻ってきて、そのことを知人友人に語った  
者もそれなりにいるのだろう。しかしそれが世間に信じられた例は一度もない。  
「とはいえ、彼女の知識は銃と戦車と戦闘機、ミサイル。そのくらいでしょう。特段、注意するほどのことはないかと」  
「ま、一応上にあげておこう。これが日本に帰りたいとか言ってきたらまた面倒が起こる」  

「お母さぁん、今まで友達だったのに、あいつら、僕のこといじめるんだ!」  
 オベアの息子はまだ午前中にもかかわらず、早々に自宅に帰ってくると母に泣きながら訴えた。  
「…お母さんにもわかるように、落ち着いて、ゆっくり話して頂戴?」  
 興奮してわめきたてる息子に、母は含めるようにゆっくりと話しかけた。べそをかいていた息子も徐々に落ち着きを取り戻してきた様子  
だった。彼は戦が始まってから級友達の態度が急変したことを少しずつ語りだした。  



677  :粂八  ◆Pphe73DZjs  :2007/10/24(水)  01:17:15  ID:???
「…お母さんがね、異界人だから異界軍の密偵なんじゃないかって言われたんだ。それで僕が違うよって言ったら、おまえは  
異界の血が混じってるから汚いって…」  
 彼の通う学校は元々貴族の子息達を通わせる学校だった。今は上級将軍とはいえ、元は平民のオベア家では場違いと  
言われても仕方のないところだった。元々疎外される種はあったのだが、彼の社交性と明るさで芽が出ないでいたのである。  
それが戦争というきっかけで、周囲の子供達の中にむくむくと湧き上がってきたのだ。  
「今まで仲良くしてくれてたアミールも急に冷たくなっちゃったんだ!僕、何にも悪いことしてないのに!」  
 同級生から無視されたり、陰口を叩かれたりするくらいなら我慢できたが、親友が逃げていくのは八歳の子供には辛かった。  
 何度か家に遊びに来たこともある友達の名前を聞いて、ハルカはさらに顔を曇らせた。  
「僕、もう一人ぼっちだよ!?お母さんは異界の人だけど、全然悪人じゃないよね?何でみんなお母さんや僕まで異界軍の  
仲間にするんだ…」  
 幼い息子にはまだその辺の事情を理解することはできなかった。母はただこの事がきっかけで子供の心が歪まないように  
フォローしなければ、と思案した。  
「とりあえず学校はしばらく行かなくていいから…」  
 戦が始まってからあまり外には出ていないが、薄々ながら周囲の自分を見る目も変わった気はしていた。大人だから  
直接的には態度に出ないかもしれない。しかし子供は容赦がない。  
 息子にこれ以上子供の純粋な悪意を浴びさせると良くないと判断したハルカは、学校を休ませることにした。  
 父はまだ遠く大森林で静かに戦いを続けていた。  

 フォリシアの宮城では、魔道評議会からの使者ヴィアーノ・パーブルジュージが苦虫を噛み潰したような顔で、国王  
アンクヴァール4世へ批判をぶつけていた。謁見の間の空気は重く苦しかった。  
「あれほど異界軍との接触を批判していた貴国が、まさかその仲間入りをしてしまうとは…正直、失望しましたぞ」  
「…君らは大きな隠し事をしたね。我が国の都合も考えてくれたのか?向こうが賠償金は無くてもいいと言っているのを  
前から教えてくれていれば、こうはならなかった」  
 国王は白い目で使者を見ながら、静かに呟いた。  


678  :粂八  ◆Pphe73DZjs  :2007/10/24(水)  01:20:30  ID:???
「それは…異界の者がこの地に留まる選択肢は許されないからだ!貴国にもこの世界の安寧のための犠牲、負担は負って  
頂かねばならん!」  
「そんなことは知ったことではない!」  
 国王は声を荒げて使者の答えを否定した。彼は慌てる周りの侍従を見て小さく咳払いをし、呼吸を整えると再び強く語り  
だした。  
「君らの都合で我が民の血税を差し出せとはどういう了見だ?全てはこの国、我が民がより豊かに暮らすため、始めたこと。  
今更民に、失敗したのでツケを払ってくれ、などと言えぬわ!そのためなら誰と組もうが…悪魔に魂を売ったとしてもこの国を  
守る。それとも異界の軍と互角に戦える戦力を評議会は持っているのですかな?もしそうならば、その戦力を貸して頂けるなら  
考え直さんでもないが…」  
 以前交渉に訪れた時と同じく、顔を下げたまま深く深くため息をついた使者は、パッと顔を上げると言った。  
「もはや話し合いの余地は無き様。では、これにて話は終わりですな。…失礼」  
 反転しそのまま謁見の間を出ようとした使者の背中に国王が声をかけた。  
「引き上げる評議会の研究員、駐在員達は責任を持って送り届ける。残る者の処遇も心配無用だ」  
「…お心遣い感謝致します」  
 使者は後ろを見ないまま頭を下げ、間を出た。  
 宮城の出口へと向かう廊下の途中、待っていた部下を見つけた彼は首を横に振った。  
「駄目だったよ。君は先に宿に帰って念話の魔方陣の用意を」  
 精神系の最高クラスの魔法、念話を使える者はごく僅かに限られていた。この魔法は精神感応の適性が無い者は習得  
できず、莫大な魔力、複雑な魔方陣を使う、相手の体の一部を持っていなければいけないと、ハードルが高い魔法である  
ためだ。最高の魔道師をかき集めることのできる軍であっても、フォリシア軍が三名、ボレアリア軍が四名、といった具合だ。  
もちろん魔法の研究機関でもある評議会では、それより少しだけ習得者は多かったが、それでも二十人に満たない程度だった。  
 城を出て馬車に乗り込み、投宿する高級旅館へと戻ったパーブルジュージは着替えもせず、魔方陣を引くよう指示した  
部屋に向かった。  


679  :粂八  ◆Pphe73DZjs  :2007/10/24(水)  01:22:20  ID:???
 暗く光の入らぬように締め切られた部屋の絨毯の上には、両手を真横に広げた程度の円の中に複雑な文字文様が魔道用の  
塗料で描き込まれていた。  
「用意は整っております、副議長」  
「うむ…」  
 部屋の隅で先程の部下が恭しく頭を下げた。  
 パーブルジュージは魔方陣の中心にどかりと腰を下ろし、懐から小さな布の包みを取り出した。中にはこれから会話する  
相手の髪の毛が入っている。彼はそれを胸に当てて呪文を口の中で呟き始めた。念を持ち主へと遡らせ、精神の入り口を  
少しだけつなぐ工程だ。  
(ヨーラ、私だ)  
 呟きを聞きつけた相手が心の中で声を返してきた。  
(これは副議長、少々お待ちを…)  
 自分も習得していることはもちろんだが、念話を受ける方は魔方陣こそ要らないとはいえ、魔力を使う上に精神集中  
しなければ一、二言交わすこともままならない。念話に集中できる環境を整えねばならなかった。  
(お待たせ致しました)  
 しばらく後、相手から心の声が返ってきたのを確認したパーブルジュージは今日あったことの顛末をかいつまんで話した。  
(…そういう訳でこちらの世界に異界の大国の軍が二つも駐留することはもはや避けられぬ。この話が広がったら…)  
(…長老の立場がまずくなりますね)  
(私が戻るまで、反長老派を抑えていてもらえるか?ヨーラ。長老に責を負わせるわけにはいかん。あくまで交渉に失敗した  
私の責任だ)  
(は…お任せを。なるべく早めにお戻り下さい)  
(よろしく頼む)  
 パーブルジュージはすっくと立ち上がると隅に控えていた部下に言った。  
「私は明朝出立する。研究員などへの連絡、事後処理は任せる」  
 彼は魔方陣の引かれた部屋を出て自室へ戻った。陽はまだ高く正午を過ぎたばかりだった。  

「…大幅に手を変えねばならんなあ!…まいったね、こりゃ…」  
 都内、某料亭の一室。陽も地平線の下に落ちてしばらく経った頃、首相は賓客を待つテーブルの一角に陣取り、側近に  
愚痴をこぼしていた。  
「奴さんら、向こうから東京へお出ましだとさ。よっぽどこの件について話したかったんだろうなあ」  


680  :粂八  ◆Pphe73DZjs  :2007/10/24(水)  01:23:45  ID:???
 つい先日、ロシアとアメリカの首脳筋から早急に来日したいと立て続けに要請があったのだった。東アジアの核問題に  
ついて会談を持つというのが表向きの内容である。この三国で、衛星写真から某国に有事の兆候などが見られる、などと  
強引にでっち上げて急な日程に都合をつけていた。  
「客人のご到着でございます」  
 陰から小さく囁かれた声で首相は部屋の入り口に目をやった。  
 しばらくして多数の供を引き連れて米国の大統領が姿を現した。首相は立ち上がり、ニヤリと笑い右手を差し出した。  
大統領は笑みを浮かべつつも、フーと小さくため息をついた。一息おいて差し出された手を握った。  
「ロシアが噛み付いてくるとは計算外だったろう?私としても、もう少し様子を見てから口を出すかな、というつもりだったの  
だが…もう、そうもいかないな」  
「…ま、続きは全員揃ってから…」  
 数分後、頭のハゲ上がったロシアの支配者も無愛想な顔をして現れた。先にいた二人に手早く挨拶をすませると、彼は  
さっと座布団に腰を下ろした。  
 落ち着いたところで、首相は胡坐をかいたまま両手をテーブルについた。  
「…えー、では御二方、昼間の偽会談お疲れ様でした」  
 そう言って軽く頭を下げた。通訳の間が一瞬おかれた後、相手の二人はクックックと小さく声を出しニヤついた。  
「では、メシでも頂きながら本番と参りましょうか」  
 ほどなく前菜の季節野菜の盛り合わせと食前酒が卓に並び始めた。  
 首相は再び口を開いた。  
「食前酒は皆さんシャンパンなど召されるようですが、せっかく日本に来たのですから、今日は梅酒などいかがかな」  
 小さなグラスに注がれた琥珀色の液体を、露大統領はグラスに目を寄せて覗き込み、一口くっと飲んだ。  
「随分甘い酒だ」  
 彼はそう呟き、口元をむずむずさせた。  
「氷砂糖を使う酒ですから…甘いのは苦手ですかな?別のものに取替えさせましょうか」  
「いや、いい」  
 首相が店の者を呼ぼうとすると、露大統領は手を小さく振った。  
「日本では最後にやらかすことを『詰めが甘い』と言うんだろう?そのお陰で我々も助かったという話さ」  
 彼はそのまま酒を口に流し込み続けた。  
「まったく…恐るべき『核の運搬方法』を独占されるところだったとは」  
「やっぱりそれか」  


682  :粂八  ◆Pphe73DZjs  :2007/10/24(水)  01:24:51  ID:???
 米大統領が顔を険しく変えて口を開いた。  
「相手の直上にゲートを開けば爆発するまでわずか数秒、迎撃などできようはずがないからね。我が合衆国が大金を  
はたいて開発した弾道弾防衛もすっかり無駄になった」  
 と、首相に視線を向けた。首相は肩をすくめて言った。  
「余計なことをしたな、とでも言いたいのですかな?日本政府はそんな事を考えたことはない。移動時間の短縮に目を付けた  
だけだ」  
「誰かが考えれば一緒だ。一人だけ善人面されても困る」  
 すかさず合いの手が入った。  
 前菜を口にする少しだけの時間、室内に静寂が訪れた。露大統領は器用に箸で食べていたが、米大統領はフォークを  
使った。  
 しばらくの間の後、唐突に米大統領が口を開いた。  
「まあ、今日ここに言いに来たのはね。率直に言わせてもらうと、ロシアが軍を駐留させるなら合衆国もさせてもらうよ、と、  
そういう事だ」  
「おや、アメリカは中東だので忙しいんではないのかな?それほど軍の予算が有り余ってるとは羨ましい」  
 露大統領がすかさず皮肉を返した。  
「安いものだろう?兵器の開発費用に比べたらね。軍事援助なんかいくらやっても全然安いよ」  
 米大統領が見透かしたように鼻を鳴らし、口元を緩めた。  
 過熱しかけた空気を察した首相が柔らかい口調で言った。  
「重要なのは、これ以上話が広がるのを避ける事。他国には決して漏らさないよう…それは御二方とも承知してますかな?」  
「無論」  
「もちろん。参入者が増えると、向こうのコントロールが難しくなるしね」  
 二人は時をおかず答えた。  
「では刺身でも食いながら、今後のことについて語りましょうか。『和やか』にね」  
 首相がパン、と手を鳴らすと様子を窺っていた店の者が次の皿を手早く並べ始めた。