868  名前:  ◆Pphe73DZjs  2006/05/27(土)  23:01:43  ID:???  

下手くそですが、思いついたままに書いてみたので投下。  


 草は緑色をしていた。空は青い。呼吸に不都合もなかった。しかし生き物の姿だけはどこか見慣れぬもの  
ばかりであった。トカゲに翼が生えたようなのが空を舞っていた。虫は良く見る昆虫類の類とは姿は似ている  
ようで、決定的に違う。巨大なのであった。  
「古生代は地球もこんな感じだったのかもな」  
 森林の中に幾人が踏み固めて作った小道を装甲車とトラックが数台列を作り、土煙を上げて走っていた。  
上部のハッチから辺りを一通り見回して、まだらの迷彩服とヘルメットを被った若者がポツリとつぶやいた。  
「古生代ってなんだっけ?」  
「中生代の前だよ。中学の時にやったろ?」  
「ああ、思い出した。恐竜のいた時代の前のやつだ」  
 少し草木の丈が低くなり開けた場所に出たところで、車両の列は停止し、巻き上がっていた埃も多少落ち着いた。  
「よし、降りてみるぞ」  
 中年と呼ぶにはまだ早そうだが、中肉中背、物静かな風体からすでに貫禄を感じさせる。この先遣隊の総責任者、  
久口1等陸尉が隊員達を車から降ろし整列させた。ぞろぞろと車両後方の扉から出てきた隊員達は総勢30名前後。  
みな独身者ばかりである。  
「息苦しい奴いないかー?  体が重いとか、異常を感じる者はすぐ言って」  
 特に名乗り出る者もいなかったため、彼はとりあえず安堵した。酸素濃度が足りない、気圧が変だ、など  
基本条件が違えば立てられる作戦もずっと制限されてしまうのは明白だ。  
「環境面はあまり変わらないようですね…まあ変わっているのなら、あなたがあっちでけろっとしている訳は  
ないですから、当然ですか」  
 彼は少し離れて隊の様子をうかがっていた、珍妙な服装──肩に尖ったパッドを付けた詰め襟のような服を  
着た人間に声をかけた。  
「ですから助けを求められる、とも言えます」  
 こちらの国の軍服を着た男は、フフ、と口元を緩ませた。  



869  名前:  ◆Pphe73DZjs  2006/05/27(土)  23:05:05  ID:???  

「我が国は今、危機に瀕しています。どうか異界の力をお貸し下さい!」  
 使者と名乗った赤目の異人は訴えた。  
 20XX年、日本の某地域で異人と共に発見された一かけらの鉱石──彼は『賢者の石』と呼んだ──は研究者達を  
仰天させた。その石は巨大な磁界を思うように操ることが可能で、超電導を恐るべき低コストで実用化させる  
ことができ、さらに悲願の核融合さえ手の届くところにあるかと、彼らの期待を留まることなく膨らませた。  
学会で発表して世界を驚嘆の渦に巻き込みたいと誰もが興奮した。しかしそれが異世界のものであると知れる  
や、この件は闇のうちに葬り去られたのである。表向きは。  
「興味深いことだが…うちもそうホイホイと軍隊を出せるわけでもないのでねぇ…」  
 都内某所。内閣と主な自衛隊幹部が円卓に集う秘密会議の席で切々と訴える使者の声を前に、総理大臣  
コイズミは苦笑いをしながらつぶやいた。  
「…ま、研究者なんかが騒いでるけど賢者の石は驚いたよ。あれが無かったらただの変な人だったからね、  
君も…ああ、こりゃ失礼。バカにする気はないんだ」  
「いえ、それはこちらも理解しております…」  
 内心を全く顔に出さずに使者は答えた。時折、蛍光灯が珍しいのか、視線を上方に向けることが何度かあった。  
「親書は読ませてもらったよ。これにしても君の喋ってる言葉にしても翻訳魔法っていうの?  面白いねぇ、君の  
世界じゃ言葉が通じなくて困るってないんだろうな」  
「いえ…魔法を使えなければやはり言葉は通じません」  
 使者は他愛の無い質問に少々苦笑いを浮かべた。  
「まあうちの近くにも某覇権国家があるからよくわかるんだよ、言うことは。君の国は実際に攻められててとても  
まずい状況だ、と」  




870  名前:  ◆Pphe73DZjs  2006/05/27(土)  23:06:46  ID:???  

 使者は手応えありと考えたのか、一気呵成に訴えた。  
「このままでは国の存亡の危機。私どもの世界には、もはや助けを求められる国はありません。異界の国に  
でも助けを求めるより他は無かったのです」  
「フフフ…ねぇアソーさん、まるで漫画の話のようじゃないかな、大好きだったでしょそういうの」  
 総理は一つの席の方を見ておかしさをこらえきれないように、目元をニヤつかせた。名指しされた強面の  
閣僚は笑いながら手を振った。  
「やめてくださいよ…真面目な話ですって。失礼ですよ」  
「ふむ、じゃあ真面目に話しましょうか」  
 ニヤけた表情は消え、眼光が使者を指した。頭の中で推敲する時間を少しだけ取ったかのように間をあけ、  
言った。  
「率直にいきましょう。君の来た方法ね、あれを見返りに提供して欲しいんだ」  
「は…ゲートですか…?」  
 もっと具体的な『もの』を想像していたのだろうか、使者は質問の意図を取れず、怪訝な顔をした。  
「ゲートとやらは、こちらで扱えるものなのかな?」  
 ここで意図をつかんだ使者は首を横に振った。  
「…できません。こちらの世界には魔素が世界に満ちていないので。魔法を使えないのです。魔素を集めて  
具現化させる能力が魔法と言われているのです。向こうでかけて、こちらに来るというのであればそれは  
できますが…」  
「帰るときはどうするの?」  
「期日に向こうから開けてもらう手はずになっています」  
「うーん、一方通行ですか…」  
 総理は一度大きく頷くと、椅子を閣僚の方にガタリと回した。  
「どうでしょう、皆さん」  
 彼は周囲に視線を2度、3度振り回し、発言を促した。話の内容自体が普通人にはとても真剣味を感じさせない  
ものである。雑談に興じる人間も少なくなかった。一時雑談を止めて口にした意見もやはり軽口の延長のような  
言い方のものが多かった。  


871  名前:  ◆Pphe73DZjs  2006/05/27(土)  23:07:57  ID:???  

「自衛隊を出したとして、魔法とやら得体の知れない攻撃にどの程度対応できるのか…」  
「オイシイかもしれませんが、さてリスクは…」  
「あちらから2つ開いて通り道に使わせてもらいましょう。相対性理論破れたり!  というのはまあ科学者に任せて  
おくとしましょうか、ハハハ」  
「軍事、産業、宇宙開発…全て日本が革命を起こせますね。検討する価値はあるのでは、総理」  
「まあ今回は地球の他国が絡むわけではないですから、専守防衛には問題ないかと…ンフフフ。実戦さながらの  
演習ということで…」  
 戸惑う者もいたが、閣僚は口々に肯定の意見を述べた。  
「よし!」  
 騒がしくなった室内を再び静寂に戻したのは、パチンと手を打って言った総理の一声だった。  
「じゃあまず交渉してみて、いい感触だったら魔法がどんなもんか、先遣隊を出して調べてきてもらいましょうか。  
データを元に統幕の方で作戦をお願いします」  
 彼は先程からかった閣僚の一人を見ると再び目元を緩ませた。  
「漫画でいろいろあったよねぇ、こういうの。アドバイスお願いしますよ」  
 閣僚は苦笑いしながら答えた。  
「私ならドラマチックな展開は避けますが…漫画だと間違いなくボツでしょうな」  
 意味のわからない使者をよそに、室内は笑い声で包まれた。  



686  名前:  名無し三等兵  2006/08/12(土)  07:31:33  ID:???  

 地球と変わらぬ青い空に、突き出す尖塔が日光の照り返しを受けて白く輝いていた。尖塔の元には支配者の  
威厳を誇示する城。白く塗られた城下を一望する城である。華美な装飾は控えられていて、シンプルに、強固に  
作られていた。  
 城下を離れること数キロほどの野原で先遣隊は待っていた。国王からの入場許可をもらうために使者が  
事情を説明しに先に発ったのである。  
「ここが首都か。戦時にしては活気があるな」  
 眼前に広がる建物の群れを大勢の人が引っ切り無しに通り過ぎていく。荷車を引いた人、背負子で大量に  
荷物を背負った人、観光に訪れたであろう若者…皆が大通りから少し離れたところに止まる異様な乗り物と  
見たことのない服を着た兵隊を訝しげに覗いていくのだった。  
 小一時間も経った頃、街の方から馬に乗った騎兵と思われる数人の部隊がこちらに近付いてきた。彼らは  
装甲車を不思議な顔で見回した後、威圧的に話しかけてきたが言葉がわからない。隊員も隊長の久口も首を  
ひねるばかりだった。  
「埒があきませんね。どうしましょうか?」  
 近くの隊員が久口にささやいた。  
「まあ事情を説明しろ、か退去しろ、のどっちかだというのはわかるけどな…参ったね」  
「お前等、そこで何をしてる!」  
 遠くから、聞き慣れた使者の声が響いてきた。道の向こうからおそらく王室の紋章であろう文様が刻印された  
馬車が近づいてくる。使者は窓から身を乗り出して騎兵達に引くように指示していた。  



687  名前:  ◆Pphe73DZjs  2006/08/12(土)  07:32:42  ID:???  

 やがて馬車が隊の側に止まり、騎兵は敬礼の姿勢で車を降りる使者を迎えた。  
「衛兵が失礼した。命令が行き渡ってなかったようだ」  
 使者はバツの悪そうな顔で詫びを入れた。  
「いやいや、街を守る任務を果たしている彼らに罪はないですから。彼らから見ればどうしても変な人ですから  
ね…自分達は」  
「これから彼らにもきちんと認識して頂く…入城の許可が出ました。行きましょう」  
 ドルン、と車列のエンジンがかかり、馬車の後について進み始めた。動物の引く車しか見たことのない市民は  
自動車に奇異の視線を送りながら、彼らの行列を見送った。  
 城門を過ぎた広場で彼らの車列は停止した。その車列をはるか上空の尖塔の中ほどにあるテラスから  
見下ろす人間がいた。  
「不思議な乗り物だのう。動物が引くでもなく勝手に走るのか」  
 車列を見ながらつぶやいた老人に、側に控える男が答えた。  
「報告によりますと何でも油を燃やして走る『自動車』と呼ばれる乗り物だとか…」  
「ふむ。油を燃やして走るとは意味がわからんな。まあその辺の説明も聞くとしよう。では謁見の間に下りると  
しようか」  
「は」  
 金糸で装飾されたローブを翻し、初老の男はゆっくりとテラスの階段を降りていった。  



688  名前:  ◆Pphe73DZjs  2006/08/12(土)  07:33:32  ID:???  


 久口は使者の後について謁見の間に入った。鎧と槍の衛兵が立ち並ぶ中、迷彩服の隊員はまさに異色の  
存在であった。目の前に引かれた赤いじゅうたんの先には、テラスにいた老人が待ち焦がれたように目を  
輝かせていた。  
「この指輪を。翻訳の魔法が封じてあるのでこちらの言葉も理解できるようになるはずです」  
 使者は久口に魔方陣の意匠の施された銀の指輪を手渡した。彼が小指に付けると絨毯の向こうの男が話し  
始めた。  
「この度は我が国の要請に応じて、よく来て下さった。私はこの国ボレアリアを治めるゲルク8世という者だ」  
「そちらの世界での友好の証は手を握ることと聞いた」  
 王は彼に歩み寄ると、右手を差し出し悪戯っぽく笑った。  
「ボレアリア先遣隊隊長、1等陸尉久口慶彦と申します。よろしくお願いします」  
 習慣も相当に違うだろう、要らぬ失礼はしないかと内心おっかなびっくりであった彼も、思わぬ気遣いに顔を  
緩めた。こちらの情報をどこから得たのはわからないが、使者もそれなりの知識を持っていたのだから、  
あちらには多少の予備知識はあるようであった。  
「近衛筆頭補佐官フワン・シエリ、大儀であった。引き続き彼らの世話は一任する」  
「はっ」  
 使者は国王の言葉に深く頭を下げた。  



689  名前:  ◆Pphe73DZjs  2006/08/12(土)  07:34:52  ID:???  


 その夜、歓迎の晩餐会が催され、隊員達が異界の酒に酔っていた頃、使者フワンが椅子に座っていた久口に  
小さく耳打ちした。  
「話がある。外に出よう」  
 迎賓館の中庭には、豪勢な彫像の噴水がそびえ立っていた。彫像の乙女が肩にかけた水がめからとめどなく  
水があふれ出る噴水の横、王直属の近衛隊の制服の男が口を開いた。  
「軍の幹部らが君らのことを快く思っていない…自分らがふがいないせいでこうして異界から援軍を呼ばなければ  
ならなくなったのを棚に上げて、仕方の無い奴らだ。本来なら我々近衛隊が説得しなければならなかったのだが、  
どうもね」  
 フワンはため息をついて一旦息をついた。  
「…護国卿、実質軍のトップだな。そいつが頭の固い奴で『魔法も使えぬ異界の兵に何ができる!』と。彼らに  
協力を拒まれたらまずい」  
 久口はその話の続きを瞬時に理解した。  
「つまり、力を見せろ、と」  
 フワンは申し訳なさそうに頭を下げた。  
「私の力がふがいなくてすまない。装備もあまり持ってきてないだろうが、何とかやってもらえないか」  
 久口は心配には及ばないと、首を振った。むしろ嬉しそうな表情すら浮かべたことに、フワンは内心驚いた。  
「こちらでは『縛り』は無いからね。存分にやらせて頂こう。隊員たちも体がなまってしょうがないと嘆いていた  
ところだ」  
 先遣隊が持ってきた武器はそれほど多くはなかった。装輪装甲車に乗っている擲弾銃が一つ、隊員分の  
自動小銃と迫撃砲、携帯SAM、対戦車ロケット、野外炊具、野外洗濯セットなど携帯武器が中心である。  
地上の他国への派遣とは無関係なのでおおっぴらに武器使用できるとはいえ、先遣隊ということで様子見、  
戦闘はないという話だった。  
 腕試しとはいえ、どんな敵と戦わされるかわからない。久口は内心少し動揺していたが、表に出すと立場が  
悪くなると思い、笑顔の仮面で顔を覆った。  



678  名前:  名無し三等兵  2006/09/30(土)  23:37:07  ID:???  


 翌日、軍の会議に参加を要請された久口は、その頑迷な軍のトップと早速向き合うことになった。  
「この度の謀議は全て近衛隊主導で行われたというではないか!戦の浮沈に関わるそのような重大な出来事を  
我々に任せられないとは何事か!」  
 紫の軍服を着た中年口ひげの男がいきりたって叫んだ。護国卿ヴァリアヌス・スピラール。数代にわたって  
国軍の重職を占める名家中の名家である。  
しかしその一家が永く軍を治めていることの弊害は著しく、半ば私軍と化した国軍の様を憂慮する者は多かった。  
近衛隊のトップであるフワンもその一人である。  
「『百戦百敗のヴァリアヌス』がまた大きな口を叩くもんだのう。先代はもっと戦略の才能があったが…あんたの  
代でどれだけ領土が減った?ん?」  
「何を!?」  
 護国卿の向かいに座る、御歳72になる内務卿エラリオ・レイエスが嫌味たっぷりに言った。軍を統べる  
ヴァリアヌスに正面から意見をぶつけられる者は、重臣にもそう多くはなかった。皆、心の中で内務卿に喝采を  
送った。  
「異界に援軍を要請するのは王が直々に仰ったこと。護国卿といえども独断で覆してもらっては困りますな。  
王に直接抗議してはいかがか?」  
 長テーブルの少し奥の方に座っていたフワンが畳み掛ける。  
「くっ…王よ」  
 すがるように一番奥に座る王を見たヴァリアヌスだったが、ギラリと睨んだ王の視線に射すくめられてしまった。  
「軍に充分な戦費と装備を与えてやれなかったのは私の不徳の致すところだが、それでもその中で敵を押し  
返せなかった君の責任は重い。以後、口をはさむな」  
「ほ、他の誰がやろうと戦況を変えられたとは思わぬ!失礼する!」  
 護国卿は大きく椅子を鳴らして立ち上がり退席していった。  
 彼が去ったのを見て少しだけ室内が和んだ雰囲気になった。王がオホン、と咳払いをして久口の方に視線を  
向けた。  



679  名前:  前スレ685  ◆Pphe73DZjs  2006/09/30(土)  23:38:19  ID:???  

「まあ、そんな訳だが、やはり異界の軍がどれだけできるのか不安に思っている者がいることも事実でな…。  
小隊で来たのは知っているが、事情を汲んで一仕事頼まれてもらえんかな」  
 久口は頷いて答えた。  
「こちらとしても実戦の資料、経験を少しでも集めておかないとあとで困りますから。喜んでお引き受けしましょう」  
 再び久口と王はがっちりと握手した。  

 深い森の谷間、細い小川のほとりに住まう魔法の竜。それを退治を命じられた久口ら先遣隊は部隊と助力は  
できないが助言はできる、とついてきたフワンの近衛魔道師隊数名に先導されて森が開け川のせせらぎが  
かすかに聞こえてくる場所を進んでいた。  
 話によると森の近くに住む住民が最近現れたファイアドラゴンに相次いで襲われ、死亡した者もいるという。  
本来ドラゴンは知性が高く、滅多に人など襲ったりはしないはずなので皆、当惑していたのだが、そのままに  
しておくわけにもいかず討伐隊を出そうとしたところに、運悪くと言うべきか、彼らの部隊が到着してしまったのだった。  
「大きくて、堅く、とにかく強いです。空も飛べます。私はドラゴンと戦ったことはありませんが、腕利きの魔道師  
が何人もかかってようやく倒せるような強大な生き物だと聞いております。数百人の軍隊がたった一頭の  
ドラゴンに全滅させられたという話も…」  
 魔道師の一人が簡潔にドラゴンの特徴を述べた。先程までは未知の乗り物トラックの挙動にいちいち、  
おっかなびっくりという感じだったが、乗り心地にようやく慣れたようで  
彼は敵の特徴を話し始めた。  
「普通の剣では歯が立ちませんねぇ、斬馬刀なら何とか…まあ剣を使う距離まで近付けないんで、難しいんですが。  
ただ皆さんの使う武器は剣じゃないみたいですね」  
「金属の弾を当てるんですよ」  
 隊員の一人が小銃を目の前に突き出して見せた。  
「弾を当てる…?弾弓のようなものですかね。矢も強力な弩でないと刺さらないくらい堅いんですよ」  


680  名前:  前スレ685  ◆Pphe73DZjs  2006/09/30(土)  23:39:33  ID:???  

「ま、論より証拠。やるだけやってみましょうか」  
 ファイアドラゴンは空を飛び火を吹き、火炎系の魔法も使いこなすということだった。下手をすると山火事に  
なるかもしれない、注意するようにとも念を押された。魔道師隊もある意味消火のために同行しているような  
ものだ。  
 道幅が徐々に狭くなり、ついにトラックが通れるほどの広さもなくなった。ここからは徒歩で川のほとりまで  
行かなければならない。  
「もう近いです。魔力がビンビンに伝わってきます…」  
 隊列の後ろに隠れた魔道師の一人が呟いた。  
「わかるのか?動いてるのかどうか教えてくれ」  
 久口はドラゴンの魔力におびえている魔道師に聞いた。  
「あまり近づきたくないんですが…」  
「舞台が森林だからいいんだ。巨体のドラゴンは木の密集地帯に入ってこれないだろう。休んでいるようなら  
奇襲する」  
 音を出さないように、そろそろと小川へ近づく。やがて隊員の一人が目標を発見した。  
「ドラゴン発見」  
 体表が緑色のアニメや漫画から出てきたようなグロテスクな怪獣が、川の横で身を横たえていた。腹が  
緩やかに動いているので、おそらく寝ているのだろう。背には巨大な翼が生え、体は象よりも一、二回りも大きい  
ように見えた。これではさすがに矢が刺さってもとげみたいなものだろう。魔道師が恐れるのも無理はないと思われた。  
 久口は一旦部隊を止めて、静かに無線で言った。  
「散開して一斉射撃する。各自木の陰に隠れて合図を待て。携SAM班は空の見通しのいい場所で待機。  
決して相手の射程に入らないように、距離を保って撃つんだ」  
 彼は随伴してきた魔道師たちに安全な所で待機しているように言った。  
「魔法のない異界で磨かれた戦闘の姿を見るといい」  
 言い残すと、彼も配置に付いた。数十メートル離れた位置から小銃の狙いを定める。的が大きいのではずす  
事はないだろう。  
「撃てぇっ!!」  


681  名前:  前スレ685  ◆Pphe73DZjs  2006/09/30(土)  23:40:58  ID:???  

 合図とともに乾いた銃声が連続して森の中にこだまする。ボツッボツッとドラゴンの体に無数の小さな穴があく。  
「よし、銃弾は通るな!」  
 ドラゴンは森が震え上がるほどの咆哮をあげ、森林に炎を放った。数本の木と雑草があっという間に焼き尽くされる。  
しかし隊の位置ははるかに遠い。射撃は続く。  
 ドラゴンも敵が茂みに潜んで撃ってきていることに気付いたようだった。炎で木を消し飛ばしながら林のなかに  
踏み込んできた。同時に魔法で作った大量の火球を木の隙間に通して反撃を開始した。  
「低い体勢を保ったまま、射撃を続けろ!根比べだ!」  
 あちらこちらに火が燃え移ったが、射撃は続いた。ドラゴンの巨体が次第に血の赤で染まってくる。血が焦げる  
匂いがあたりに充満し始めた。しかし小銃程度の豆鉄砲では特段、きいたような様子は見られなかった。  
皮を切ったようなものなのだろう。  
 数十メートルほどドラゴンが陸地に入り込んだところで、携SAM班から連絡が入った。  
「見通しが良くなってきました。狙いますか?」  
「まだ木がある。飛ぶまで待て。逃げるか上から火をばら撒くかするために、いつか飛ぶはずだ。はずすなよ」  
 ドラゴンが進むにつれて部隊もじりじりと後退しながら応戦し、持久戦の様相を呈してきた。戦況が変わったのは、  
魔道師たちがおろおろしながら周囲に散った火を冷気系の魔法で消し始めたときだった。ドラゴンがその魔力の  
動きを察知したのだ。  
 不意にばさりと大きな翼をはためかせ、高く飛び上がった。そのまま森の深くへ入り込み魔道師たちに火球の  
狙いをつけようとした。その時、  
「携SAM発射!」  
 ドラゴンの背後から高速で飛んでくる物体。ドラゴンも気付いたらしく、尾で払おうとした。が、矢とは違う。  
弾き飛ばしたはずのミサイルはそのまま尾部で炸裂し、続いて2発目が胴部で炸裂する。大量の肉片を  
飛び散らして、ドラゴンは樹木をなぎ倒し地上へ落ちた。  


682  名前:  前スレ685  ◆Pphe73DZjs  2006/09/30(土)  23:42:11  ID:???  

 落下したドラゴンにはもはや反撃する力は残っていなかった。下半身の大部分ははじけ飛び、内蔵がところどころ  
はみ出して湯気を立てていた。苦しそうにうめいているが、次第に息も弱くなり、やがて絶命するのだろう。  
 もげた後ろ足を見て、魔道師たちが叫んだ。  
「これは狂戦士の輪!何故こんなものがドラゴンに…これの影響で理性を無くし見境なく住民を襲っていたのか…」  
 ドラゴンの脚に呪文と魔法の文様が施された金属製の輪が付けられていた。これを付けた者は理性を一切  
なくし、周りの生き物を殺し続けるという忌まわしい魔法具だ。  
 うめいていたドラゴンが人の言葉をしゃべり始めた。  
「……人間をたくさん殺してしまったな…すまなかった…掃討されるのは当然だ…」  
 彼はだるそうに首を動かし、見たことのない格好をした兵士達を見回した。  
「しかし全力で戦った私をただの一兵も失うことなく倒すとは、それにこの、見たこともない武器…何者だ君らは」  
 翻訳の指輪を持つ久口が言った。  
「異界の日本という国の軍だ」  
「異界…時折こちらに迷い人が来るな。噂に聞いたことがある…自らの世界を滅ぼす力を持つ軍のある国が  
割拠している世界と…強くて当然か…」  
 言い終わると彼はそのまま目を閉じた。それきり二度と動くことはなかった。  
 帰りのトラックの中では、魔道師たちが火傷を負った隊員に治癒魔法を施しつつ、来る時とはうって変わって  
元気に質問を投げかけてきた。  
「素晴らしい強さ、感服いたしました!それにしてもファイアドラゴンには火は効かないはずなのに、あの爆発  
する飛び道具は一体どうやって?」  
「熱で焼いてる訳じゃないからなぁ…まあ帰ってから詳しく…」  
「やはりフワン殿の考えは正しかった!あのザコ護国卿に国防を任せておいてはいつ国が滅亡するか、  
わかったものではありませんからな!」  
 はしゃぐ魔道師たちと苦笑いする隊員を乗せて車列は王都へと帰っていった。  


683  名前:  前スレ685  ◆Pphe73DZjs  2006/09/30(土)  23:44:17  ID:???  


 北の大国ボレアリアの南方、国境を接するフォリシアという国は10年間、かの国と戦い続けていた。かの国と  
の戦闘を優勢に進めていった結果、他の国も参戦し、ますます優勢に拍車がかかっていったのである。  
10年の間に削り取っていった領地は相当な面積にのぼり、もはや相手の首都を陥落させるのも時間の問題か、  
と住民や国、軍の幹部に至るまで戦勝の熱気に浮かされていた。  
 その首都ジェルークスの郊外。日もすっかり地平線に落ち、空が濃紺から黒へ変わろうとする頃、森林を  
切り開いた高級住宅地の一つに国の英雄が今、帰宅するところだった。短く刈った坊主頭に彫りの深い  
目鼻立ち、長身のカルダー・オベア上級将軍といえば、数々の戦功を打ち立て一兵卒から軍幹部まで  
あっという間に成り上がった立身伝中の人物として知られていた。街でも彼の話が街角から尽きることはない。  
その彼が戦の最中、一時の休暇をもらって大事な妻と息子のいる我が家へ帰ってきたのだった。  
「ただいま」  
 かちゃりとドアを開けると恋しい声を聞きつけて彼の息子が駆け飛んできた。  
「お父さん!今回もまたすごい活躍だったんでしょ!?話聞かせてよ!」  
「お母さんを困らせてなかったか?お父さん、あまり家にいられないんだから、ちゃんということ聞かないと  
駄目だぞ」  
「わかってるよう」  
 ぐしゃぐしゃと子供の頭を撫でていると、廊下の影から妻が顔を出した。  
「おかえりなさい。今回はいつまで居られるの?」  
「三日だな。短くてすまん」  
「いえ、大事な仕事ですから…怪我しないで帰ってきてくれればそれで…」  
「本音を言えば怪我するような前線に行けなくなって寂しいんだがね」  
 彼がニヤリと笑って見せると、妻は呆れたようにため息をついた。  


684  名前:  前スレ685  ◆Pphe73DZjs  2006/09/30(土)  23:45:45  ID:???  

 一家団欒の食事を取り、子供と遊んで一通り落ち着いた夜更け、オベア将軍は唐突に口を開いた。  
「ハルカ、すこしまずいことが起きた」  
 暖炉に近い椅子でリンゴの皮をむいていた妻は訝しげに顔を向けた。  
「ボレアリアが異界のニホンという国の軍を召還したと…どうやら君の国のようだ」  
「日本が!?そんなまさか!」  
 彼女は勢いよく立ち上がり長い黒髪を振り乱して夫に詰め寄った。夫は優しく制して続けた。  
「まだ確かな情報ではないが…斥候が異界の軍を確かに見たと。緑と黒のまだら模様の服に先に穴の開いた  
鉄の棒を持っていた、馬もいないのに車が勝手に走っていた、と」  
 予備知識のある妻はそれが迷彩服、銃、自動車であることをすぐに理解した。ショックでテーブルに倒れ  
かかった妻を慌てて彼は支えた。  
「誤報ならいいが…いずれ戦闘が始まれば、このことはすぐ民衆にも知れるだろう。いきり立った民衆が何か  
危害を加えないとも限らない。充分に気をつけてくれ」  
「捨てたはずのあの国が…今頃になってこんな形で……」  
 彼は茫然自失の妻を椅子に座らせ、後ろから肩を抱いた。  
「ハルカがこっちに迷い込んできたのはもう10年前か。もう帰らないと駄々をこねて結局俺んちに居座った  
んだっけなぁ。あの頃は俺も階級低くて貧乏で…異界の妖精に取り憑かれたと言われたときは笑ったなぁ」  
「……笑えませんっ」  
 小声でぼそりと呟いた妻に再びニヤリと笑みを浮かべると、子供にやるように髪を撫でて言った。  
「俺は今更何も聞かないし、何も疑いやしない。ただ、もし異界の軍に負け始めたら他人はそうはいかないだろう。  
うちにいてやれないのが心配でな…」  
 妻は夫の手を取って言った。  
「こちらに骨を埋めると決めた時から覚悟はできてます。白い目で見られるのはもう慣れましたから…」  
「本当に苦労をかける……」  
 いずれこの地も自衛隊が蹂躙することになるのだが、この時の二人はそんなことは知る由もなかった。  




219  :前々々スレ677  ◆Pphe73DZjs  :2006/11/15(水)  14:54:26  ID:???
|ω・`)  期間が開きすぎて申し訳なく続き投下  

あらすじ  
異世界の国ボレアリアから救援要請を受けた日本政府はかの地に先遣隊を派遣  
実力テストも終わり、自衛隊本隊と異世界軍の遭遇はまさに目の前まで来ていた。  


220  :名無し三等兵  :2006/11/15(水)  14:56:35  ID:???

「で、空中にゲートを作ることは可能…と。問題無いようだね。日本の誇る海上自衛隊が参加できないのは残念だが…」  
 無数の記者に追いまわされてようやく一息ついた首相は、官邸の一室で待っていた「客人」に握手を求めた。  
 その身なりでは目立ちすぎるから、と半ば無理矢理にスーツを着込ませ散髪させられた魔道師が、困惑した  
表情で答えた。  
「どうも異界の服は落ち着きませんな…」  
 首相はフフフと控えめに笑うと、目の前の机に寄りかかって彼の方を向いた。  
「うん、君の存在は秘密になっているのでね、不便をかけて申し訳ない。宿舎に戻ったら着替えてもらって  
構わないよ。その服は進呈しよう。日本土産にしたまえ」  
 首が苦しいのか、魔道師は慣れぬネクタイの結び目を気にしながら続けた。  
「まさか本当に魔法具を空中に固定することが可能とは思いませんでした」  
 先日、入り口と出口にゲートを作り出す魔法具を空中に固定できれば空中にゲートを開くことは可能、と  
言ったのは彼だった。彼の常識の中では不可能なことであったので、事も無げにできるよ、と返された時は、  
彼の頭の中は真っ白になった。世界が違うと自分の常識もほとんど通用しないということを肌で感じた。  
 首相は部屋の片隅に置いてあった地球儀の方へ歩いていき、おもむろに手を伸ばすと、それを指で撫でる  
ように回した。  
「空を飛び宇宙を駆け巡る、こちらの現代科学を侮ってもらっては困るよ。ヘリ、気球、飛行船…とは言え、  
ゲートの魔法や賢者の石などは無い訳だから、それほど自慢になることでもないがね。で」  
 首相は部屋にいるもう一人に話の矛先を向けた。深い緑色の制服を着た中年の男が軽く頭を下げた。  
「計画は順調かな?」  


221  :名無し三等兵  :2006/11/15(水)  14:57:44  ID:???
「はっ!形は整いました。詳しくは机に置きました書類に」  
 すでに概要は聞かされていた首相は、ぱらぱらっと書類をめくると机に投げて戻した。  
「ふむ。この計画だと美味しいところは取られてしまう訳だが…まあ我々も向こうに飛び地をもらう訳だから、  
あまりはしゃいで向こうと関係を切られても困るな。相手の顔を立てつつ、主役を食うくらいの活躍を、ね」  
 首相は満足げな顔で頷き、閣僚が待つ部屋へと向かおうとしたが、思い出したように振り向いた。  
「そういえば、言っちゃ悪いが君んとこの軍の将軍がアホの人だって聞いたんだが、ほんとに大丈夫?」  
 魔道師は苦笑いしながら首をかしげた。  

 閣僚が談笑する中、首相は話を制するように手を振った。フフフと言う含み笑いも彼らの中から少し漏れた。  
「秘密のことだから、別にこう言う必要は無いのだが、まあ、雰囲気的にね。では、同盟国ボレアリアの国土回復の  
ため、集団的自衛権を行使し──」  
 彼は一息おいて勢いよく言った。  
「──防衛出動を発令する」  

 よく晴れ上がった水色の空に見たことのない一直線の雲が浮かんでいた。地球では飛行機雲と呼ばれる  
その雲を、ボレアリアの多くの民が見上げ、口々に不吉だの幸運の前兆だのと噂した。何かが小さくその雲の  
先端で飛行していることに気付いた者もいたが、それが何であるのかは、事情を知っている人間以外はわからなかった。  
流れ星が雲を作ったと騒ぎ立てる者もいた。  
 国王とフワンもまた城のテラスから上空を眺めていた。地上から送り込んだヘリが上空で魔法具を垂らし  
ゲートを開け、偵察機が空中に飛び出てくる様を、彼らは間近で見た。まず彼らは騒音に腰を抜かした。  


222  :名無し三等兵  :2006/11/15(水)  14:59:16  ID:???
「あれが飛行機という科学の怪物か。人があのような高空を乗り物で自在に駆けるとは──この目で見ても信じられぬ」  
 上空の偵察機を目を凝らして見ていた国王が呆れたように呟いた。  
「ええ、一度実物に乗りましたが、恐ろしい速さで移動する乗り物です。日の出から日没までで三千里は  
進むとか…。魔道師でも飛翔魔法を使えばごく短時間は飛べますが、あんな速度はとても」  
 国王は空から視線をはずし、ため息をついた。  
「やはり『親』──異界から力を借りるのはまずかったか。まるで計り知れぬ」  
 フワンは驚きと不安で戸惑う国王を、後ろに腕を組んだまま強い口調でたしなめた。  
「今更引く訳には参りません。彼らには何としても国土を取り返してもらわねば。今引いては、何のために莫大な  
費用を使って賢者の石をかき集め、ゲートを開く魔法具を大量に製造したのか」  
 国王は気圧されたのか、うつむいて呟いた。  
「う、うむ。仔細は任せる。もはや勝つために手段を選ぶ余裕はない。そうだなフワン」  
「はい」  
 もはや一蓮托生なのだ、彼らが勝てねば滅びる、と心の中で呟いた。  
「……国が滅んで秩序だけ残ってもどうにもなりませぬ故」  

 二国の軍が対峙する国境地帯でも、同じような光景が繰り広げられていた。国境近くの町の住民が騒ぎ  
おののき、フォリシアの兵士が騒動を抑えるのに奔走していた。  


223  :名無し三等兵  :2006/11/15(水)  15:01:38  ID:???
「あれが噂に聞いた異界の鉄の鳥か!」  
 軍の指揮に戻ったオベアはちょうど前線を視察に訪れていた。妻に聞いた異界の高度文明の話。他言は  
ほとんどしていないものの、偶然開いた次元の穴から稀に迷い込む地球世界の人間から伝わるその話を知る  
者は、軍の中にもぽつぽつといた。御伽話のようなものとしてではあるが。  
 オベアは急ぎ町の一角にある魔道師部隊の詰め所へ向かった。中にはローブを着た魔道師達が、かの物体に  
ついて喧々諤々の論議を重ねているところだった。  
「あれ、落とせるか?」  
 着くなり彼らにそう問うた。室内は静まり返り、皆首を振りため息をついた。  
「高すぎて、火球も雷撃もここからでは…。天候を変える魔法は魔方陣を引くのに時間がかかりすぎてとても」  
「そうか。では偵察鳥を飛ばすぞ。水晶球と鳥の視界を連結させろ。近くで見れば何かわかるかもしれんしな」  
 隊で飼育されている偵察専用の鷹の目に映っている映像が、魔道師の掌に包まれた水晶球に映し出されて  
いく。窓から放たれた鷹はたちまちに高度を上げ、空自の偵察機に追いつかんと羽ばたいた。  
 しかし、機の姿は大きくなるどころかどんどん遠く小さくなるばかりだった。  
「…速い!どんな速さで飛んでいる、あの鉄の鳥は!」  
 音速に届こうかという速さで飛ぶ偵察機に鳥が追いつくのは土台無理な話ではあるが、もちろん彼らが  
そんなことを知るはずもなく、ただ首を傾げるばかりだった。  
 しばらく後を追わせていたが、視界から消えたところで彼は鷹を引き上げさせた。  
 戻ってくる鳥の姿が小さな点からだんだんに近づいてくる様子を眺めながら、彼は妻の故郷と敵国が手を  
組んだということに思いを馳せていた。  
「バカどもが…異界などから力を借りたが最後、隅から隅まで食い物にされるぞ…」  


224  :名無し三等兵  :2006/11/15(水)  15:02:52  ID:???
 そして眉間に深く皺を寄せた彼は絶望的な問題に対処すべく、重い頭を働かせ始めた。  
「国中に張った対ゲート結界でどこまで持ちこたえられるものやら…」  
 軍の内々では先に日本政府が考えたことは逆にしても成立することに気付いていた。ゲートはこの世界と  
地球しか結べないが、地球世界を経由すればこちらの世界のどこにでも直ちに軍を展開できるのである。  
異界を恐れ敬い、次元の狭間から迷い込んだ者も丁重に送り返していたこの世界の人間には、異界は行ったが  
最後、二度と帰れぬところとの常識であった。実際、地球世界にはゲート魔法が存在しないので、用意のない  
者が戻って来れないのは事実である。  
 しかし、用意のある者となれば話は別だ。  
「ゲートなどという、金がかかる割りに全く使えない魔法がこんな切り札になるとはな」  
 オベアはすぐに席を立ち、紙に事の重要性と至急性をしたためた。  
「都に伝書鳩を飛ばせぃ!」  




559  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/01/17(水)  15:22:01  ID:???  
|ω・`)  また前回からかなり時間がたってしまって申し訳なく続きを投下  

あらすじ  
異世界の国ボレアリアから救援要請を受けた日本政府はかの地に先遣隊を派遣  
実力テストも終わり、自衛隊本隊は国境に電撃侵攻する。  


560  名無し三等兵  sage  2007/01/17(水)  15:24:11  ID:???  
 橙色のランプの明かりに照らされた部屋の中に、十数名の魔道師が集まっていた。ほとんどが年老いた者であったがぽつりぽつりと  
若者も散見された。紫色のローブで統一された彼らの顔には皆、並々ならぬ危機感が滲み出ていた。  
「つい先日、フォリシアの前線基地が壊滅した、と」  
「さすがに凄まじいな、異界の軍は。陸から一兵も差し向けることなく、鉄の鳥から何やらを放り投げるだけで、三千人からが守備する  
砦が瓦礫の山か」  
 ぼそぼそと囁き合う魔道師達は一番の上座に座す老人の視線を窺いながら、ひそやかに飛び交う噂を交換し合った。  
「これほど我々の想像を超えているとなると、異界の大国は皆、世界を滅ぼす力を持つというのもあながちホラ話ではないのかもしれん」  
「迷い人が語った『太陽の矢』の話か?百里を一瞬にして焼き尽くすという…いやいや、あれはいくらなんでも突飛過ぎる」  
「しゃくに触るが、我が魔道評議会も彼らの前ではヒヨっ子同然よ…」  
 世界の全ての魔道師、魔法機関を『名目上』統括する魔道最高評議会。各国の軍に所属している魔道師は、事実上独立していて彼らが  
操るのは不可能なので『名目上』となっている。今は軍以外の魔道師が加入して国際的に影響力を及ぼすロビイストのような組織となっていた。  
 ここに各地の代表が急遽召集され臨時会合が開催されていた。議題はもちろん、この世界に侵入した自衛隊と呼び寄せたボレアリアに  
関してである。  
「ボレアリアからの魔法研究員の緊急退避の件についてだが、何か意見は?」  
 上座で睨みを利かしていた、白い口ひげを胸まで生やした長老が一言発すると、途端に話し声は静まった。皆渋い顔で下を向いた。  
「…僭越ながら」  
 評議員の中では比較的若手の強硬派が静かに、しかし怒気を込めて異を唱えた。  
「何故禁を破った者が大手を振って歩き回り、我々が尻拭いせねばならんのですか!?フォリシアはじめ周辺各国がボレアリアの領土を  
掠め取ったのがそもそもの発端であるとしても、禁忌であった異界との交流を行ったことは許されることにあらず!徹底して排除すべきかと」  
「ほう、徹底的に排除とは…評議会が実行部隊を組んだとて、所詮年寄りばかり。まともな戦闘力の頭数など数えるほどだ。どうされるね?」  



561  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/01/17(水)  15:26:33  ID:???  
 少し意地悪く聞いてみた長老であったが、次に出てきた若手の言葉に顔色を変えた。  
「長老ともあろう方が次元結界をご存じないはずがない」  
「それはならんっ!下らん話を持ち出しおってこの若造!」  
 言葉が終わるか否かのうちに彼は若手を怒鳴りつけた。そして怒りに任せてそのまま言葉を畳み掛けた。  
「儂に意見するのであれば!何故異界が『親』と呼ばれているのかくらい勉強してからにせい!」  
 一旦言葉を切ると、荒げた息を整えて彼は続けた。  
「…数百年前、次元の歪みが極大化し安定した穴がそちこちにできてしまったとき、一度使ったのだ。侵入に対処するためにな。  
穴が消えるまでの十年間でこの世界はどうなったと思うね?」  
 長老は深く皺のよった人差し指を若手に向けて、ゆらゆらと動かした。  
「飢饉が続き、魔法は弱く日々の使用に耐えなくなった…次元結界で異界とこちらを封じてしまえば、異界から供給される地精も遮断  
されてしまう。さればやがて大地の緑も枯れ果て、砂漠と岩だけの地になろう。地精が枯れれば魔素も枯れ、いずれ全ての魔法は徐々に  
効力を失っていく。…よいか、異界は我々が無くとも生きていける。しかし我々は異界が無ければ生けていけんのだ」  
 評議会の中でもかなりの上層部でなければ知らなかった事実を長老自らが明らかにし、席はにわかにざわめきたった。この場に揃って  
いる評議員の中でも、知っていたのは半数に満たなかっただろう。多数の餓死者を出した責任について問われるのを避けるため、ひたすらに  
秘匿しておいた汚点なのである。  
「しかし、このままでは異界の軍に世界中を蹂躙されかねん訳で。何とかして出て行ってもらわん事には…長老」  
 今まで黙っていた重鎮の評議員が不安気な口調で長老に訴えた。  
「うむ。今となっては諸国に領土を返還させる代わりに、ボレアリアには異界と手を切ってもらう…他あるまいな。徹底抗戦などと阿呆が宣う間に  
隅から隅まで制圧されてしまうわ。どのみち困難な交渉だが…では最高評議会副議長ヴィアーノ・パーブルジュージ」  
「はっ」  
 少し頭に白髪が混ざり始めた五十代頃の男が一歩前へ出て、長老の前で頷いた。  




562  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/01/17(水)  15:28:28  ID:???  
「交渉の総責任者を命じる。本当は儂が行かなければならんのだが、この老体が持ちそうにないのでな…頼む」  
「できる限り力を尽くさせて頂きます」  
 彼は長老に深々と頭を下げた。  

 晴れ上がった青空の下、十数キロ先の敵フォリシア軍国境防衛隊に榴弾が雨あられと降り注ぐ様子を、陸自の偵察ヘリOH−1が悠然と  
観察していた。  
 整然と並んでいた槍と弓を持つ歩兵、精悍な馬を揃え全身を鎧に包んだ騎馬隊が、空中から飛んでくる金属片に次々と体を切り裂かれて  
バラバラの肉片に変わり、血だまりがそこいらにできた。たちまち隊列は乱れ、隊長の静止も聞かず後方へと逃げ出す兵で溢れていった。  
平地の野原に陣取っていた敵軍はひとたまりもなかった。戦闘が始まってたった数十分で、退路にある街へ退却を始めた。  
 蟻の隊列が水をかけられて方々に散っていく様を思い浮かべながら、ヘリの隊員は落ち着いた様子で自陣に様子を報告した。  
「敵兵は散り散りに敗走している模様です」  
 短髪を後ろに撫で付けた頭に横細眼鏡、中肉中背といった風貌の指揮官、鐘田一佐は指令車の中で二、三度うなずいた。  
「やはりまともな飛び道具がないと野戦は相手にならないね、当たり前だけど」  
「残存兵は拠点の町ホートゥサイルに逃げ込んだ模様です」  
「さて、市街戦は…相手の距離に入っちゃうから、いくらうちが精鋭揃いとはいってもあんましやりたくないねぇ。どういう事をやってくるか  
わかんないし」  
 少し考え込んで、彼は現地のアドバイザーとしてこの西方方面隊に招聘された魔道師を側に呼んだ。二十代程度と見られる黒いローブを  
着た若い魔道師が目の前の席に座り、目深に被っていたフードを脱いだ。  
「街中に逃げ込みましたか」  
 鐘田は肩をすくめて言った。  
「正直なところ、敵兵を町から追い出すいい方法がなければ、町ごと焼き払っていぶり出すことになるが。こっちの世界には条約も何も  
ないし…市街地まで行って敵兵を一軒一軒探すのは危険度が高すぎてね。隊員がたくさん死ぬといくら報道統制を行っても遺族が騒ぐ…  
隊員の命は大切だ。いろんな意味でね」  
 若い魔道師は予想していたこととはいえ、多数の死傷者が出ることだけに顔を曇らせた。  
「投降を呼びかけては?」  
 鐘田は彼の目を見て、顔色一つ変えずに言った。  



563  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/01/17(水)  15:30:54  ID:???  
「魔道師は後ろ手に縛っても牢に閉じ込めても攻撃できるのだろう?危なすぎるよ…まあ、我々も鬼ではない。町から出て  
くれさえすればいいんだ。どこまでも追っていって殺すなんてことはやらない。彼らや町民が逃げるための時間は取ろうと  
思う。我々はこの国の言葉を知らないから、君がビラを書いてくれ。空から撒く」  
 腕時計にちらりと目をやりながら、彼は時間の猶予を頭の中ではじき出した。  
「明日の夜までだ。明後日の朝、町を焼き払う」  

 天空の鉄の鳥から降ってきた紙の内容を読んで、町の人々は仰天した。大八車に家財道具を乗せて逃げ出す者、覚悟を  
決めて自宅に居座る者、街角で泣き叫ぶ者など、たちまち町中が混乱の渦に巻き込まれた。  
 逃げ込んだ兵士は町の要所要所に瓦礫でバリケードを築き、民家を接収して迫り来る自衛隊を迎え撃とうと待ち構えていた。  
が、ビラを読んで皆、愕然とした。炎にまかれて死ぬのは嫌だ、と町民にまぎれて逃げ出す兵士もいた。  
 町の集会所として使われていたこじんまりとした寺院には、数十人からなる軍の魔道師部隊が陣取っていた。ほとんどの  
者は戦力差に疲れ果て絶望していたが、そのうちの数人はまだ目を輝かせて、魔法具と偵察用の猛禽をいじっていた。  
「とにかく近付く前にやられてしまうのでは仕様がないわけだ。攻撃の射程を何とかしなくては」  
「さて、いくら魔法の訓練を受けているとはいえ、鳥に魔法具発動の念が通るかどうか」  
 目の前に置かれた水晶球に呪文を唱え念を込めると、かごの中の鳥の腹に巻きつけた魔法具がぱっと光った。魔法具に  
込められた発光魔法が起動したのを確認して、彼らはおおっ、と感嘆の声を遠慮気味にあげた。  
 鳥がまぶしさでぎゃあぎゃあと暴れ、騒がしくなった。周りの憔悴した仲間達が次々と彼らの方に注目し始めた。彼らは鳥を  
なだめながら、次に起こすべきアクションについて考えを巡らせた。  
「これで戦えるか?」  
「無理だろ。一回使ったら巻き添えで死ぬだろうに、使い物になる鳥なんてせいぜい数百…偵察用だから仕方ないんだが。  
新しいのを飼育してる間に都まで奪られちまうわな。まあ使い方によっては一矢、てとこか」  
 企みに加わっていた魔道師の一人は諦めとも思える笑みを浮かべて息をついた。  


564  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/01/17(水)  15:31:51  ID:???  
「異界の軍のお陰で気付いたってのは皮肉なもんだ。鉄の鳥が爆発する武器を積んで飛んでくるなら、鳥で魔法具を  
運ぶこともできるだろう──戦なんて最後は大軍が入り乱れてぶつかり合うもんだとばかり思っていた──」  
 一通り意見を交し合うと、彼らは周囲に事情を説明した。最初は関心のなさそうだった仲間も次第に興味深く話に耳を  
傾けるようになった。  
 絶望的な戦の展望を少しでも有利なものとするため、この画期的な方法を誰かが軍の首脳部まで伝えに行かなければ  
ならない。発案者の二人が町を離れ、首都まで引き返すことになった。残る魔道師隊長が気丈に二人を励ました。  
「間に合うかわからんし無駄かもしれんが、我々はこれから降雨の魔法陣を書いて少しでも抵抗する。無事に都まで帰ってくれ」  
 これ以上の逃亡兵は許さん、と息巻く守備隊長の目の前で先程の実験をやってみせ、なんとか町を出る許可をもらうと  
彼らは町を出る民衆にまぎれて町を後にした。  
 数日後の道すがら、噂で拠点の町が全滅したと耳にした。  




791  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/03/07(水)  12:29:40  ID:???  
あらすじ  
異世界の国ボレアリアから救援要請を受けた日本政府はかの地に先遣隊を派遣  
実力テストも終わり、自衛隊本隊と異世界軍の戦闘が開始された。  
緒戦は自衛隊の一方的な勝利に終わった。  



792  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/03/07(水)  12:33:33  ID:???  
 首相官邸に御座す内閣総理大臣の下には、逐一異世界での戦況の情報が流れ込んできていた。  
着々と進む進撃に首相はいたくご機嫌であった。軽傷者はそこそこいるが死者が未だいないことに  
関しては、彼は手放しでほめた。  
国内で情報が漏れればたちどころに計画が破綻するのは間違いない。何より人的被害を最小にして  
事を進める必要があった。  
「この評議会というのはどういう団体なのかな?」  
 首相は報告書の魔道最高評議会が各国の調停に動き出したという記載に敏感に反応した。ようやく  
スーツ姿もこなれてきた感のある、出向中の魔道師が説明した。  
「全ての魔道師を統括する機関ですね。一応それなりの政治力もあります」  
「話をまとめる力はありそうかな?」  
「評議会が各国の顔を立てれば、あるいは…」  
 日本側にとっては渡りに船の話だった。最初から彼らには奪われた領地以外を占領する気はないし、  
してはいけないのである。すでに禁は破られた。窮鼠が何をしでかすか自明であるからだ。  
 首相はしばらく思案して、ニヤリと笑みを浮かべた。  
「作戦に支障がなければ、交渉が有意義に進むよう一発脅しでも差し上げましょうか」  
 フォリシア国内の要所に張られた対ゲート結界網は徐々に空自の爆撃によって狭まっていたが、それでも  
まだ爆撃機が首都へ往復する距離には届かなかった。しかし敵が有効な対空防御策を持っている訳ではない。  
「虎の子の空中給油機──演習だけで使ってるんじゃ可哀想だ」  

 フォリシア首都ジェルークスの周辺では季節外れの強風が吹き荒れていた。風が渦を巻き、  
木の葉を巻き上げ、耐え切れず倒れてしまった立ち木もところどころに見受けられた。住民は家の  
補強作業を強風の中、必死に進めていた。  
 嵐が来たわけではない。巨大な魔方陣を駆使し魔力で吹かせている人工の風なのである。彼らの  
ささやかな防空対策だった。それはすでに十数日吹き続けていた。市民への周知もろくに徹底されないまま  
実施されたため、建てつけの悪い家にはすぐに被害が出た。そうではない家も吹き荒れる風に徐々に  
強度を蝕まれ、限界が近付いてきていた。  


793  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/03/07(水)  12:35:08  ID:???  
 街の奥へ進むと、市民の悲鳴もよそに強風を難なく跳ね返す、強固に組まれた石造りの王宮が  
あった。浮かない顔をした上級将軍カルダー・オベアは、白い大理石で覆われた廊下を進んでいた。  
 自らの率いる国境防衛隊をろくに戦わせもせず撤退させたのを問われ、査問会議に召喚されたのだ。  
彼は狼狽する部下をなだめ、一時の指揮を任せて急ぎ都へと戻ってきた。  
 議場は王宮の中庭を過ぎたところにあった。屋根で覆われた廊下の両側にはきれいに刈り  
そろえられた観葉植物があり、通る人の目を和ませた。その彼が通りかかったとき、後ろから  
聞き覚えのある声で彼は呼び止められた。  
「久しいな、オベア将軍」  
「!これは陛下──」  
 彼は慌てて片膝をつき、礼の姿勢を取った。声をかけたのは痩せぎすで背の高い初老の男だった。  
オベアの主であるアンクヴァール4世は五十過ぎにしてようやく即位した王である。皇太子の期間が  
長く、名誉的な軍団長として各地の拠点を転々と回された経験を持ち、軍幹部との親交は昨今の  
王に珍しく深かった。  
 上着を側の侍従に持たせた軽装の王は仰々しく呟いた。  
「『武神』オベア将軍が異界の軍を前にしてすたこら逃げ帰り、全軍の士気に重大な影響をもたらした、  
と専らの噂」  
 オベアはうつむいたまま答えた。  
「私の知る陛下はそのような流言に惑わされる方ではないと存じておりますが」  
「フフフ、もちろん」  
 王は歯を出してニヤつくと、膝をついているオベアの坊主頭をしゃりしゃりと撫でた。手で立ち上がる  
ように促し、言葉を続けた。  
「東の大森林まで引いただけだろう?ここからが森の国フォリシアの本当の縄張り、地の利は我らの  
ものよ。しかし頭に血の上った重臣達がうるさくてな…まあ奴らの愚痴だけ聞いておいてくれないかね。  
悪い処分は一切させん」  
「はっ…細かな配慮、痛み入ります」  
「うむ。ではまた後でな」  
 王は鷹揚に頷くと侍従に目で合図を送りその場を立ち去った。  
 背の数倍はあろうかという王家の紋章をあしらった大きな扉を抜けると、政治の中枢に住まう御方々が  
勢揃いであった。  
 陽の差し込む天窓がぎしぎしと音をあげていた。四方を王家のタペストリーで覆われた大部屋は、  
普段は王臣が揃って内政外交等の政策を語り合う朝議の間と呼ばれるところだった。  


794  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/03/07(水)  12:36:44  ID:???  
 正面最奥にある王の席は今のところ空席である。出席することはないだろう。両脇に居並ぶ  
老人たちは冷ややかな眼差しを向ける者、冷笑を浮かべる者、周りを窺いながら心配そうに  
見守る者と様々だった。  
「お久しぶり、オベア君」  
 まず声をかけたのは白いローブを身にまとった国家出納局長官パオロ・マルカエデスだった。  
重臣の中の筆頭格である。そして主戦派の代表でもあった。はげ上がった頭の脇に残るちりちりに  
巻いた短い髪が特徴の脂っぽい中年男は、挨拶も早々に渋い顔で語り始めた。  
「貴公には少々失望したぞ?ろくに剣も交えず先人たちが苦労して奪い取った地を早々に捨て、  
大森林まで尻尾を巻いて逃げるとは…」  
 北の大国ボレアリアは北を寒風吹きすさぶ北大洋に、東を東大洋に面している。西部南部が  
陸続きなのだが、当のフォリシアは北東部においてかの国の南西部と国境を接していた。  
フォリシアの北には小国が割拠し、大国同士の対決のおこぼれにあずかっていた。東はやはり  
東大洋に面し、大きな港もある。戦争が始まる前まではこの二大国もそれなりに交流はあったものの、  
十年も経ちすっかり途絶えた。  
 件の大森林とは元々の国境だったところである。国の大半を森に覆われていたフォリシアは  
国内から産出する鉱物、燃料などで潤っていたが、山と森の国であるため農地が少なく、  
食糧供給に常に不安を抱えていた。農地を求め森の向こうのボレアリアへ侵攻したのである。  
大森林の向こうは肥沃な一大農業地帯だった。  
「これは異な事を。無駄に兵を減らせば満足なさると仰る」  
「この成り上がり者が!口のきき方に気をつけんか!」  
 オベアの皮肉を怒声で払い、彼は他の重臣たちにぶちまけた。  
「こんな軟弱者はさっさと東部国境防衛統括の任から引きずりおろさねばならん!大体異界の軍が  
どれほど強いというか?戦う前から逃げては戦力差もわからんではないか!」  
 頷く者もいれば苦笑する者、ため息をつく者もいた。重臣の間でも意見は割れていることを  
意味していた。反応からは主戦派も慎重派もお互いに主導権は取っていないようだった。  



795  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/03/07(水)  12:37:54  ID:???  
「失礼しました。しかし担当外の国境部では軒並み全滅、敗走させられたことを鑑みるに、態勢が整う  
までは兵力を温存したままで退いた方が良いかと」  
 今まで腕組みをしていた慎重派の老人が席を立たずに呟いた。  
「して、その態勢を整える当てはあるのかな?このままずるずる退いてジリ貧となっても仕方ないでな」  
「…私見ですが」  
 絨毯の上で直立したままオベアは一つ断りをいれた。  
「異界軍との戦いにおいて、平地の接近戦はないと確信しております」  
「奴らは、迫り来る大軍を飛び道具で全滅させることができる、と」  
 別の初老の重臣がすかさず突っ込みを入れる。  
「ええ、現にいくつもの戦場でそうされたのですよ、"我々が"。まず敵兵の顔をその目で見た者も  
ほとんどいないのです。地平線の向こうからとめどなく鉄の塊が飛んできて、我々を八つ裂きにする。  
そういう戦いでした」  
 主戦派の意気が少し削がれたかに見えた。彼は畳み掛けるように続けた。  
「彼らと真っ向から戦っては駄目です。やるなら二つ、接近戦をせざるを得ない状況にするか、  
こちらも接近戦はしないか…。敵の得意な空から爆発物を投げ落としてくる攻撃も、森林なら威力は  
半減。あの火を噴く鉄の象(戦車のこと)も森は簡単には進めません。ここで隠れながら罠を張り  
持久戦をします。これが前者」  
「接近戦はしないと言うとどうするのかな?」  
「相手には敵を近付かせぬ強力無比な飛び道具がありますが、こちらにも近付かなくてもできる  
攻撃がないではありません…『呪殺』にて」  
「呪殺には体の一部が必要なのだぞ?戦力を減らせるほど倒せるとは思えんが…まあ貴公がそこまで  
断言するなら策はあるのだろう。武神の術策、拝見させて頂こうか」  
 その老人は納得したように二、三度頷くと口を閉じた。  
 その時、議場から少し離れた場所で大きな爆発音が轟いた。風の音もかき消すほどの音量は地面を  
大きく揺らした。その場はたちまち慌しくなった。  


328  粂八  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/03/30(金)  14:15:37  ID:???  
続きできたので投下いきますね。  

ゲート・アウト    あらすじ  
異世界の国ボレアリアから救援要請を受けた日本政府はかの地に部隊を派遣  
緒戦は自衛隊の一方的な勝利に終わった。  
一方、戦力を温存し退却したオベア将軍は敵前逃亡の疑いありとして  
都で査問会議にかけられていた。  


329  名無し三等兵  sage  2007/03/30(金)  14:17:30  ID:???  
「着弾確認、帰投する」  
 青地に日の丸をあしらった爆撃機に乗ったパイロットは機を急旋回させた。それは強風の渦巻く蒼い空に  
溶けてすぐに消えた。  
 王宮の離れが木っ端微塵に砕かれたという知らせがすぐに室内に届いた。鉄の鳥がここまで爆撃をしに  
来たという事を知って、重臣たちは揃って青ざめた。防空対策は無駄だった。首都が灰燼に帰す可能性も  
あるとなれば考えも変えねばならない。  
「み、都から早く脱出せねば!火の海にされるぞ!」  
「逃げてどうする!ここで逃げてもどこまでも追われる事に変わりはない」  
「降伏するしかないのか」  
「我々も潔く戦って散るべし!」  
 言い合いはもはや議論の体を成さなくなり、そそくさと退出する者も現れた。  
 どうしたものかとオベアが思索にふけっていると、後ろの扉がゆっくりと開かれた。そこに姿を現したのは  
正装した国王と、評議会から交渉の全権を任されたパーブルジュージだった。  
「皆の者、静まれ!」  
 王の一喝で混乱を極めていた室内もたちどころに落ち着きを取り戻した。王と使者はオベアの脇を通って  
玉座の前に立った。立礼をする重臣たちを一通り眺めると、彼は皆を落ち着けるように言った。  
「どうやら異界の軍はここまで侵攻してくる気はないようだ。今のは講和の催促だろう」  
 怪訝な顔をする臣下らに対し、彼は続けた。  
「考えてもみたまえ。本当に都を壊滅させるつもりなら離れなど狙わないし、今の攻撃ですでに市街は  
火の海になっているはずだ」  
 臣下の一人が口を震わせながら発言した。  
「しかし、このままでは我々の生殺与奪の権は奴らが握っていることに変わりはなく…いつ気変わりして  
侵攻してくるか…」  
「そこで彼が交渉しに来た訳だ」  
 王は隣にいたパーブルジュージに視線を向けた。その使者は深々と礼をして口を開いた。  
「前日、異界の軍の窓口とも話をする機会があったのですが、彼らは奪われたボレアリアの領地を奪還  
するためにきた、即座に領地を返還すればそれ以外のものは求めない、と。賠償金も要らない、と申して  
おりました」  
「なら、さっさと返してしまって終わらせよう!…という訳にはいかんのじゃろうなぁ」  
 老臣の一人が諦観の面持ちで呟いた。使者も同意するように頭を垂れた。  


330  粂八  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/03/30(金)  14:20:23  ID:???  
「ボレアリア本国は領土の割譲こそ要求しませんでしたが…。提示した賠償額が…五億リート(1リートは  
銀73g相当)」  
 一堂は皆苦虫を噛み潰したような顔で金額を聞いた。ぽつぽつと舌打ちも聞こえた。  
「ふっかけてきたな!足元を見おって!」  
 豊かなフォリシアの国家予算から見ても三倍はあろうかという額だった。全額払うこととなれば恐ろしい  
増税とインフレが待っている。  
「奴らの本隊には一回も!ただの一度も負けていないのに、そんな大金を払えと!?それならば異界の軍に  
全額払って寝返ってもらった方がよっぽどましだわい!」  
「カスどもが!金は要らぬと言う虎の後ろで、威を借る狐が身包み剥ぐ気とは…見下げ果てた性根と  
言うべき他はない」  
 重臣たちは先程の怯えた顔が嘘のようにいきり立っていた。  
 無理もない、と議場の脇で立っていたオベアは思った。彼らは本当に弱かった。力押ししか能のない  
軍だった。まあ連戦連勝し、今の地位を得ることができたのも彼らのおかげか、などと考えて彼は自嘲  
気味に苦笑した。  
「周辺国にも負担を求めるにしてもやはり、この額は難しいな。最初に聞いた私もそう思ったからな」  
 王もため息をついてオベアの方を向いた。憔悴した王の顔を見て、オベアは精一杯の自信に満ちた  
笑顔を返した。  
「将軍よ、まだ講和はできん。向こうがどうしても早期講和したいとなれば、賠償金を減額させる機会も  
あるはず。両者で思惑が違うのであれば、異界の軍からボレアリアに働きかけてもらうこともできるはずだ。  
あまり気乗りはしないと思うが…将軍の双肩にかかっているのだ。よろしく頼む」  
 深々と頭を下げた王に、オベアは慌てて行為を制止した。  
「陛下、私のような者に頭を下げてはなりません。陛下は堂々と勅を発して下さればいいのです。国のため、  
未来のため、最後の血の一滴まで奮闘して参ります」  
 笑顔を取り戻して頷く王を横に、賠償額を聞いて青ざめていたマルカエデスが脇から低い声で脅しつけた。  
「もう退けぬぞ!大森林を抜かれたら都まで後はない。わかっているな?」  
「ええ、重々承知しております。その時は私の命もないでしょうからご心配なく」  


331  粂八  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/03/30(金)  14:22:23  ID:???  
 オベアは一礼して踵を返し、うやむやになった査問会議の場を後にした。主役のいなくなって拍子抜けした  
重臣たちもぞろぞろと退席し始めた。  
 王は対外工作を監督する臣の一人を呼び止め、他の者に気取られぬよう耳打ちした。  
「──ゲートと異界諸国の調査を進めるように。おそらくこれが向こうの恐れている選択肢だ。我々もただ負ける  
わけにはいかん。最後の選択肢を用意しておかなくてはならぬ」  
 議場の隅ではパーブルジュージがローブの中で腰に手を当て、深いため息をついていた。かしげた顔を  
中央から分けるように、眉間に深い皺が寄っていた。  

 自衛隊が制圧した国境近くの一つの町。久口1尉はボレアリア軍に引き継ぐまでの暫定統治としてこの町の  
警備にあたっていた。この地の言葉を解するのは隊の中ではフワンから指輪をもらった彼だけとあって、  
広報から交渉から何から何まで彼は引っ張りだこだった。おかげで今では町中の人から「異界のおじさん」と  
して知られる存在になっていた。  
 町の人との交流会と称した科学文明の利器の見せ物会では、ライターが大人気だった。火炎魔法を  
使えない多くの一般人たちは火打ち石で火をつけていた。一瞬で火がつくそれを町の皆が大騒ぎしたので、  
駐屯隊は町の家々にジッポーライターを配って回った。地球世界の事が恐れられ、謎に包まれていることも  
あって、たちまちに彼らは神様が遣わした軍として崇められることになった。  
 ある日は集まってきた子供達にアイスクリームを振舞った。氷菓子など貴族や大金持ち以外は食べられない  
世界だったので、大人たちはぶったまげたが子供たちは喜んで食べた。数日で彼らへの住民の信頼は  
揺るぎないものになっていった。  
 肩先に振り上げた久口の手の先には白い紙飛行機が握られていた。そのまま前に腕を振り下ろすと、  
紙飛行機はふわりと空中を滑り、数メートル先に落ちた。側にいた一人の子供が歓声をあげた。  
「すごい、紙が空を飛んだよ!魔法みたいだ!」  
「元気なもんだ。今日の夕方には家に帰せるな」  
 大きなテントの前で隊の医療を引き受ける栗橋医官が呆れたように苦笑した。子供ははしゃぎながら目の前に  
落ちた紙飛行機を拾いにいった。  


332  粂八  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/03/30(金)  14:24:00  ID:???  
 実は街の人が最も喜んだのが、この医療提供であった。治癒系の魔法は怪我や毒は治せても感染症は  
治せないのだ。未知の世界の細菌ウィルスにこちらの薬がどれだけ効くものか、と戦々恐々だった自衛隊  
医官の心配は杞憂だった。耐性のない細菌しかいないため、抗生物質は非常によく効いた。ここに駐屯  
してから数名、重篤な患者を全快させて、彼ら医官らは家族から泣いて感謝され、嬉しくもこそばゆい  
思いをしていた。  
 この子供もその一人である。肺炎を重症化させ自衛隊が来なければ死ぬしかなかった。今はすっかり  
回復して周りの隊員に遊んでくれとねだる始末である。  
「紙をあっという間に空飛べるようにするなんて、カガクって異界の魔法なの?と」  
 久口がいちいち子供の言葉を通訳して伝えると、  
「魔法みたく見えるけど魔法じゃないんだ」  
 栗橋はそう言うと紙飛行機を飛ばす腕の動きを繰り返した。子供は足を蹴って勢いよく投げ飛ばした。  
が、角度が悪かったのかそれはすぐに急降下して落ちた。しょげる子供に栗橋はもう一度紙飛行機を  
持たせて、落ち着いて投げるように動作を見せた。  
 次はきちんと飛んだ。風に乗って先程久口が投げたときよりもかなり遠くまで滑空して落ちた。子供は  
それが飛ぶ様をうっとりと見つめていた。  
「君にもできたろう?やり方を知ってれば誰でもできる」  
 栗橋は久口に通訳させ、子供の肩にぽんと手を置いた。久口は次の子供の台詞を聞いて危うく吹き出しそうに  
なるのをこらえた。笑いをこらえながら栗橋に伝えた。  
「カガク使いになるにはどうすればいいの?って」  
 栗橋は声をあげて笑った。久口もつられ、ついに笑ってしまった。子供はきょとんとしていた。ひとしきり笑い  
終えると、子供の前で手を合わせこすり始めた。  
「君の国にも科学はあるんだよ。手をこすり合わせると暖かくなるのはわかるかな?」  
「栗橋さん、ほんとそういうウンチク語りとか説教とか好きですよねえ」  
 いいから早く訳せ、と急きたて訳させた言葉を聞いて子供は頷いた。栗橋は手をこするスピードを上げた。  
「じゃあもっと激しくこすると熱くなるのはどうかな?」  
 再び子供は頷いた。すると栗橋は胸に差していたペンとハンカチを取り出し、ハンカチでペンを激しくこすり  
始めた。ペンはたちまちに熱を帯びた。  


333  粂八  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/03/30(金)  14:25:34  ID:???  
「ペンと布をこすっても熱くなったね。触ってごらん」  
 子供にペンを触らせて熱くなったのを確認させると、栗橋は楽しそうに子供の目の前で人差し指を立てた。  
「さて、手と手をこすり合わせると熱くなりました。ペンと布でも熱くなりました。今までのことからなーにがわかった  
でしょうか?」  
 子供はしばらく考えて自信なさそうに答えた。  
「…ものとものをこすると熱くなる…?」  
「そーう正解!えらい!君もうカガク使い!」  
 久口が訳す間もなく栗橋は笑いながらぐりぐり子供の頭を撫でた。子供も久口の言葉を聞いて無邪気に笑った。  
「昔の人も同じ事を考えた。それでみんながそれを知るとそのうちに、どんどん速くこすると火がつくくらいまで熱く  
なるんじゃないか、と思いつく人も出てきたんだ。そうして、昔の人は火っていう便利なものを自分で起こせる  
ようになった」  
 栗橋は小さな子供を言い含めるようにゆっくり語った。  
「どうしてそうなるのか、をまとめていくのが科学。覚えておくんだよ。いつか大きくなったら便利なものをたくさん  
作って、魔法使えない人も幸せにしてあげるんだよ」  
「それじゃあまるで魔法を使えない人は不幸と言ってるようじゃないか」  
 いつの間にかテントの脇にはフワンが立っていた。彼はわざとらしく不機嫌そうな顔を久口らに見せつけ、  
そのまま側まで歩み寄ってきた。栗橋は頭に手をやりばつが悪そうに言った。  
「ありゃ…そう取られたなら失敬。子供への『授業』だ。聞き流してくれ」  
「こちらこそ冗談だ」  
 相好を崩したフワンは、気にするなというように手を小さく振った。  
「それにしても、二つのゲートを介すだけでこの国境地帯まで一瞬で来れるとは…君らがゲートを欲しがるのが  
よくわかった」  
「近衛隊はほっといていいのか?」  
 質問する久口にフワンは少し顔を曇らせた。  
「ああ…身内の恥を他人に言うのは気が引けるけど…軍を見張らなきゃいけない。ヴァリアヌスがやらかさない  
ようにね」  
 フワンは困ったもんだ、と肩をすくめた。  

「これじゃあ異界の軍に治めてもらったほうがよっぽど良かったわい」  


334  粂八  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/03/30(金)  14:27:01  ID:???  
「全くだよ。フォリシアの軍隊を異界軍が追い出して、やっと本国の統治に戻るのかと思ったら、何だよ徴用って。  
異界の軍はそんなもの要求しなかったし、崩れた堤防まで直していってくれたぜ?こんな程度の低い軍だから  
フォリシアに負け続けたんだよ」  
 久口らの町から東方、無事自衛隊からボレアリア国軍へ引渡しが終わった町では住民があちこちで愚痴を  
こぼしていた。  
 その頃、ちょうど視察に訪れていた護国卿ヴァリアヌス・スピラールは一時的に接収した町の集会所に陣取り、  
革の椅子に腰掛け部下に当り散らしていた。その顔は怒りに満ち満ちていた。  
「クソ忌々しい!皆、異界の軍異界の軍とほめそやしおって!」  
 先日もこの町の住民が徴用の事について何とか軽くしてくれないかと、嘆願しにきたのを戦時だからと追い  
返したばかりだった。町の人間がその度に裏で文句を言っているのはわかっている。物資不足はどうにもならず  
徴用はせざるを得ないのだが、進んで供出し生活に困窮するのを嬉しがる住民がいるはずもない。  
 ただでさえ、無能と言われてきたヴァリアヌスにとって今回の戦は汚名返上のチャンスでもあった。自衛隊の  
バックアップがあるのだからこれほど楽な勝ち戦はない。早々に決着を付けて各重臣の支持を得たいところ  
だった。しかし、陰から響いてくるのはやはり罵声のみである。彼のフラストレーションは日々高まっていた。  
「二十万騎を誇る我が軍が勝てないのは物が足りなかったからに他ならない!中央がもっと潤沢に軍費を  
出してくれさえいれば…フォリシアに負け続けることもなく、このような屈辱を味わうこともなかった!そうで  
あろう!?」  
 側近達は冷や汗をたらしながら頷くばかりであった。律儀に諫言する者からクビを飛ばしていった果て、  
今では彼の側にはイエスマンしか残っていない。  
「とにかくこの戦でいいところを見せねば、いつ解任の動議が出るかわからぬ」  
 ヴァリアヌスは椅子を立つと、壁にかけてあったこの地方の地図を拳でごんごんと叩いた。  
「講和とか甘っちょろいことを言っては駄目なのだ!ジェルークスを落とす!我々が!」  
「少し落ち着きください…講和は王宮の意向と聞いておりますし」  


335  粂八  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/03/30(金)  14:28:02  ID:???  
「わぁーかっているっ!んなこたぁ!」  
 なだめる部下を叱り飛ばして、彼は椅子に戻り、パイプに葉を詰め魔法で指先に作った火を近づけた。しばらく  
煙を口の中で遊ばせた後、彼は戯れに煙の輪を数個空中に吐き出した。  
「…王宮の意向など知ったことか!異界軍ばかり活躍して、ここで戦果をあげねば俺の顔が立たん!敵の  
首都を落とせば流石にジジイどもも認めざるを得まい!」  
「しかし、近衛の監察隊が…」  
「それだ」  
 渋い顔で彼はくわえたパイプを上下に揺らした。  
「敵を蹴散らす前にあれを排除しないことには自由に軍を動かせん…くそっ、フワンめ」  
 窓から差し込む傾きかけた夕日が、パイプから立ち上る煙を橙色に染めていた。  


913  粂八  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/06/05(火)  15:02:54  ID:???  
そろそろスレも終盤なので何とはなしに投下します  

ゲート・アウト        あらすじ  
異世界の国ボレアリアから救援要請を受けた日本政府はかの地に部隊を派遣  
緒戦は自衛隊の一方的な勝利に終わった。  
一方、敵前逃亡の査問会議を乗り切ったオベア将軍は再び前線へ戻り、自衛隊と  
対峙することになった。その裏で自衛隊の活躍が気に入らない護国卿ヴァリアヌスの  
不満は日々高まっていた。  



914  粂八  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/06/05(火)  15:04:49  ID:???  
 大陸の北辺、寒風に閉ざされた半島に位置するドラゴニア。かつては大陸の支配者であったドラゴンの終の  
棲家である。膨大な魔力と強大な体格、優秀な頭脳を持っている彼らではあったが、人との争いを好まず自ら  
この辺境の地へと移動してきた。人々はドラゴンを恐れ、立ち入ることはほとんどなかった。たまにさまよい  
入ってくる狩人とも折り合いをつけて暮らしていた。  
 その土地の西の端には切り立った崖に面する平坦な岩場があった。そこはドラゴン達の会合場所となって  
いて、今も数頭の長老級のドラゴンが集まり、情報の交換を行っていた。  
 ドラゴンの間では、以前自衛隊に倒されたあのファイアードラゴンの話が頻繁に上ってきていた。雲の  
たゆたう空に異形のドラゴンのしゃがれ声が響いた。通称黒竜と呼ばれる長老の一人だ。  
「あのはぐれめが、さっくり殺られたという話は聞いたか?」  
「聞いた…まあ、奴ははぐれだからな。どうということはない。スピラールとかいう人間の庇護を受けて  
いたという…。ドラゴンの恥晒しめ、死んでせいせいしたわ」  
「あの愚か者が死ぬのは構わんが、それにしても異界の軍の強さ…尋常ではない」  
 長老達が次々と輪に加わって話し始めた。知を誇るドラゴンといえどもやはり異界に関する知識は薄く、  
異界の軍の戦況などは興味津々、聞きたくてしょうがないという者が大勢いた。  
 話の最中、一頭の青いドラゴンが空の果てよりその場へふわりと舞い降りた。彼は周りを見回し叫んだ。  
「金竜様はおいでか!?」  
「戻ったか、イブートス」  
 どこからともなく声が響いてきたと同時に、小さな岩山の陰からドラゴンの長老を束ねる金竜、サイリスが  
脇からのそりと姿を現した。全長は数十メートルになろうかという巨体はさすがの金竜といえども重すぎて、  
体を動かすのに難儀している様子だった。  
 青いドラゴンは金竜の前でかしこまり、これまでに集めてきた情報を語った。  
「異界の軍はこちらへ侵略をしに来たというわけではない様子。何らかの見返りをもってボレアリアに協力  
しているという立場のようです。旧領土を奪還したところで講和を望んでいると聞いております」  
 報告を聞いてサイリスはまずは一安心というように息をついた。  
「今しばらく様子を見よう…まだ焦って何かする時ではあるまい」  



916  粂八  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/06/05(火)  15:06:59  ID:???  
 傍らの白い老竜が伏し目がちにつぶやいた。  
「いずれ我らを駆逐しに来るのか否か。それだけが心配だ…」  
「うむ…イブートス、人に変化し人並みの魔力しか扱えなくなるお前を、単身人界へ放り出すのは心配だが…  
引き続き情報を集めてきておくれ」  
 昨今は新しく生を受けるドラゴンの数もめっきりと少なくなっていた。将来を担う若いドラゴンに何かあっては  
一大事だが、老竜には人に変化しながら社会にもぐりこむのは体力的に厳しい仕事だった。そんな仕事を  
頼まなければならないのが、金竜は申し訳なくて仕様がなかった。  
「畏まりました」  
 若いドラゴンは旅の疲れを癒す間もなく、再び寒風の吹き荒れる空へと舞い上がっていった。  

 闇夜に包まれた自衛隊の宿営地を走り回る小さな影が二つ、三つ。それは小さな灰色のネズミだった。  
彼らは細い糸のようなものを口にくわえながら地面を嗅ぎまわることを繰り返していた。見張りの隊員の目を  
巧妙にかいくぐりながら、彼らは数本のそれを集めることに成功していた。  
 頃合を見て彼らはその場を脱出し、ほど近くの木陰の一角にそれを集めた。その木の枝には鷹が待っていた。  
フォリシア軍が魔法の訓練を施した偵察に使われる鷹だ。鷹は彼らが集めたものを素早く爪で掴み取ると、  
静かに闇の中に姿を消した。  

「そういう風に髪の毛を取ってくるわけだよ。敵陣地からね」  
 数日前の作戦会議の席で、オベアは各将校の前で今回の作戦の仕組みを述べた。以前に重臣達に説明  
した作戦を、彼は今まさに実行に移そうとしていた。  
「実際、どのくらい集まるものだか…こればかりはやってみなければ予測できないな」  
 相手を離れたところから念で殺す呪殺は対象の体の一部がないと実行できない。彼らが相手のそれを手に  
入れるために考え出した苦肉の策が、小動物を駆使して髪を集めるという方法だった。  
 魔道師部隊を担当する副官が、不安を口にした。  
「ネズミは難しいですよ…細かく操るには脳が足りませんから。直接鳥でいった方が」  
「鳥は目立つ。地べたに這いつくばる動物じゃなければ、数を集められん」  
 オベアに一蹴された副官は覚悟を決めたように、一つため息をつき周囲への指示に入った。  


917  粂八  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/06/05(火)  15:09:17  ID:???  
 上に覆いかぶさるように葉が生い茂り、日中でも陽の光がほとんど差し込まない森の奥、木陰に隠れるように  
して地下水脈へと繋がる洞窟があった。葉の間からわずかに木漏れ日が差すそこが、オベア率いる国境  
防衛隊の前線基地だった。  
 オベアと数人の副官が入り口から姿を現した。森中に作られた対ゲート結界の作成班にペースを上げるように  
指令し、オベアは歩きながら副官に聞いた。  
「敵は少ない…確かなのだな」  
「はい。こちら方面の敵軍は偵察鳥の目から概算して、数千ですね…多くても一万はいないでしょう」  
「全員精鋭だろうなぁ」  
 彼は歩みを止め、木陰に入るとその木に背中を預けた。片手が無意識のうちに頭を覆っていた。  
「あちらはわずかな死者でも被害は大きいはずだ。こちらの手の内がばれないうちに戦力を削り取っておかなくては」  

 果たして夜が明け、自衛隊の南方方面隊宿営地では午前中に相次いで十二人が死亡した。たちまち隊の内は  
大騒ぎになった。まず食事に毒が混入していなかったかが調べられ、その後にボレアリア軍の魔道師による  
検分が始まった。魔道師はほどなくこれが呪殺であることを見破った。魔力が体に侵食して破壊した痕跡は  
新米の魔道師でもすぐにわかるものだからだ。  
 初めての死者が出て隊の指揮官、森崎一佐は動揺した。至急日本の方にある司令部に連絡を取ると、隊員の  
遺体が安置されている場に駆けつけた。彼は周りに不安を感染さないように努めて冷静を装いながら、深く  
ため息をついた。  
「…これはないな」  
 魔法攻撃はおそらく自分達地球世界側から見れば理不尽な攻撃であることはわかっていたにしても、こうして  
実際に受けるまで実感というものはなかった。こちらに伝わる各地の秘密宗教などでも呪殺の儀式などはある  
ものの、それで実際に殺された人間などの話は聞いたことがなかった。少しだけ、彼の背筋に冷たいものが走った。  
「さて、どうするか…」  
 無条件で相手がこちらを殺せるなら、最初からやっているはずだ。それはない。森崎一佐は部隊に随行する  
魔道師に質問した。  
「この呪殺というのはどういう条件が揃えばできるのかな?」  
 死んだ隊員に手をかざすようにして魔力の痕跡を探っていた魔道師が、手を止めて答えた。  


918  粂八  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/06/05(火)  15:10:53  ID:???  
「相手の体の一部を手に入れること…ですね。体の一部に特殊な念の送り方を駆使すると持ち主へ遡って  
いかせることができます。それを利用して精神を破壊するのが呪殺魔法です」  
 大まかに仕組みを聞いた森崎一佐は、率直に質問した。  
「敵が我々の体の一部を手に入れるとして、君は心当たりがあるか?」  
「毛髪以外は可能性がないと考えていいですね。しかし…」  
 魔道師は眉間にしわを寄せた。  
「手段まではわかりません」  
 隊員が死ぬのは戦なら仕方がない。しかし対処方法がわからずにこの場に留まるのはやってはいけない。  
無駄に隊員が死ぬだけだ。すぐに対処できないようなら撤退も考えなければならない。  
「とにかく、昨夜何が起こったのか情報を集めなければ埒が明かないな」  
 司令部は昨夜の見回りに当たっていた者に事情を聞いたが、特に明らかな異変は報告されなかった。  
一人の何気ない発言が出てくるまでは。  
「そういえば、ネズミのような小動物が走っていたのを見たような…屋外なので大して気にもしていなかったのですが」  
「それか!」  
 魔道師は黒いローブを揺らして身を乗り出した。  
「小動物を操って毛髪を拾ってこさせるとは…形振り構わずか」  
 横で彼の呟きを聞いた森崎は部下に日本の司令部と回線を繋ぐように命じた。  
「なるほど、動物を操って落ちた毛髪を持ち去る、と」  
 対策を講じるべく、森崎は自衛隊の幹部との連絡がつく司令車へ向かった。  
 通信機の向こうからは、日本にいる溝山陸将補からの渋い声が聞こえてきた。  
「いきなり十二人もやられたそうだねぇ…まあいい。そっちは何とかなりそうかな?」  
「髪をなんとかしないと駄目なようですね」  
 森崎は事の次第を説明した。屋外なのでいきなり全員の毛髪を切らせるのはかえって危ないこと、小動物まで  
完全にシャットダウンするのは難しいことを言うと、陸将補は  
「誰も死ななくなるまで『薄めて』しまえばいいだろうな。気づかれない程度の動物しかいないんだろう?なら、  
集められる髪の量もたかが知れてる。すぐ送ろう」  
「?  薄めるとは?」  
 意図を読み取れなかった一佐が聞き直すと、  
「誰も死なない髪を大量に撒けばいいということだ」  
「なるほど」  
 合点のいった森崎からはようやく今日初めての笑みが漏れた。  


919  粂八  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/06/05(火)  15:12:04  ID:???  

「日本国総理大臣閣下に敬礼!」  
 槍を傍らに立て、白い軍服を着込んだ直立不動の儀杖兵が、派手な文様をあしらった絨毯をゆっくりと歩む  
首相を見送る。首都リクマイス近郊に設置されたゲートをくぐり現れた首相は、腕を折り曲げ額に当てる日本側の  
敬礼を返し、送迎用の馬車に乗り込んだ。緩やかに進み始める馬車の中、首相は小窓から外を見た。  
「ほう、綺麗なもんだ。科学文明が無いとはいえ、未開の地じゃあないな」  
 窓の外には首都の石造りの家が整然と並んでいた。中心の広場から環状に配置された道路は、高度な  
都市計画の元に街が設計されているということを一目、二目見ただけで感じさせるものだった。  
 今回はボレアリア側に招請されての秘密会談である。もちろん秘密なのは日本側だけであり、異界側では  
国賓として大々的に歓迎式典が催された。重臣の一部に反対した者はいたが王自身が乗り気だったことも  
あり、彼らは急ピッチで賓客を迎える支度を整えた。  
 窓の外では道の脇に立つ市民がボレアリア国旗と日の丸を一生懸命振っていた。  
「急拵えにしては仕込みも上々、と」  
 国旗を振る演出は元々異界の慣習にはないものだった。日本に来た連絡員が調べて報告したのだ。首相は  
この会談にかける異界側の意気込みをひしひしと感じた。  
 通りを過ぎ、王宮のある北西の丘を登る。石畳の段差でごとんごとんと馬車が揺れた。その先に王宮があった。  
城の前では国王以下重臣が勢ぞろいで首相を待ち受けていた。  
 馬車から降り立った首相は眼前で迎える国王に対して、異界側の挨拶である右手で頬に触れる仕草をし、  
国王もそれを返した。臣下の一部からは「彼も国臣の身分でありながら対等に振舞うとは、無礼な…」などとの  
呟きも漏れたものの、特に混乱もなくセレモニーは進行した。  
 夜、晩餐会の会場は城の大広間だった。吹き抜けになっている広大な空間に並べられたテーブルに王族が  
ずらりと並んだ。  
「日本の皇族方とも是非お話したかったのに」  
 着飾った王妃が談笑中、首相に何気なく一言呟いた。  
「いずれ表敬訪問なども予定しています…こちらの世界との縁を持ってからまだいくらも経っておりません故、  
今日のところは政務の一切を担当する私が代表して参りました」  


920  粂八  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/06/05(火)  15:13:12  ID:???  
「百二十五代も続く由緒正しき一族とか…永きに渡って代々仁政を貫かれたのでしょうね。楽しみにしていますよ」  
 今回の動きは自衛隊と政府のごく一部しか知らされていないことである。予定などあるはずもなかったが、  
とりあえず話の腰を折らぬよう彼は取り繕った。  
 王妃に続け、とばかりに他の王族や貴族もここぞとばかりに首相に擦り寄ってきた。  
「異界の大国、日本は大変に豊かな国だと聞いております。是非その成功の秘訣をお教え願いたい」  
「いやいや、あのような想像を絶する兵器、装備の話が先ですぞ!」  
 にじり寄ってくる彼らに気圧されながらも、首相は深夜まで相手をした。  
 翌日。トップ同士の会談が始まった。表向きは同盟の確認と、相互支援の増加などありきたりな話に終始した。  
会談を終えて少し疲れた表情を見せた国王は、首相がこの席に付けた通訳を見て疑問を口にした。  
「先日、翻訳魔法を封じた指輪を差し上げたはずだが…それをはずしてわざわざ会談に通訳を用いたのはどういう  
訳かね?」  
 ああ、と含み笑いを浮かべた首相はポケットから指輪を取り出し、差し込んだ。  
「あれはこちらの方の習慣でしてね。何か行き違いがあっても通訳が間違ったと、そういう事です。何しろこちらの  
世界は物騒なもので…」  
「異界には世界を滅ぼせる軍がいくつもある…となると、そこまで用心深くなってしまうのですかな」  
 首相は苦笑し休憩を取るため席を立った。国王は周りを見回し、侍従にフワンを呼ぶようにと言付け、別室へ  
向かった。  
 休憩から戻った首相がその別室に入ると、すでに国王とフワンは丸いテーブルの前で席についていた。  
国王が自らハーブ茶を淹れてみせ、席に着くように勧めた。  
「陛下御自ら淹れて下さった茶は美味ですなあ」  
 茶を一口、二口すすった首相にフワンが言った。  
「以前にも申しましたが、我らが陛下は臣下の者にも気取らず気さくに接して下さる。機嫌などを気になさる  
必要はない。率直な話をしましょう。そのための席ですからね」  
「まあ今日話すことは一つだけだが」  
 と、国王が口火を切った。  
「評議会を交渉役にしたのは全く失敗だった。奴らは我々が日本と手を切る前提でしかものを考えない。話にならん」  


921  粂八  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/06/05(火)  15:15:07  ID:???  
 実のところ、彼らも賠償金は要らないと伝えていたのである。五億リートというのは『もし異界の軍と手を切る  
ならば』という仮定の話での金額だったのだが、評議会側にはボレアリアが今後も異界と手を組んだままと  
いうのは受け入れがたい結末だった。そういう訳で賠償金不要の話は交渉人によって消されてしまったのである。  
評議会は戦いに関わってはいないが、異界の者に対して中立ではない。事前にそのことに気付かなかった  
のはボレアリアと日本側の大きなミスだった。  
「彼らは切るとして、さて他に調停を頼める相手は…これはあなた方に頼むしかないのでね…」  
 首相は眉間にしわを寄せ、懐から取り出したタバコに火をつけた。  
 フワンは目の前で組んだ手を口に当て、両肘をテーブルについた。  
「やはり、攻め落とすというのはまずいんですよね…あれほど強大な力があって…なんともどかしいことだ…」  
「まずい」  
 即答した首相が鋭い視線をフワンに向けた。  
「追い詰められた敵が君らと同じ事をしないわけがない」  

 アメリカ合衆国ワシントンD.C.には、第4代大統領が壁面を白く塗ったためホワイトハウスと呼ばれるように  
なった建物があり、米国大統領府の通称として定着している。ここで大統領は様々な執務、会見、公式行事  
などを行う。  
 大統領の公邸としても使われているこの建物の一室、現大統領がソファに体を投げ出しながら愚痴を一人  
こぼしていた。  
「あの民主党のファッキンババア!俺のやることにいちいち噛み付いて、うるさくてしょうがない。旦那も大人しく  
なったことだし躾けてやらんといけんな!」  
 大声を出してしまったせいか、愛犬が側に寄ってきた。犬は心配そうに飼い主に瞳を向け鼻をふんふん鳴らした。  
「オーウ、バァァニィ。心配させてしまったのかい?お前はまだまだ元気だからメス犬の一匹や二匹やり込めてしまう  
のは簡単だろう?俺はもうジジイさ」  
 彼は顔を寄せて愛犬の頭をもそもそと撫でた。  
 犬とじゃれていると部屋のドアが開き、彼の父親がしかめ面で現れた。顔を見て大統領は犬を腹に抱いて向き直った。  
「ようこそダディ。ディックはまだまだ元気かい?」  
「死ぬまで現役だ、フフフ」  
 父親は少しだけ顔をほころばせると、大統領の隣へ腰掛けた。一息つくと、父親は唐突に切り出した。  


922  粂八  ◆Pphe73DZjs  sage  2007/06/05(火)  15:16:10  ID:???  
「日本でなんだか不審な動きが起こってるらしいじゃないか」  
 大統領は怪訝な顔をして愛犬を床に放した。  
「どこかで演習でもやってるのかと思っていたけど、違うのかい?ダディ」  
 父親はクリーム色のカーディガンのポケットから紙切れを取り出した。  
「12人死亡、死因は不明。衛星で見たってどこでやってるんだ?演習を。12人も死ぬようなことがあったら大騒ぎ  
だぞ。普通はな」  
 テーブルの水差しからコップに水を注いで一口飲み、父親は続けた。  
「エシュロンにも引っ掛からんように何か隠しに隠しているようだが、我が合衆国の目は節穴ではない。だろう?  
プレジデント」  
 大統領は眉間にしわを寄せてソファを立った。どこに行くでもなく、その場を行っては戻りしながら言った。  
「マイフレンドは時にやんちゃをやらかすようだから、ダディが言うならそうなんだろう。…全く、大事は何でも俺に  
相談してくれないと困るな」  
「息子よ」  
 大統領と入れ替わりにごろ寝を決め込んだ父親は、指を立てて言った。  
「かすかな利権の臭いも見逃してはいけないよ。日本の利権は合衆国にもおすそ分けして頂かなければな。  
合衆国の利権はもちろん合衆国のものだ」  
 息子は苦笑しながら両手を広げた。  
「ダディのがめつさには全く恐れ入るよ」  
 父親はそれを聞いて愉快そうにひとしきり笑った。そして息が切れたところで不敵に言った。  
「では、現大統領のお手並み拝見といこうか」